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第五章 結婚
第84話 ポンプ
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「ちょ、ちょっと待ってください。そんなの見たことないですよ。」
「そうなんだ。便利なんだけどね。あっ、でもこの国では魔法で水を出せるし、魔石を使えば水に不自由することはないもんね、うん。」
「そういう問題じゃないですよ。料理の味を重視するところでは井戸を使ってますし、現にお城の中でも井戸は2カ所ありますからね、魔石だって高いし、水魔法使いだってそんなにいないし、高レベルの魔法師なんてそれこそ希少ですよ。」
「へえ。まあ、井戸水の方が美味しいってところは同感だね。あっ、屋敷にも井戸を作ろうかな。」
「そこは好きにしてください。ともかく、これは総務局長に報告すべきです。」
「えっ、また忙しく……」
「報告すべきです!」
「はい……」
「で、今度は何をやらかした。」
「えっと、井戸から水を汲み上げるポンプを作ったらキャシー……いえ、副局長がこれは報告案件だっていうものだから……」
「そうなんです。いちいち桶を落として引っ張り上げなくてもいいんですよ。」
「すまん、どこが凄いのかよく分からないんだが……」
「そうですよね。王族の方はそんな苦労したことないですもの。でも、国の中では、毎日何百人もの子供や女性がやっていることなんですよ。」
「まあ、見かけたことはあるが、そんなに大変なものなのか?」
「男性の力なら問題ないでしょうね。でも、実際にやっているのは子供や女性なんですよ。」
「うーん、ともかく実物を見せてもらおうか。」
俺たちは井戸に移動した。
「こっちは、これまでの汲み上げ式です。」
「ああ。俺も見たことはある。」
「この桶を下に落として引き上げるだけですからどうぞ試してみてください。」
キャシーは桶を落としてロープを総務局長に差し出した。
「こ、こうか……意外と重いもんだな。」
総務局長はカラカラとロープを引いていく。
「ま、まだか……」
「もう少しです。」
局長の額にはうっすらと汗が滲んでいる。無事に桶を引き上げ、意外と重労働なんだなとつぶやいた。次はポンプを設置した井戸に移動する。
「これがポンプというものなのか?」
「はい。このレバーを上下するだけで水が出ます。」
ガチャコンガチャコンとキャシーが実演して見せた。
「おい、さっきの俺の苦労は何だったんだ!」
「どれだけ効率化できたか分かりますよね。」
「ああ。だが陛下に報告する程のものではないかな。産業局長あたりと調整して広めていけばいいだろう。」
「はい!」
キャシーはポンプの効果を認めてもらえて嬉しそうだ。
翌日、産業局長に同じような説明を行い現地を確認してもらった。
「なあ、ものは相談だが、俺の屋敷に設置してくれないだろうか。」
「えっ?」
「俺は毎朝走ってから井戸水を汲み上げて飲んでいるんだ。そういう貴族は意外と多いぞ。」
「そうなんですか。」
「俺が広告塔になってやる。こういうのはメイドのネットワークですぐに広がるからな。それから鍛冶職ギルドと職人ギルドにノウハウを分けてやってくれないか。」
「いいですよ。」
「そうだな、うちの中に専任班を立ち上げよう。地味に見えるかもしれんが、国民の暮らしは確実に楽になるし、職人たちも活気づくだろうよ。よくうちに持ってきてくれたな、感謝するぞ。」
俺も知らなかったのだが、貴族の屋敷には意外と井戸が普及していた。早朝、産業局長の屋敷から響くガチャコンガチャコンの音がメイドたちのネットワークに乗るのはあっという間だった。
鍛冶職ギルドと職人ギルドも活気づいた。鍛冶屋が部品を拵えるとすぐに職人が組み立てとゴムの組み込みを行い、据付班に回される。産業局の方では市中の共同井戸へ据付て行くのだがポンプの争奪戦が始まっている。俺のほうは早い時期に中央広場と自宅への設置を終えて学び舎の方に専任しており、そんな事態になっているとは思わなかった。
「主、ポンプのギャランティーはどういたしますか?」
「生活に密着するものだから無しでいいよ。」
「かしこまりました。」
「そういえば、みんなの賃金はどうなっているんだい?足りなかったら上げていいんだよ。」
「とんでもございません。既に城勤めのメイドと比べても倍以上の給金をいただいております。」
