7人のメイド物語

モモん

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第七章 動物の園

第119話 豊かな国

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あれから十年後……。
薬師になったセラスは久々に社交界へ出席していた。

実年齢は34歳になったが、見た目は16歳のままだ。やはり肉体が若いと知識の吸収がはやい。既に学園に入学できる規定の年齢基準を越えていたので見習いとして薬師庵で働き、独学で十年かけて薬師の資格を得た。次は医師免許を取得しようと、人脈作りのためパーティーに出席していた。

今宵の宴は医師会の面々が連なる、厳かな夜会だった。各方面の学者も揃っている。セラスは医師の妻が一ヶ所につどうテーブルに挨拶に向かった。

「おい!  そこの白銀の君!」

しかし呼び止められ肩を掴まれた。
不躾な態度にぎろりと背後を向くと、かつての婚約者、ハンスがいた。

「……す、すまない。睨まないでくれ」

十年ぶりに見たハンスは白髪まじりの壮年になっていた。騎士としてもそろそろ現役を退いて役職に就く年齢だ。実はハンスはこの数年、執務室にこもって書類に埋もれていた。腹はまだ出ていないが、少しふっくらとしていた。

「君はかつての私の初恋の女性にそっくりで……思わず呼び止めてしまったんだ」

出会った当初と同じ言葉をかけてきたハンスに、セラスは呆れた。おまけに元婚約者であるこちらに気付いてなさそうだ。ならここは他人のふりをしようと、セラスはハンスを拒絶するように距離をとった。

「そうなのですね。それでオジサマ、わたくしに何かご用でしょうか?」
「…………お、おじさま?」
「あら、ごめんなさい。目上の殿方は紳士様とお呼びするのが社交界のマナーですけれど、先程のお声掛けは紳士とはかけ離れたものでしたので」
「……わ、悪かった。謝るよ。あと、よかったらバルコニーで一杯やらないか?  君はどんな酒を好むんだい?」

了承を得る前に当然のようにセラスを連れていこうとするハンスの肩を、ある青年が掴んだ。

「ロッセン卿、私のパートナーに触れないでくれ」

現れたのはハンスと同じ騎士だったセシル・ロト。現在は家督を継き男爵となっている。そしてセラスと同じくエルフの血を引いている。

「ロト男爵。私が先にこの女性に声をかけたんだ。邪魔はしないでくれ」
「邪魔者は貴方でしょう。彼女は私の婚約者なのだから」
「…………え」

現在のハンスは騎士爵で、セシルは既に当主となった男爵だ。社交界では騎士と貴族の差は大きい。このような公の場で身分を蔑ろにすれば、不利になるのはハンスだ。

「……っ、美しい白銀の君。例え婚約者がいようとも、私は君を諦めないよ。また会えると信じている」

セラスの手を取って口付けしようとしたハンスの手を、セシルがペシっと払った。
そしてセラスの肩を抱いてバルコニーに踵を返した。


「……油断していたよ。ロッセン卿は1年前に離縁していたのを忘れていた」
「あらそうなのですか?」

そういえばセシルは先程ハンスを婿入りした子爵家の家名ではなく、旧姓のロッセンと呼んでいた。公の場ではっきりと。ハンスもそれを否定しなかった。貴族の離縁は社交界では面白おかしく噂にされることが多い。しかし勉学と仕事に明け暮れていたセラスには初耳だった。

「……クク、彼は君と婚約を解消してまで婿入りしたが、ローズ子爵は二十代中頃に差し掛かる頃には若い燕に乗り換えて愛人と子を設けた。今やその子が後継ぎさ」
「……では婿はもう必要ないと離縁されたのですか?」
「だろうね。子が当主の血を引いていれば、後継ぎとしてなんの問題もないからね」

セラスは24歳でハンスに婚約を解消された。
そのハンスは、妻のローズに若い男に乗り換えられた。妻が二十代中頃の時ということで、十代の時と比べれば老けた妻にハンスの愛が冷めた可能性もあるが、若い男に乗り換えられるのはハンスも堪えただろう。セラスも見た目年齢は変えられるが、実年齢は変えられない。見た目だけじゃなく年齢で婚約解消された直後は確かに堪えた。

「なんだか二人とも似てるわねぇ。そんなに若い子がいいのかしら……」
「そういう趣味なんでしょ。それより、これからは社交界では実年齢の姿で出席してよ。またあの馬鹿がきたらと、気が気じゃない」
「あら、よろしいの?  十歳も年上のわたくしを婚約者にできたのは、同じくエルフの血を引くことも考慮されたからなのですよ?」
「世間的にはね……学業もあるし、若い肉体が便利なのは私も同じだから解るよ。でも私は、今の君が好きだなぁ」
「ふふ。セシルってちょっとマザコンだものね」
「それは関係ないでしょう?  ……でも、幼少期に母が他界したから、確かに愛情不足なのかもしれない」

そう言ってセシルはセラスの括れた腰に指を這わせた。腰骨をなぞられ、セラスは「うっ」と頬を染めた。

「っ、でも中身は狼ね」
「セラスの中身はまだ少女だよね」
「仕方ないじゃない。エルフは元々は独身主義で純潔主義者が殆どなのよ。子孫を遺す時しか、性行為はしないのよ」

そのエルフの血を引いていることを理由にハンスと婚約していた時は結婚するまではとハンスに体を許さなかった。だがセシルと婚約してみて解った。

独身主義だの純潔主義だの、言い訳に過ぎなかった。相性も関係していたのかもしれない。

セラスは見た目は十代のまま十年を過ごしたが、やはり心は若いままではいられない。精神年齢というものは、少しずつ確実に年を重ねていく。

なのにセシルと婚約してからは翻弄されっぱなしだった。まるで少女のように、胸がときめく。彼と一緒にいると、新たな発見がある。見るもの全てが新鮮に感じるのだ。

背中にセシルの柔らかな金髪の巻き毛が押し付けられた。今日は髪を下ろしているので、背中が開いたドレスを着ているのだが、その擽ったいような程よく気持ちいいセシルの髪の感触にセラスはどぎまぎしていた。

「っ、グリグリしないでぇ~」
「ドキドキしてる?  背後にいてもセラスの鼓動が伝わってくるよ」

お腹に腕がまわってきて心臓は更に早鐘を打つ。

「わ、わたくし達なら子作りはいつでも出来るから、そんなにはやまらないでっ」
「そうだね。いつでも出来るからね。言い換えれば80歳になっても君を抱けるからね」
「っ、っ」


その日、セラスはセシルにお持ち帰りされて最後までされてしまった。翌朝には「結婚!結婚!早く籍を入れよう!」と枕をシーツにバシバシと埃を立てる子供のようなセシルにセラスは呆れたのだった。
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