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第五章 結婚
第95話 王配の重さ
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「それで、出来の悪いものを買い取ってどうするんだ。」
里の人を帰した後で長老が聞いてきた。
「僕の店でスイーツに加工して売り出します。」
「スイーツだと?」
「お兄ちゃんのスイーツ、すっごく美味しいんだよ。」
「おお、ジュリは食べさせてもらったのかい。」
「うん。えっとね。サクッとして甘くて美味しいの。ジュリ、大きくなったらスイーツ作る人になりたい。」
「だがな、そういう職業に就くには何年も修行しなくてはならないんだぞ。」
「大丈夫だよ。まらびしゃってところで一年勉強しればいいんだって。」
「まらびしゃ?」
「学び舎です。子供たちに読み書きや算術を教えるところで、今回職業コースも作ったんです。」
「何だそれは。」
「菓子作りや衣類を作る人。鍛冶師・魔法技師・料理人などを育成する場所で、通えなくても住み込みで学ぶことができます。講師には現場から退いた一流の職人に来てもらっていますから将来性にも期待できます。」
「それは、自然と生きる我々には必要のないものだな。」
「そうですね。……でも、薬師などはどうでしょうか。」
「薬師なら……この里にもおる。」
「でも、この里にある素材だけではなく、全世界の薬を知っていて使いこなせる人がいた方が、より役に立てるのではないでしょうか。」
「随分前にそういって里から出て行った者もおる。……どうなったのか知らんがな。」
少し引っかかったような言葉だった。
「もし、その言葉がホントなら証明してくれ。」
「証明?」
「ああ。今現在も病気やケガで具合の悪い者がいる。」
「よければ診ましょうか。」
「そうしてくれれば助かる。」
「では、そこに横になってください。」
「ワハハッ、ワシではない。」
「いえ。家から出てこられた時に左足を少し引きずっていましたよね。ノドの調子も悪そうだ。」
「……医師の目というやつか。」
「医師としてのタウ局長は王国で一番といわれていますから、どんな些細なことも見逃しませんよ。」
「アミラさん、大袈裟ですよ。」
「いいえ。腐っていた御典医に真っ向から戦いを挑んで医療体制をひっくり返したんですから大袈裟ではありません。」
「ほう、最近のことじゃな。」
「はい。御典医の手に負えなかったソフィア王女様の病を治してしまったんですから、全面対決になってしまったのは仕方ありませんよね。」
「いえ、僕は王女の病を治しただけで、御典医と対立した訳じゃありませんよ。」
「いや、よく陛下が治療を認めたものじゃな。」
「そうなんですよ。竹ペンや板バネの功績があったので陛下からも信用されていたんでしょうね。結局は総務局長の養子にまでなられましたから。」
「待て待て、総務局長といえばシーザ・フォンダンではないのか?」
「ええ、そうですわ。タウ局長はタウ・フォンダン様。王族です。」
「なにぃ、ホントなのか!それに、竹ペンの開発者といえば……確か、ドラゴンに焼かれて……障害を負った子供。」
長老は俺の顔を見て、茶色く変色した右手を見た。
「そうだ、確かにタウという名前だった……」
「おかげさまで、ここまで回復できました。」
「回復できたじゃありませんわ。ご自分で治されたんです。私も幼いころのタウ様を拝見したことがあります。あの状況からここまで回復されたのは奇跡としか思えません。」
「自分で自分を治療したのか。信じられんことじゃ。」
「それが一番の治療実績ですわ。」
「アミラさん、もうやめよう……」
「では、最後にとっておきの情報を一つ。」
「まだあるというのか。」
「タウ様はソフィア王女様の婚約者であらせららます。」
「……まさか……王子はうまれておらんのか?」
「はい。王位継承権第一位の王女様です。」
長老は俺の顔をもう一度見た。
「外見でなく、血筋でもない者を陛下も王女も認めたと……」
「反対の声を聞いたことがありません。国民も認めているのだと思います。」
「次期王配が直接来たということか。なぜ農林局長が直接来ないのかと訝しんでおったが……。」
「いえいえ、次期王配とか関係ありませんから。僕は僕で、ソフィアはソフィアですから。」
