箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太

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第9章 奪還編

地獄の107丁目 煉獄第三層 ~憤怒~

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 怒りの感情のコントロールは難しい。同じ出来事でも人それぞれ感じ方が違うのだから尚の事。ただし、今回は三人共に等しく激しく怒りの感情を揺さぶられ、それ故に全滅の危機にさらされていた。

 時は少々遡り、憤怒の層到着直後。俺達は目の前の光景に圧倒されていた。

「ついに第三層。ここは憤怒の層だっけ?」
「そうですね。生前怒りに身を任せて暴力を振るったり相手を傷つけた者がここで罪を浄化しています」
「ま、前がっ。前がっ!」

 そう、煙のような霧のようなモヤに包まれ、視界がかなり悪い。気を付けないとうっかり浄罪中の人につまずいたり踏んづけたりしそうだ。

「うっかりはぐれないように手をつないでいきますか」
「えっ、キーチローさんとですか?」
「私の手はデボラ様の為にあるんですが」

 予想通りの厳しい反応。

「敵に襲われる可能性もあるので、出来れば」
「ま、まぁそういう事でしたら」
「仕方がないので私が服の端をつまむわ!」
「あ、私もそうします!」

 別に全然悔しくない。悔しくないけどなんだその汚れ物扱いは。嫉妬の層の出来事ちょっと引っ張ってない?

「とにかく、離れずに進んで行こう。足元気を付けて」
「はい!」
「分かりました!」

 しばらく進んだところでモヤが一段と濃くなった。二人が引っ張る服の感覚を頼りに、なんとかうっすら見える先へ進む道を登っていたが遠くから奇妙な叫び声が聞こえた。この層に入ってから、亡者の悔恨の呻き声は絶え間なく聞こえていたが、どうも様子が違う。それにこの声はもしかすると。

「キーチローさん………」
「ああ、嫌な予感がする」

 ふと横をみると妖子さんの目は赤く血走り、牙を剥き出しにして低く唸り声をあげていた。ひょっとすると妖子さんにはもう声の主に見当がついているのかもしれない。そしてそれは俺達をどうしようもない不安に駆り立てた。

「急ごう!」
「はい!」

 俺達は声の主の元へ走った。だが、目の前に現れたのは曇天の装束を着た見知らぬ男だった。

「やっとご到着ですか」
「この声は!?」
「ああ、我々が捕らえたの声ですか?」

 瞬間、三人が一斉に男に向かって飛びかかっていた。

「はい、一丁上がり~」

 俺達の身に何が起こったかを理解する頃には既に敵の罠にハマった後だった。

「いやいや、簡単なお仕事でした」

 男はメガネを外すとガラス面を拭きながら言い放った。

「この蜘蛛の糸みたいなのは!」
「はーい。なんの捻りもなく蜘蛛の糸でございました。ただし、カンダタを地獄から引き上げようとした蜘蛛の糸でございまして」
「くっ!」
「強度は折り紙付き。このような視界の悪い場所では特に有効な手段です」

 男はこちらを小馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべながらご丁寧に説明してくれた。

「申し遅れました。私はクルンと言いましてご覧の通り曇天の一員でございます」
「そんなことは知らん! さっきの声はなんだ! デボラは!」
「ご安心下さい、天界では死刑はもちろん、拷問の類いも禁じられておりまして。あれはウチの職員による声真似でした。素晴らしい」

 男は笑顔で拍手を始めた。いちいち動きがこちらの心をざわつかせる。憤怒の層にぴったりの逸材だ。

「さあ、では皆さんを拘束し、あーっと! 拘束は済んでおりました! 後は仲良く天獄へ、あーっと! 皆さんバラバラでした。うっかりうっかり」

 人は怒りによって致命的なミスを犯すが、限界を超えた怒りは、こと暴力に限って恐ろしい力を生み出すことがあるらしい。

 今回、限界を超えたのは妖子さんだった。

「デボラ様に………何を………」
「はい?」
「デボラ様に………何をしたぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 突如、妖子さんは火だるまになり、自分ごと糸を燃やし尽くしてしまった。

「そんな………! 糸が………!! てゆーかさっきの話聞いて………」

 服をも燃やし尽くし、全裸の妖子さんはクルンの首を掴む。こちら側からはモヤと尻尾で隠れているのでOK。クルンもまだ服が残ってる内に早々に失神したのでOK!

「デボラ様に……」

 ヤバい。妖子さん、殺る気だ。

「妖子さん! 妖子さん! ストーップ! そこまで! 殺しちゃだめだ!」
「デボラ様には危害は加えられていません!」
「え……?」

 妖子さんの耳と顔がこちらを向く。これもマズい。

「ストーップ!! 振り向くのダメ! 俺、蜘蛛の糸に張り付いて顔逸らせない!」
「妖子さん! 一旦、人化を解いてください!」

 我に返った妖子さんは自分の姿を見て前を隠し、そして叫んだ。

「いやあああああああああああっ!!!」
「火っ! ひぃぃぃぃいっ!!」

 妖子さんが放った狐火で蜘蛛の糸から逃れることが出来たが、あちこち燃やされて焦げた。俺だけ。

 俺を火あぶりの刑に処した妖子さんは、急速に冷静さを取り戻し、その後は妖狐の状態で丁寧にベルの糸を焼き、クルンの服を引っぺがして自分の服に変化させていた。俺は所々燃えて、歩くセクシャルハラスメントになっていたので、予備のアルカディア・ボックスつなぎを召還した。代わりはどれほどあってもいいものだ。

「さ、さて。ひと段落付いたので先を急ごう。怒りに身を任せちゃいけないという事は身に染みたしね」
「ええ、そうですね。この先もこんな調子で曇天からの刺客がやってくるのでしょうし」
「全く、デボラ様以外に肌を晒すなどと。怒りで我を忘れるにもほどがあります!」

 妖子さんは先ほどの出来事を心底悔いているようで、俺にあまり顔を合わせてくれなくなった。

「ところで、キーチローさん」
「なに? ベル」
「さっき、首は動かせませんでしたけど」
「はい」

「目は閉じられましたよね?」
「あ、そういえば」
「なああああああああああああああああああっ!?」
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!」

 妖子さんは再び怒りに我を忘れ、俺のつなぎ(二着目)は灰と化したのであった。
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