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第五章 結婚
外伝1 ジャニスの里帰り(1)
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ボクはエルフのジャニス。現在はタウ・ワイルズ卿の元で執事をしています。主は、王族としての名も持っているが、ボクはあくまでもワイルズ家の執事。
先日、主がエルフの里を訪れる機会があり、その経緯の中で私の話題になってしまったと聞いています。
そこから、ボクの帰郷へと話が広がり、今こうして2日のお休みをいただいて里に向かっているわけです。
ボクがエルフの里を飛び出したのは10年以上前のことになります。村を出たのはいくつか理由があるのですが、やはり一番大きいのは他国のエルフと結婚させられそうになった事です。当時17才だったボクは結婚など全く考えていませんでした。閉鎖的なエルフの世界に閉じ込められたまま一生過ごすなんて考えられなかったのです。
ボクは誰にも告げずに里を抜け出しました。あてはなかったのですが、エルフという珍しさもあってすぐに住み込みのメイドの仕事が見つかりました。ボクを雇ってくれたのはハインツ・ド・シェルテ侯爵。御典医を引退して屋敷で患者を診ています。世間では変わり者といわれる医師ですが、エルフの薬草の知識を持っていたボクをメイド兼薬師として使ってくれました。
「ワシはな、死ぬまで医師でいるつもりじゃ。」
「なぜですか?」
「それがワシに与えられた使命だからじゃよ。」
「使命ですか……。」
「あれはな、ワシがお前さんくらいの頃じゃった。」
「はい。」
「ひどい腹痛と下痢が交互に襲ってきて、もう御典医にも匙を投げられた状態じゃった。」
「原因は分からなかったんですか?」
「だろうな。半死半生の状態でワシは声を聞いたんじゃ。『お前を生かしてやる。その代わりに、お前はこれから医を学び生涯を他人(ひと)のために捧げるのじゃ』とな。」
「誰に言われたのですか?」
「分からん。ただの夢だったのかもしれんが、ワシは奇跡的に回復した。それから父に頼み込んで医師の元に弟子入りし、何とか医師として一人前になったのじゃ。」
「ボクにも医師になることは可能でしょうか?」
「それを決めるのはワシじゃない。お前さんだよ。」
こうして、ボクはメイドをしながら医師の仕事を覚えていきました。
幸い、エルフが使っている薬草の知識があったので、薬師(くすし)としての知識はどんどん充実していき、敷地内で薬草の栽培もできるようになります。
医師としては、外傷の治療はできるのだけど、体の中の治療はどうしてもイメージができず、魔法が発動したのかどうかすらおぼつかない状況が続いていました。
いつしか7年が経過し、侯爵も年老いて患者を診ることができなくなってきました。そのため、未熟ではあったがボクが代診することが増えていきます。
「ジャニスよ、ワシに教えられることはもうない。あとは医師として経験を積むだけじゃ。街に出ろ。」
そういって侯爵はボクの医師としての教育を完了したという書付を書いてくれました。
ボクはお世話になった礼を伸べ侯爵の元を辞したのです。
医師として働くには、町医者になるか御典医になるしかないのですが、御典医はよほど身元のしっかりした者しか採用しないといいます。町で開業している医者の元を訪ねても門前払いされてしまいました。
仕方なく薬局で働いたのですが、得られる知識はありませんでした。そんな中、冒険者ギルドで薬草の仕分けを手伝っていたときに、メイドとして知り合いだったアイラとシノブに出会い、そのパーティーの治療師として仲間に誘われました。
Sランクのアイラがいたおかげで、高ランクの依頼を次々にこなし、一年足らずでAランクにまで昇級することができました。それからは、主に病人や高齢の貴族の元でメイド兼医師として過ごしていた時のとある日、シノブと再会して今の主タウ・ワイルズ様の元に押しかけて採用していただいた。
タウ・ワイルズ様の功績はボクでも知っています。貴族の屋敷で働いていた際、竹ペンを初めて使った時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。それまで筆で記録していたカルテが、竹ペンに代わったことで情報量が数倍に増えたのです。筆で記載していたのは要約だったのですが、同じスペースで詳細に記録することができました。
