僕はもう一度君に恋をする

モモん

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「郷田さん、会議室にお茶8個お願いします」

「はい」

「おい、ゴーレム。
この資料、3時までに20部用意してくれ!」

「はい」

「麗夢、頼んどいた資料、チェックするからメールで送ってくれ」

「はい」


私の名前は、郷田麗夢(レム)。
都内の、大手企業に務めるOLです。
31歳という年齢は決して若くはないけど、まだまだバリバリの自称キャリアウーマンです。

学生の頃から、私にはゴーレムというあだ名がつきまとっているんです。
命令されたことを忠実にこなすからですが、私にだって自主性があり、仕事も与えられています。
それでも、イヤと言えないのは、両親の躾の賜物だろうと……

ゴーレムと双璧をなすあだ名は委員長。

高校まで、半分はクラス委員みたいな仕事を押し付けられてきました。
最初のうちは光栄だと思いましたが、委員長というあだ名の定着する頃には、本音を言えばうんざり……

でもね、それで周りが治まってくれるのならと、笑顔で引き受けてきました。
会社に入ってからは、さすがに委員長というあだ名はなくなりましたが、頼めば笑顔で引き受けてくれるという印象は、どんどんエスカレートしていきます。
その結果、自分の仕事は家でやることになり、知人との食事やお酒を飲む機会もどんどん減らさざるをえませんでした。

私のほかにも、女性社員はいるのですが、個性的だったり、顔に出るタイプだったりして、一番頼みやすい私に回ってくるのです。



「おう、ゴーレム、資料はまだか!」

「コピー機のトラブルがあって、あと5分待ってください」

「たく、言われたことくらいやってくれよな!」

「……」

そんなに大切な資料なら、自分でやれよな……心で思っても顔には出しません。



お茶入れをしていた時です。
廊下で電話していた男性社員の声が耳に入ってきました。

「ゴーレムに課題発表会の資料作成頼んだから、今日の合コンにいけそうだぜ」

えっ、私はそのせいで、自分の仕事に手をつけられないのに頼んだ本人は合コン?


「おいゴーレム! 業務量的にお前の仕事は勤務時間中に終わるはずだろう。
勤務時間中に手を抜いて時間外なんかするんじゃないぞ」

「あら係長、ゴーレムというのはセクハラじゃありません事」

「セクハラってのは、人間が感じるもんだ。
ゴーレムには無縁だろ」

うまいこと言ったと得意げな係長でした。

その時、何かが壊れた音がしたんです。

モウイイヤ……



その日、私は遅くまでかかって、頼まれていた仕事の80%を処理して、あとは自分でどうぞと携帯にメールを送りました。
係長の発言を会社の倫理委員会にメールで送って告発します。

そして、全係員にメールで明日から10日ほど、体調不良で休みますと連絡を入れました。
携帯は電源を切っておくので、連絡はとれませんと追記しておきます。

私物はバッグにまとめて、最悪、会社へこなくてもいいようにしておきます。

モウイイヤ……


会社を出たのは10時を過ぎていました。
電車で45分。
郊外にある自宅よりの駅につきました。
駅の改札を出てふと見ると.小さな花屋さんが開いていました。

「すみません、何かスカッとするようなお花ありませんか」

「スカッとするような花ですか……うーん、……ちょっと待ってて」

店員さんはそういうと、小さな鉢とスコップを持って駅の外に出ていきます。

「えっ?」

3分くらいで戻った店員さんの鉢には、3mmほどの小さな青い花をつけた草が植わっています。

「えっ?」

「あっ、ごめん、お客さんだからちょっと待ってて」

あれっ?私もお客さん……

店員さんはお客さんの対応をして戻ってきました。

「ごめんごめん、この花、学名をVeroicanヴェロニカといって、花言葉は信頼とか清らか・神聖。
和名の中には星の瞳なんていうロマンチックなものもあるんだ」

「はあ……」

まあ、たしかによく見ると可愛いと思うけど、なんでこのセレクトなの?

「一般的な呼び名はオオイヌノフグリ。
フグリって知ってる?」

私は首を横に振りました。

「睾丸、キンタマなんだよね」

ブッ!思わず吹き出してしまいました。

「実際には、この花は1日くらいで終わって、結実すると小さなハート形の実を結ぶんだ」

「はあ……」

「もちろん、雑草だから潰そうが針を刺そうがお好きなように。
実がなるまで待てなかったら、花でもいいじゃん。
誰かに見られたら、あなたたちが普段踏みつけてる花だと言ってやればいい」

「この花を潰す……」

「あなたの抱えてる怒りとか悩みとかに対して、この花を潰すのに値するものなのかどうか考えてみたらいい」

「あっ……」

「値すると思ったなら、相手の睾丸だと思って針を刺してやりなさい」

ブッ!二度目です。

「気に入った?」

「はい」

「じゃあ、鉢代として100円になります」

「はい。
……あの、明日から会社休むんですけど、また来ていいですか」

「いつでもどうぞ」

「でも、かわいそう……そんな名前をつけられて」

「そうかな」

「えっ」

「だって、この名前と花のギャップのおかげで、少なくとも君には忘れられない花になった」

「あっ」

「名前なんて、本質を表すものじゃないだろ。
もし、星の瞳だって教えてたら、多分忘れるよね。少なくとも思い出すのに苦労しそう。
だけど、オオイヌノフグリだったら忘れないんじゃない」

「そう……ですね」

「どう、スカッとした?」

「もう、抱えきれないくらいに」



翌日、家に課長が来られた。

「今まで、君が多くの資料を作ってくれているのは僕がよく知っている。
僕の資料作りも手伝ってもらったからね。
資料のまとめ方を見れば一発だよ」

「はあ」

「部長もそれを知っているから、昨日の今日で僕に指示があった。
これまで何度も主任への昇進を拒んできた君だけど、部長が人事課とかけあって特例で係長として迎えたい。
どうかな?」

「はあ」

「とりあえず、10日ゆっくりして、出社した時に答えを聞かせてくれればいいからさ」



私は10日間、花屋さんに通いました。
無給の手伝いです。

10日目に、私は思いを伝えます。

「私と結婚してください」

「僕でいいの?」

「あなたじゃないとダメなんです」

翌日、私は辞表をもって出社した。
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