「僕が局長として給料をもらっているんだから、せめて城の課長級の金額にしてほしいんだ。」
「承知いたしました。皆、喜ぶでしょう。」
「エリスは?」
「少し自我が出来てきたように見受けられます。主からいただいた給金を使って好みの布を注文したりしているんですよ。」
俺は考えていた。エリスには感謝してもしきれない。メイドさんたちが本来の仕事よりも俺の手伝いを優先してくれるのも、エリスがいるからだ。そんなエリスが喜んでくれるものとは何だろうか。
「やっぱり、アレを作るしかないか……」
「主、アレとは?」
「エリスがもっと可愛くなれるものなんだ。できるかどうか分からないけどね。」
もし、アレが作れれば……。元となる素材は分かっている。あとは何が必要なのか……。
「確か、ケイ石とメタノール。あとは覚えてないな……。」
その夜、俺は少し離れたところの山を丸ごと収納に取り込んだ。空間ごとだ。そこから土を元に戻し、残った物の中からケイ石を取り出した。更に瓶をもってメタノールを抽出する。メタノールは樹木の葉で形成され夜に放出されるのだ。収納内の植物を元に戻した。
「これでどうだ!」
収納内にアレの感触はなかった。
「まあ、地道に試していくしかないか……」
その日から、俺は目についたものを収納に取り込んでいくようになった。
こうしているうちに、井戸ポンプは国中に普及していった。
「産業局長。」
「はい。」
「ポンプというものが普及しているようだな。」
「はい。おかげさまで市中からも評価いただいております。」
「わしのところへも国民から感謝の声が届いておるぞ。」
「学び舎のように目立った功績ではありませんが、国民の生活が改善されるような働きは評価に値すると思いますわ。」
「恐縮でございますが、これはタウ……いえ、教育局長の発案です。産業局はそれを広めただけですので。」
「謙遜するな。まあ、あんなものを考え出すのはタウだろうと思っていたが、それをきちんと評価し広めたのは産業局であろう。」
「はい。」
「国民の目線に立って、正しく評価できる姿勢を王妃は褒めておるのじゃ。皆も産業局を手本とするよう頼むぞ。」
「「「はっ!」」」
とある日の局長会議である。ポンプ専任班のメンバーは全員昇進し評価してもらえた。
【あとがき】
自然界には存在しないアレ。どうやって必要なものを揃えられるんだろうか……。
「そうなんだ。便利なんだけどね。あっ、でもこの国では魔法で水を出せるし、魔石を使えば水に不自由することはないもんね、うん。」
「そういう問題じゃないですよ。料理の味を重視するところでは井戸を使ってますし、現にお城の中でも井戸は2カ所ありますからね、魔石だって高いし、水魔法使いだってそんなにいないし、高レベルの魔法師なんてそれこそ希少ですよ。」
「へえ。まあ、井戸水の方が美味しいってところは同感だね。あっ、屋敷にも井戸を作ろうかな。」
「そこは好きにしてください。ともかく、これは総務局長に報告すべきです。」
「えっ、また忙しく……」
「報告すべきです!」
「はい……」
「で、今度は何をやらかした。」
「えっと、井戸から水を汲み上げるポンプを作ったらキャシー……いえ、副局長がこれは報告案件だっていうものだから……」
「そうなんです。いちいち桶を落として引っ張り上げなくてもいいんですよ。」
「すまん、どこが凄いのかよく分からないんだが……」
「そうですよね。王族の方はそんな苦労したことないですもの。でも、国の中では、毎日何百人もの子供や女性がやっていることなんですよ。」
「まあ、見かけたことはあるが、そんなに大変なものなのか?」
「男性の力なら問題ないでしょうね。でも、実際にやっているのは子供や女性なんですよ。」
「うーん、ともかく実物を見せてもらおうか。」
俺たちは井戸に移動した。
「こっちは、これまでの汲み上げ式です。」
「ああ。俺も見たことはある。」
「この桶を下に落として引き上げるだけですからどうぞ試してみてください。」
キャシーは桶を落としてロープを総務局長に差し出した。
「こ、こうか……意外と重いもんだな。」
総務局長はカラカラとロープを引いていく。
「ま、まだか……」
「もう少しです。」
局長の額にはうっすらと汗が滲んでいる。無事に桶を引き上げ、意外と重労働なんだなとつぶやいた。次はポンプを設置した井戸に移動する。
「これがポンプというものなのか?」
「はい。このレバーを上下するだけで水が出ます。」