初めて会った時の主は、右半身の火傷痕が生々しく、右足を引きずって歩いていました。髪もまばらで言葉もまともに発音できない。火傷用の軟膏程度ならボクも処方できるのですが、主は薬に精通しており、治療も自分で行っていました。
つまり、ボクなんかよりも、医師として完成された知識と技術を持っていたのです。しかも、長い間寝込んでいた王女様の病を初見で治療してしまいました。
「主、なぜ胸の中のことが分かったんですか?」
「はい の えんしょお は、きん の こと おおい の。」
「きん……ですか。」
「えぇと、ちいさい か び みたい なの。」
「かび……小さい……。それが、王女の肺に……。」
「そ う。いっぱい なの。だかあ ら、くいーん で、きれい したの。」
「クリーンで……、肺の中を綺麗にしてから炎症を治す。分かりました!そんな治療法があったなんて。」
そう、治癒や薬草でいくら炎症を抑えても、肝心の菌というものを取り除かない限り治療にはなりません。この主はそれを知っていたのです。今なら、内臓の病でも自分で治療できるような気がしました。
主は、王女の治療を成し遂げた功績もあり、城の総務局医療課で医師として働くことになりました。傍で手伝っていたボクも侯爵の書付を持っていたことから、国王の承認を得た医師として勤務することが許されました。
自分の夢が、こんな簡単に実現するなんて、信じられない気持でした。
主は、砂糖と卵の量産化にも成功し、それらを材料として様々なスイーツを開発。一般に向けて安価での販売も実現しました。風呂という健康に寄与する施設も作り上げ、そこに孤児を採用して国内の浮浪児を全員収容するというとんでもない事業も成し遂げました。やがて、主は王女様の婚約者にまでなってしまいました。
自分自身が孤児であり、半身は火傷の跡がのこる外見であるにも拘わらず主を婚約者に選んだソフィア王女様には、感動すら覚えました。正直なところ、主に近づいてくるのは、お金目当ての貴族くらいだろうとタカをくくっていたのですが、そういう女を家に迎えるくらいなら、メイドの誰かが主の子を産めばいい。貴族の世界ではよくある事です。ボクを抱いてくれるなら、ボクが産んでもいい、貧相な体だけど……。
主は、その後も目に見える功績を残していき、王女との婚約前には王族となり、ついに局長まで出世してしまいました。ボク達が主に仕えてから3年しか経っていないのに、その間に平民から貴族になって局長まで昇格するというのは、考えられない出世スピードです。
【あとがき】
ジャニス視点の外伝をお届けいたします。
先日、主がエルフの里を訪れる機会があり、その経緯の中で私の話題になってしまったと聞いています。
そこから、ボクの帰郷へと話が広がり、今こうして2日のお休みをいただいて里に向かっているわけです。
ボクがエルフの里を飛び出したのは10年以上前のことになります。村を出たのはいくつか理由があるのですが、やはり一番大きいのは他国のエルフと結婚させられそうになった事です。当時17才だったボクは結婚など全く考えていませんでした。閉鎖的なエルフの世界に閉じ込められたまま一生過ごすなんて考えられなかったのです。
ボクは誰にも告げずに里を抜け出しました。あてはなかったのですが、エルフという珍しさもあってすぐに住み込みのメイドの仕事が見つかりました。ボクを雇ってくれたのはハインツ・ド・シェルテ侯爵。御典医を引退して屋敷で患者を診ています。世間では変わり者といわれる医師ですが、エルフの薬草の知識を持っていたボクをメイド兼薬師として使ってくれました。
「ワシはな、死ぬまで医師でいるつもりじゃ。」
「なぜですか?」
「それがワシに与えられた使命だからじゃよ。」
「使命ですか……。」
「あれはな、ワシがお前さんくらいの頃じゃった。」
「はい。」
「ひどい腹痛と下痢が交互に襲ってきて、もう御典医にも匙を投げられた状態じゃった。」
「原因は分からなかったんですか?」
「だろうな。半死半生の状態でワシは声を聞いたんじゃ。『お前を生かしてやる。その代わりに、お前はこれから医を学び生涯を他人(ひと)のために捧げるのじゃ』とな。」
「誰に言われたのですか?」
「分からん。ただの夢だったのかもしれんが、ワシは奇跡的に回復した。それから父に頼み込んで医師の元に弟子入りし、何とか医師として一人前になったのじゃ。」
「ボクにも医師になることは可能でしょうか?」
「それを決めるのはワシじゃない。お前さんだよ。」
こうして、ボクはメイドをしながら医師の仕事を覚えていきました。
幸い、エルフが使っている薬草の知識があったので、薬師(くすし)としての知識はどんどん充実していき、敷地内で薬草の栽培もできるようになります。