「馬鹿をいうな!次期王配の言葉がどれほど重いものか考えてみろ。しかし、とんでもない者をよこしてくれたもんだな。」
「はいはい、その話は終わりにしましょう。では、横になってください。」
俺は長老を診察して治療を施し、薬を処方した。
「ほお、これはエルフと同じ処方じゃな。」
「ええ、ジャニスから教わった……」
俺は何気なく口にしてしまい、ハッと気が付いた。
「ジャニス……じゃと……」
「ジャニスが……」
ほかの人からも声があがる。これは……禁則ワードだったか……。
「ジャニスとはエルフのジャニスなのだな。」
「はい……。」
「どこにおるのじゃ。」
「それは、理由をお聞かせいただけないと明かせません。」
「何故じゃ?」
「……本人の口からは、里に行けないと聞いているからです。」
「お主のところにおるのじゃな?」
「……。」
長老は緊張を緩めた。
「それならば良い。無理に連れ帰るつもりもない。ジャニスはワシの娘じゃ。」
「えっ……。」
「十年以上前になるか、他国のエルフとワシが進めた婚姻があってな。」
「婚姻話が……。」
「嫁入りの直前になって、あやつは里から消えたのじゃ。」
「多分、そのあとで、貴族である医師の元で修行し、薬師としての技量を高めていったのだと聞いています。」
「そうか。薬師として学び続けたいという夢は追い続けたんじゃな。」
「はい。現在も僕と同じで、城の非常勤医師として登録してあります。」
「ほう。医師として認められるまでになりおったか。だが、出奔して以来何の音沙汰もない。実の娘じゃ。心配しないはずがないじゃろう。」
「そういう事でしたか。ジャニスは僕の家の執事をしてもらっています。僕がこうして自分の仕事に専念できるのも、ジャニスが家のことを仕切ってくれているからです。ソフィアからの信頼も厚いですから、このままいてほしいと願っています。」
「次期王配の執事かよ。エルフの中では出世頭じゃないか。みんな、聞いた通りだ。ジャニスが見つかったぞ。」
「帰りましたら、こちらに顔を出すように説得します。」
「ああ、よろしく頼む。」
「あれっ?ということは、ジュリは……。」
「ジャニスの兄、ジョイスの娘じゃよ。生まれたのはジャニスが出て行った直後じゃがな。」
奥で、女性が二人抱き合って泣いている。お母さんと妹だろうか。
【あとがき】
ベン・ジョイス、ロサンゼルス・エンゼルスの剛速球投手ですね。いやあ、名前に苦労しなくてよかった……。
里の人を帰した後で長老が聞いてきた。
「僕の店でスイーツに加工して売り出します。」
「スイーツだと?」
「お兄ちゃんのスイーツ、すっごく美味しいんだよ。」
「おお、ジュリは食べさせてもらったのかい。」
「うん。えっとね。サクッとして甘くて美味しいの。ジュリ、大きくなったらスイーツ作る人になりたい。」
「だがな、そういう職業に就くには何年も修行しなくてはならないんだぞ。」
「大丈夫だよ。まらびしゃってところで一年勉強しればいいんだって。」
「まらびしゃ?」
「学び舎です。子供たちに読み書きや算術を教えるところで、今回職業コースも作ったんです。」
「何だそれは。」
「菓子作りや衣類を作る人。鍛冶師・魔法技師・料理人などを育成する場所で、通えなくても住み込みで学ぶことができます。講師には現場から退いた一流の職人に来てもらっていますから将来性にも期待できます。」
「それは、自然と生きる我々には必要のないものだな。」
「そうですね。……でも、薬師などはどうでしょうか。」
「薬師なら……この里にもおる。」
「でも、この里にある素材だけではなく、全世界の薬を知っていて使いこなせる人がいた方が、より役に立てるのではないでしょうか。」
「随分前にそういって里から出て行った者もおる。……どうなったのか知らんがな。」
少し引っかかったような言葉だった。
「もし、その言葉がホントなら証明してくれ。」
「証明?」
「ああ。今現在も病気やケガで具合の悪い者がいる。」
「よければ診ましょうか。」
「そうしてくれれば助かる。」
「では、そこに横になってください。」
「ワハハッ、ワシではない。」
「いえ。家から出てこられた時に左足を少し引きずっていましたよね。ノドの調子も悪そうだ。」
「……医師の目というやつか。」
「医師としてのタウ局長は王国で一番といわれていますから、どんな些細なことも見逃しませんよ。」
「アミラさん、大袈裟ですよ。」
「いいえ。腐っていた御典医に真っ向から戦いを挑んで医療体制をひっくり返したんですから大袈裟ではありません。」
