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第一章
第1話 黒いスコップを買った
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うちの父親(オヤジ)は庭いじりが趣味で、俺も小さいころから一緒になって楽しんでいた。
俺が高校に入学した年に父親の転勤が決まり、俺たち一家は地方へと引っ越しをした。そのおかげで、庭だけは広い借家に入ることができて俺たち一家は喜んだものだ。
そんなある日のこと。俺は貯めた小遣いで念願のスコップを手に入れることができた。
角スコではなく、先の尖ったノーマルタイプだ。柄の部分を含め、黒の炭素鋼でできており、重さも1.7kgと手頃だった。
すっかり上機嫌になった俺は、少し浮かれすぎていたのかもしれない。
ホームセンターからの帰り道。青信号で横断歩道をわたっていた俺は、信号を無視して突っ込んできたトラックにはねられた。
黒いスコップを持ったまま宙を舞った俺は、そのままブラックアウトした。
俺の名前は堀杉 進(ほりすぎ すすむ)。高校に入学したばかりの16才だ。身長は175cmで体重は66kg。標準的な体系だ。髪は染めておらず、右から左へ流してある。
トラックに跳ね飛ばされた俺が意識を取り戻したのは、黄色いパンジーのような花が咲き誇る花畑だった。
「な、なんですの!」
「えっ?」
聞きなれない言葉だったが、意味は理解できた。
声の主は、金髪ロングの色白少女だった。
黄色のドレスが花畑にマッチしているが、どう見てもお姫様って感じだ。
「私のお花畑で何をしていらっしゃるのかと聞いております!」
見回してみると、30m四方の、確かに花畑だった。
俺は花を踏みつぶさないように立ち上がり、慎重に少女の脇へと移動した。
「ゴメン。花畑を荒らすつもりじゃなかったんだ。」
「……、見慣れない服装ですわね。」
ただの買い物だったので、モスグリーンのカーゴパンツにベージュのトレーナーというラフな服装だった。
周りは石造りの城みたいな建築物に囲われており、どう考えても日本ではない。
「多分……、君の知らない国から来たんだと思う。えっと、迷い人とか神隠しとか……、そんな感じかな。」
異世界モノのアニメとかで、そんな言葉があったような気がする。
「迷い人……、確かに突然現れたように見えましたが……、それは何ですの?」
彼女の視線は、俺の右手、つまり今日買ったスコップに向いている。
「ああ、土を掘り返す道具だよ。この畑を耕す時にも使っているだろ。」
「そんな黒い道具、初めて見ましたわ。鉄製?ですの?」
「いや、鉄よりも硬くて軽い金属でできているんだ。」
彼女はじっと俺のスコップを見ながら言った。
「迷い人というのを信じるとして、これからどうされるおつもりですか?」
「いや、突然のことなので、まだ何もかんがえていないんだ。」
「そうですね。では、城の職員に対応させましょう。」
「城の職員?」
「ええ。ここはブランドン王国の王城、申し遅れましたが私は第二王女のシェリー・ライキ・ブランドンと申します。どうぞお見知りおきを。」
「あっ、失礼しました。俺……僕は日本という国からやってきました、堀杉進と申します。ススムと呼んでください。」
第二王女と名乗った少女だが、12・3才に見える。中学1・2年といったところか。身長は150cmくらいでスレンダーな体形だ。
「何か……とても失礼なことを考えていらっしゃいます?」
「い、いえ、そんなことは……。」
「よろしいですか、お母様は十分なモノをお持ちです。私は成長過程にありますの。」
「は、はあ……」
「まあいいですわ。ではついてきてくださいな。」
俺はシェリー王女に連れられて建物の中に入り、城の職員に簡単な説明をされた後で俺への聞き取りが始まった。
対応してくれたのはラースさんという、父親と同世代くらいのおじさんだった。
「国に戻る方法がわからないため、とりあえずこの国に滞在したいというわけですね。」
「はい。お願いします。」
「数日は城の宿舎をお使いいただくとして、住まいと仕事ですね。難民として処理すれば支援金として金貨2枚を支給できますが、それ以上の支援は……。」
「金貨2枚というのは、どれくらいの価値になるんですか?」
「一般的な城の宿院だと一か月分の給料ですね。それで、仕事なんですが、得意なこととかありますか?」
「えっと、園芸の知識は多少ありますが……、武芸はやったことがないですね。」
「農業は?」
「小さな畑づくり程度ならできますが、本格的な農業は自信ないです。」
そこへ、女性スタッフと話し込んでいたシェリー王女がやってきた。
「今、シエラとも相談してきたのですが、ススムは当面私付きの補助スタッフとして雇うことになりました。」
「姫殿下の……スタッフでございますか?」
「はい。一年間の暫定契約で、契約金は年間で金貨30枚。城の宿舎を貸与して食堂も利用可能です。ススムそれでどうかしら?」