医師としては、外傷の治療はできるのだけど、体の中の治療はどうしてもイメージができず、魔法が発動したのかどうかすらおぼつかない状況が続いていました。
いつしか7年が経過し、侯爵も年老いて患者を診ることができなくなってきました。そのため、未熟ではあったがボクが代診することが増えていきます。
「ジャニスよ、ワシに教えられることはもうない。あとは医師として経験を積むだけじゃ。街に出ろ。」
そういって侯爵はボクの医師としての教育を完了したという書付を書いてくれました。
ボクはお世話になった礼を伸べ侯爵の元を辞したのです。
医師として働くには、町医者になるか御典医になるしかないのですが、御典医はよほど身元のしっかりした者しか採用しないといいます。町で開業している医者の元を訪ねても門前払いされてしまいました。
仕方なく薬局で働いたのですが、得られる知識はありませんでした。そんな中、冒険者ギルドで薬草の仕分けを手伝っていたときに、メイドとして知り合いだったアイラとシノブに出会い、そのパーティーの治療師として仲間に誘われました。
Sランクのアイラがいたおかげで、高ランクの依頼を次々にこなし、一年足らずでAランクにまで昇級することができました。それからは、主に病人や高齢の貴族の元でメイド兼医師として過ごしていた時のとある日、シノブと再会して今の主タウ・ワイルズ様の元に押しかけて採用していただいた。
タウ・ワイルズ様の功績はボクでも知っています。貴族の屋敷で働いていた際、竹ペンを初めて使った時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。それまで筆で記録していたカルテが、竹ペンに代わったことで情報量が数倍に増えたのです。筆で記載していたのは要約だったのですが、同じスペースで詳細に記録することができました。
初めて会った時の主は、右半身の火傷痕が生々しく、右足を引きずって歩いていました。髪もまばらで言葉もまともに発音できない。火傷用の軟膏程度ならボクも処方できるのですが、主は薬に精通しており、治療も自分で行っていました。
つまり、ボクなんかよりも、医師として完成された知識と技術を持っていたのです。しかも、長い間寝込んでいた王女様の病を初見で治療してしまいました。
「主、なぜ胸の中のことが分かったんですか?」
「はい の えんしょお は、きん の こと おおい の。」
「きん……ですか。」
「えぇと、ちいさい か び みたい なの。」
「かび……小さい……。それが、王女の肺に……。」
「そ う。いっぱい なの。だかあ ら、くいーん で、きれい したの。」
「クリーンで……、肺の中を綺麗にしてから炎症を治す。分かりました!そんな治療法があったなんて。」
そう、治癒や薬草でいくら炎症を抑えても、肝心の菌というものを取り除かない限り治療にはなりません。この主はそれを知っていたのです。今なら、内臓の病でも自分で治療できるような気がしました。
主は、王女の治療を成し遂げた功績もあり、城の総務局医療課で医師として働くことになりました。傍で手伝っていたボクも侯爵の書付を持っていたことから、国王の承認を得た医師として勤務することが許されました。
自分の夢が、こんな簡単に実現するなんて、信じられない気持でした。
主は、砂糖と卵の量産化にも成功し、それらを材料として様々なスイーツを開発。一般に向けて安価での販売も実現しました。風呂という健康に寄与する施設も作り上げ、そこに孤児を採用して国内の浮浪児を全員収容するというとんでもない事業も成し遂げました。やがて、主は王女様の婚約者にまでなってしまいました。
自分自身が孤児であり、半身は火傷の跡がのこる外見であるにも拘わらず主を婚約者に選んだソフィア王女様には、感動すら覚えました。正直なところ、主に近づいてくるのは、お金目当ての貴族くらいだろうとタカをくくっていたのですが、そういう女を家に迎えるくらいなら、メイドの誰かが主の子を産めばいい。貴族の世界ではよくある事です。ボクを抱いてくれるなら、ボクが産んでもいい、貧相な体だけど……。
主は、その後も目に見える功績を残していき、王女との婚約前には王族となり、ついに局長まで出世してしまいました。ボク達が主に仕えてから3年しか経っていないのに、その間に平民から貴族になって局長まで昇格するというのは、考えられない出世スピードです。
【あとがき】
ジャニス視点の外伝をお届けいたします。
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