「ほう、最近のことじゃな。」
「はい。御典医の手に負えなかったソフィア王女様の病を治してしまったんですから、全面対決になってしまったのは仕方ありませんよね。」
「いえ、僕は王女の病を治しただけで、御典医と対立した訳じゃありませんよ。」
「いや、よく陛下が治療を認めたものじゃな。」
「そうなんですよ。竹ペンや板バネの功績があったので陛下からも信用されていたんでしょうね。結局は総務局長の養子にまでなられましたから。」
「待て待て、総務局長といえばシーザ・フォンダンではないのか?」
「ええ、そうですわ。タウ局長はタウ・フォンダン様。王族です。」
「なにぃ、ホントなのか!それに、竹ペンの開発者といえば……確か、ドラゴンに焼かれて……障害を負った子供。」
長老は俺の顔を見て、茶色く変色した右手を見た。
「そうだ、確かにタウという名前だった……」
「おかげさまで、ここまで回復できました。」
「回復できたじゃありませんわ。ご自分で治されたんです。私も幼いころのタウ様を拝見したことがあります。あの状況からここまで回復されたのは奇跡としか思えません。」
「自分で自分を治療したのか。信じられんことじゃ。」
「それが一番の治療実績ですわ。」
「アミラさん、もうやめよう……」
「では、最後にとっておきの情報を一つ。」
「まだあるというのか。」
「タウ様はソフィア王女様の婚約者であらせららます。」
「……まさか……王子はうまれておらんのか?」
「はい。王位継承権第一位の王女様です。」
長老は俺の顔をもう一度見た。
「外見でなく、血筋でもない者を陛下も王女も認めたと……」
「反対の声を聞いたことがありません。国民も認めているのだと思います。」
「次期王配が直接来たということか。なぜ農林局長が直接来ないのかと訝しんでおったが……。」
「いえいえ、次期王配とか関係ありませんから。僕は僕で、ソフィアはソフィアですから。」
「馬鹿をいうな!次期王配の言葉がどれほど重いものか考えてみろ。しかし、とんでもない者をよこしてくれたもんだな。」
「はいはい、その話は終わりにしましょう。では、横になってください。」
俺は長老を診察して治療を施し、薬を処方した。
「ほお、これはエルフと同じ処方じゃな。」
「ええ、ジャニスから教わった……」
俺は何気なく口にしてしまい、ハッと気が付いた。
「ジャニス……じゃと……」
「ジャニスが……」
ほかの人からも声があがる。これは……禁則ワードだったか……。
「ジャニスとはエルフのジャニスなのだな。」
「はい……。」
「どこにおるのじゃ。」
「それは、理由をお聞かせいただけないと明かせません。」
「何故じゃ?」
「……本人の口からは、里に行けないと聞いているからです。」
「お主のところにおるのじゃな?」
「……。」
長老は緊張を緩めた。
「それならば良い。無理に連れ帰るつもりもない。ジャニスはワシの娘じゃ。」
「えっ……。」
「十年以上前になるか、他国のエルフとワシが進めた婚姻があってな。」
「婚姻話が……。」
「嫁入りの直前になって、あやつは里から消えたのじゃ。」
「多分、そのあとで、貴族である医師の元で修行し、薬師としての技量を高めていったのだと聞いています。」
「そうか。薬師として学び続けたいという夢は追い続けたんじゃな。」
「はい。現在も僕と同じで、城の非常勤医師として登録してあります。」
「ほう。医師として認められるまでになりおったか。だが、出奔して以来何の音沙汰もない。実の娘じゃ。心配しないはずがないじゃろう。」
「そういう事でしたか。ジャニスは僕の家の執事をしてもらっています。僕がこうして自分の仕事に専念できるのも、ジャニスが家のことを仕切ってくれているからです。ソフィアからの信頼も厚いですから、このままいてほしいと願っています。」
「次期王配の執事かよ。エルフの中では出世頭じゃないか。みんな、聞いた通りだ。ジャニスが見つかったぞ。」
「帰りましたら、こちらに顔を出すように説得します。」
「ああ、よろしく頼む。」
「あれっ?ということは、ジュリは……。」
「ジャニスの兄、ジョイスの娘じゃよ。生まれたのはジャニスが出て行った直後じゃがな。」
奥で、女性が二人抱き合って泣いている。お母さんと妹だろうか。
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