「俺……僕に異論はありませんが……。」
「姫殿下、それでよろしいのですか?」
「はい。ススムの国の技術や知識、何か一つでもこの国にないものを見いだせれば、十分に元はとれるでしょう。ダメだったら、私のお小遣いが減るだけの事ですわ。」
こうして俺は、シェリー王女のスタッフとして、城勤めが決まった。
「食堂では、このブレスレットを提示すれば無料で食事の提供を受けることができます。」
食堂へ案内してくれたのは、シェリー王女のスタッフでシエラさんという25才の女性だった。
身長165cmでスレンダーな体型だがスタイルはいい。ショートの茶髪で、メガネの奥に光る切れ長の目はどこか氷のような印象を受ける。ブルーアイズというやつだ。
黒のタイトスカートに白いブラウス。チェックのベストといった装いは、社長秘書のイメージそのものだった。
左手にいつも持っている黒いクリップボードは、いったい何のために持ち歩いているのだろうか……。
「営業時間は、朝6時から夜は23時まで。いつでも好きな時間にご利用いただくことができます。」
「ブレスレットのない人は食べられないのですか?」
「大丈夫ですよ。一回につき銅貨一枚で利用することができます。」
独身の職員で、一か月の給料が金貨2枚と言っていたので、金貨1枚だと10万から15万程度だろうか。その1/10が銀貨で、更に1/10が銅貨なので1000円ちょっとくらいか。好きなだけおかわりできるところから、妥当な価格なのだろう。
3食が確保されたと喜んでいた俺は、まだこの国の食糧事情を理解していなかったのだ。
最初の夜の食事は、満足のいくものだった。
ウサギ肉を香草と一緒に焼いた料理は、絶妙の塩加減であり空腹の俺に対して十分な香りを放っていた。だが、平焼きの堅いパンと薄い塩味の野菜スープ……。そう、基本的に味付けは”塩”だけなのだ。
発酵させていないパンは堅く、スープに浸して食べるのが一般的なようだ。
発酵食品として、チーズやヨーグルトなどは普及しているものの、パン・味噌・醤油は流通していない。酢はあるものの、玉子も高価でありマヨネーズなどとても作れそうにない。
「どうしたらいいんだ……。」
2日で塩味に飽きてしまった俺は悩んだ。
だが、高校生の頭で解決できるほどの単純な問題ではない。
いや、問題は単純なのだが、大豆を発酵させて味噌や醤油を作り出すなど、どれほどの手間と時間がかかるのだろうか……。
「ああ、醤油があれば……。」
俺の頭には、ペットボトルに入った醤油が懐かし気に微笑んでいた。
【あとがき】
白内障の手術もひかえているので、のんびりとやっていきます。
俺が高校に入学した年に父親の転勤が決まり、俺たち一家は地方へと引っ越しをした。そのおかげで、庭だけは広い借家に入ることができて俺たち一家は喜んだものだ。
そんなある日のこと。俺は貯めた小遣いで念願のスコップを手に入れることができた。
角スコではなく、先の尖ったノーマルタイプだ。柄の部分を含め、黒の炭素鋼でできており、重さも1.7kgと手頃だった。
すっかり上機嫌になった俺は、少し浮かれすぎていたのかもしれない。
ホームセンターからの帰り道。青信号で横断歩道をわたっていた俺は、信号を無視して突っ込んできたトラックにはねられた。
黒いスコップを持ったまま宙を舞った俺は、そのままブラックアウトした。
俺の名前は堀杉 進(ほりすぎ すすむ)。高校に入学したばかりの16才だ。身長は175cmで体重は66kg。標準的な体系だ。髪は染めておらず、右から左へ流してある。
トラックに跳ね飛ばされた俺が意識を取り戻したのは、黄色いパンジーのような花が咲き誇る花畑だった。
「な、なんですの!」
「えっ?」
聞きなれない言葉だったが、意味は理解できた。
声の主は、金髪ロングの色白少女だった。
黄色のドレスが花畑にマッチしているが、どう見てもお姫様って感じだ。
「私のお花畑で何をしていらっしゃるのかと聞いております!」
見回してみると、30m四方の、確かに花畑だった。
俺は花を踏みつぶさないように立ち上がり、慎重に少女の脇へと移動した。
「ゴメン。花畑を荒らすつもりじゃなかったんだ。」
「……、見慣れない服装ですわね。」
ただの買い物だったので、モスグリーンのカーゴパンツにベージュのトレーナーというラフな服装だった。
周りは石造りの城みたいな建築物に囲われており、どう考えても日本ではない。
「多分……、君の知らない国から来たんだと思う。えっと、迷い人とか神隠しとか……、そんな感じかな。」
異世界モノのアニメとかで、そんな言葉があったような気がする。
「迷い人……、確かに突然現れたように見えましたが……、それは何ですの?」
彼女の視線は、俺の右手、つまり今日買ったスコップに向いている。
「ああ、土を掘り返す道具だよ。この畑を耕す時にも使っているだろ。」
「そんな黒い道具、初めて見ましたわ。鉄製?ですの?」
「いや、鉄よりも硬くて軽い金属でできているんだ。」