ガチャコンガチャコンとキャシーが実演して見せた。
「おい、さっきの俺の苦労は何だったんだ!」
「どれだけ効率化できたか分かりますよね。」
「ああ。だが陛下に報告する程のものではないかな。産業局長あたりと調整して広めていけばいいだろう。」
「はい!」
キャシーはポンプの効果を認めてもらえて嬉しそうだ。
翌日、産業局長に同じような説明を行い現地を確認してもらった。
「なあ、ものは相談だが、俺の屋敷に設置してくれないだろうか。」
「えっ?」
「俺は毎朝走ってから井戸水を汲み上げて飲んでいるんだ。そういう貴族は意外と多いぞ。」
「そうなんですか。」
「俺が広告塔になってやる。こういうのはメイドのネットワークですぐに広がるからな。それから鍛冶職ギルドと職人ギルドにノウハウを分けてやってくれないか。」
「いいですよ。」
「そうだな、うちの中に専任班を立ち上げよう。地味に見えるかもしれんが、国民の暮らしは確実に楽になるし、職人たちも活気づくだろうよ。よくうちに持ってきてくれたな、感謝するぞ。」
俺も知らなかったのだが、貴族の屋敷には意外と井戸が普及していた。早朝、産業局長の屋敷から響くガチャコンガチャコンの音がメイドたちのネットワークに乗るのはあっという間だった。
鍛冶職ギルドと職人ギルドも活気づいた。鍛冶屋が部品を拵えるとすぐに職人が組み立てとゴムの組み込みを行い、据付班に回される。産業局の方では市中の共同井戸へ据付て行くのだがポンプの争奪戦が始まっている。俺のほうは早い時期に中央広場と自宅への設置を終えて学び舎の方に専任しており、そんな事態になっているとは思わなかった。
「主、ポンプのギャランティーはどういたしますか?」
「生活に密着するものだから無しでいいよ。」
「かしこまりました。」
「そういえば、みんなの賃金はどうなっているんだい?足りなかったら上げていいんだよ。」
「とんでもございません。既に城勤めのメイドと比べても倍以上の給金をいただいております。」
「僕が局長として給料をもらっているんだから、せめて城の課長級の金額にしてほしいんだ。」
「承知いたしました。皆、喜ぶでしょう。」
「エリスは?」
「少し自我が出来てきたように見受けられます。主からいただいた給金を使って好みの布を注文したりしているんですよ。」
俺は考えていた。エリスには感謝してもしきれない。メイドさんたちが本来の仕事よりも俺の手伝いを優先してくれるのも、エリスがいるからだ。そんなエリスが喜んでくれるものとは何だろうか。
「やっぱり、アレを作るしかないか……」
「主、アレとは?」
「エリスがもっと可愛くなれるものなんだ。できるかどうか分からないけどね。」
もし、アレが作れれば……。元となる素材は分かっている。あとは何が必要なのか……。
「確か、ケイ石とメタノール。あとは覚えてないな……。」
その夜、俺は少し離れたところの山を丸ごと収納に取り込んだ。空間ごとだ。そこから土を元に戻し、残った物の中からケイ石を取り出した。更に瓶をもってメタノールを抽出する。メタノールは樹木の葉で形成され夜に放出されるのだ。収納内の植物を元に戻した。
「これでどうだ!」
収納内にアレの感触はなかった。
「まあ、地道に試していくしかないか……」
その日から、俺は目についたものを収納に取り込んでいくようになった。
こうしているうちに、井戸ポンプは国中に普及していった。
「産業局長。」
「はい。」
「ポンプというものが普及しているようだな。」
「はい。おかげさまで市中からも評価いただいております。」
「わしのところへも国民から感謝の声が届いておるぞ。」
「学び舎のように目立った功績ではありませんが、国民の生活が改善されるような働きは評価に値すると思いますわ。」
「恐縮でございますが、これはタウ……いえ、教育局長の発案です。産業局はそれを広めただけですので。」
「謙遜するな。まあ、あんなものを考え出すのはタウだろうと思っていたが、それをきちんと評価し広めたのは産業局であろう。」
「はい。」
「国民の目線に立って、正しく評価できる姿勢を王妃は褒めておるのじゃ。皆も産業局を手本とするよう頼むぞ。」
「「「はっ!」」」
とある日の局長会議である。ポンプ専任班のメンバーは全員昇進し評価してもらえた。
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