彼女はじっと俺のスコップを見ながら言った。
「迷い人というのを信じるとして、これからどうされるおつもりですか?」
「いや、突然のことなので、まだ何もかんがえていないんだ。」
「そうですね。では、城の職員に対応させましょう。」
「城の職員?」
「ええ。ここはブランドン王国の王城、申し遅れましたが私は第二王女のシェリー・ライキ・ブランドンと申します。どうぞお見知りおきを。」
「あっ、失礼しました。俺……僕は日本という国からやってきました、堀杉進と申します。ススムと呼んでください。」
第二王女と名乗った少女だが、12・3才に見える。中学1・2年といったところか。身長は150cmくらいでスレンダーな体形だ。
「何か……とても失礼なことを考えていらっしゃいます?」
「い、いえ、そんなことは……。」
「よろしいですか、お母様は十分なモノをお持ちです。私は成長過程にありますの。」
「は、はあ……」
「まあいいですわ。ではついてきてくださいな。」
俺はシェリー王女に連れられて建物の中に入り、城の職員に簡単な説明をされた後で俺への聞き取りが始まった。
対応してくれたのはラースさんという、父親と同世代くらいのおじさんだった。
「国に戻る方法がわからないため、とりあえずこの国に滞在したいというわけですね。」
「はい。お願いします。」
「数日は城の宿舎をお使いいただくとして、住まいと仕事ですね。難民として処理すれば支援金として金貨2枚を支給できますが、それ以上の支援は……。」
「金貨2枚というのは、どれくらいの価値になるんですか?」
「一般的な城の宿院だと一か月分の給料ですね。それで、仕事なんですが、得意なこととかありますか?」
「えっと、園芸の知識は多少ありますが……、武芸はやったことがないですね。」
「農業は?」
「小さな畑づくり程度ならできますが、本格的な農業は自信ないです。」
そこへ、女性スタッフと話し込んでいたシェリー王女がやってきた。
「今、シエラとも相談してきたのですが、ススムは当面私付きの補助スタッフとして雇うことになりました。」
「姫殿下の……スタッフでございますか?」
「はい。一年間の暫定契約で、契約金は年間で金貨30枚。城の宿舎を貸与して食堂も利用可能です。ススムそれでどうかしら?」
「俺……僕に異論はありませんが……。」
「姫殿下、それでよろしいのですか?」
「はい。ススムの国の技術や知識、何か一つでもこの国にないものを見いだせれば、十分に元はとれるでしょう。ダメだったら、私のお小遣いが減るだけの事ですわ。」
こうして俺は、シェリー王女のスタッフとして、城勤めが決まった。
「食堂では、このブレスレットを提示すれば無料で食事の提供を受けることができます。」
食堂へ案内してくれたのは、シェリー王女のスタッフでシエラさんという25才の女性だった。
身長165cmでスレンダーな体型だがスタイルはいい。ショートの茶髪で、メガネの奥に光る切れ長の目はどこか氷のような印象を受ける。ブルーアイズというやつだ。
黒のタイトスカートに白いブラウス。チェックのベストといった装いは、社長秘書のイメージそのものだった。
左手にいつも持っている黒いクリップボードは、いったい何のために持ち歩いているのだろうか……。
「営業時間は、朝6時から夜は23時まで。いつでも好きな時間にご利用いただくことができます。」
「ブレスレットのない人は食べられないのですか?」
「大丈夫ですよ。一回につき銅貨一枚で利用することができます。」
独身の職員で、一か月の給料が金貨2枚と言っていたので、金貨1枚だと10万から15万程度だろうか。その1/10が銀貨で、更に1/10が銅貨なので1000円ちょっとくらいか。好きなだけおかわりできるところから、妥当な価格なのだろう。
3食が確保されたと喜んでいた俺は、まだこの国の食糧事情を理解していなかったのだ。
最初の夜の食事は、満足のいくものだった。
ウサギ肉を香草と一緒に焼いた料理は、絶妙の塩加減であり空腹の俺に対して十分な香りを放っていた。だが、平焼きの堅いパンと薄い塩味の野菜スープ……。そう、基本的に味付けは”塩”だけなのだ。
発酵させていないパンは堅く、スープに浸して食べるのが一般的なようだ。
発酵食品として、チーズやヨーグルトなどは普及しているものの、パン・味噌・醤油は流通していない。酢はあるものの、玉子も高価でありマヨネーズなどとても作れそうにない。
「どうしたらいいんだ……。」
2日で塩味に飽きてしまった俺は悩んだ。
だが、高校生の頭で解決できるほどの単純な問題ではない。
いや、問題は単純なのだが、大豆を発酵させて味噌や醤油を作り出すなど、どれほどの手間と時間がかかるのだろうか……。
「ああ、醤油があれば……。」
俺の頭には、ペットボトルに入った醤油が懐かし気に微笑んでいた。
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