箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太

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第8章 天界編

地獄の99丁目 衝撃の天界①

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 第二回目の査察は第一回目から約一か月後となった。間隔が早いような気もするが、初回は時間も人員も足りな過ぎた、と言うのが先方の言い分らしい。要は前回は下見で、今回から本格的に査察を開始したいという事だ。ただ、日程は今回も通知済み。こちらもある程度対策というか前回の下見を参考に対応を練った。ところが、今回の査察は予想をはるかに超える規模だった。

「では、地獄生物の繁殖施設の査察を執り行う」
「その前に、一つ注意を。この施設には今、出産を控えたドラゴンが居る。査察と言えど、危険なので絶対に近づかないよう頼む」
「聞こえたか!? 良し! では、散れ!!」

 同時に散開した“曇天”隊員は約20名。対してこちらの職員数は7人。とてもじゃないが一人ずつ付いて回れるような状況じゃない。ましてや、向こうは戦闘、密偵のプロ。俺やデボラ、キャラウェイさんはともかく、ベルですらついていくのに一苦労。ローズ達は早々に対象を見失ってしまった。


  ☆☆☆


「下見で安心させておいて二回目からは物量投入とはなかなかいやらしいやり方ですな。ニムバス殿」
「いえいえ、万全を期すためですので、この施設に問題があるとは考えておりません。どうか他の職員の皆様とご歓談でも」
「ふん、盗聴器や監視カメラをどれほど仕掛けていくのやら」
「どういう事ですかな?」
「貴様らが帰った後に職員の服に1つ、出入り口となっている部屋に7つ計8つの発信機が見つかった。こういう真似をされては今回の査察に不信感が募るのも致し方あるまい」
「何と! そんな非人道的な事が!? 恐らく部下の独断でしょう。全く」

 白々しい嘘をつきおって。こやつもとんだ狸だ。あのクロードとかいう怪しげな男にはキーチローを付けたが大丈夫だろうか。問題を起こしていないといいが……。


  ☆☆☆


「相変わらず素早いですね。名前を伺っても?」
「ここの職員、喜一郎です。以後宜しく」

 クロードの動きを見ているとどうも俺を撒こうとしているらしいが、まだ付いていける。この男は要注意だ。

「見たところ人間のようなそうでないような不思議な方ですがどのような経歴で?」
「遠い先祖に魔族がいたようで。人間ですが、先祖がえりの一種ですかね。魔王様に見初められてスカウトを受けました」

 もちろん、嘘だ。細かく追っていけばバレるのだろうが、今はこれでいいだろう。

「我々のような気配も感じるのですが」
「色々交じっているんでしょうかね。先祖がえりですね。多分」
「ふーん、おっと! ここはヘルアントのコロニーですか」

 クロードが急制動で立ち止まり、ヘルアントの巣を眺める。

「ヘルアントぐらい地獄ではありふれた生物でしょうに、どうして捕獲を?」
「生態系のバランスを鑑みまして。あと、生態記録の為です。ここでは自然に近い環境で育てているので」
「繁殖を目的としている割には食物連鎖を放置しているんですか?」
「基本的にエサは定期的に最低限与えています。生物間で喰ったり喰われたりは無いですね」
「今のところ?」
「……はい」

 的確に嫌なところを突いてくる。生物間でコミュニケーションが取れていることが知られるのも時間の問題か?

「いや、実に興味深い施設です。査察などと言わずにプライベートで遊びに来たいぐらいです」
「もともとは地獄の環境を安定させるためですからね、一般公開はしてないんです。すいません」
「そうですか、残念です。もし、職員を募集しておられましたらすぐ参加しますのでぜひお声掛けください!」

 監視カメラだの盗聴器だの仕込んでおいてどの口が抜かすのか。ここまで見え透いているとそれすら罠なんじゃないかと勘繰ってしまう。

「ま、我々も出来る限りこの施設の運営には協力したいと思っておりますのでね」
「そうですね。出来れば査察で時間を取られないのが一番ですけど」
「はっはっはっ」

 何を笑ってんだこいつ。

「おや、アレは?」

 クロードが目を付けたのはドラゴンの巣だ。マズイ。竜王のひ孫が生まれる直前だ。魔王デボラでさえ今はおいそれと近づかない。今は出産直前で神経過敏になっているのか、夫のドラゴン以外寄せ付けないのだ。

「あそこは今、出産を控えたドラゴンが眠っています。職員も地獄の生物も等しく近寄らないようにしています。先ほども注意がありましたが絶対に近づかないようにしてください」
「ほう、ドラゴン! 実に興味深いですが、ご忠告通り近づかないようにしましょう。私もわざわざ見えている地雷を踏みたくはありませんので」

 一瞬、クロードがニヤリと笑ったような気がしたが気のせいか? 言い知れぬ不安を覚えたが、すんなり離れていくので俺はクロードと共に走り出した。近づくようなら職員として力づくで止めねば。

「では、戻りましょう! そろそろニムバス隊長に報告する時間です」

 今度は急な方向転換。ついていくのが面倒だが仕方ない。こいつの行動には目を光らせておかないと何をしでかすか分かったものではない。

「クロードさん、他の隊員の方にもしっかり言っておいてください、あそこは危険なエリアなので」
「ええ、ええ。それは勿論ですとも。査察だからと言ってそこまでやりませんよ。各員、聞こえたか? ドラゴンには近づくなよ」
『了解!!』

 念話だろうか。こっちでも拾えてしまった。

 その次の瞬間、時が止まったかのような錯覚と同時に周りの空気がピンと張り詰める。そして衝撃波のように凄まじい勢いで怒りの咆哮が轟いた。いや、実際に衝撃波も発生してるな。そして同時に小さな悲鳴らしきものも。考え得る限り最悪の事態だ。だが、正直その瞬間は悲鳴の主の安否などどうでもいいほどにその場から立ち去りたかった。恐らくこの事態を引き起こしたクロードですら、脂汗が滲み、動けずにいた。それほどに咆哮の中心から放たれる怒気と魔力は凶相を孕んでいた。

「すぐに隊員全員にもう一度連絡を! アル! デボラは!?」
『ニムバス隊長とこちらへ向かわれているようです』
「な、何を……」
「何をボサッとしてるんだ!!! 早く連絡を!!!」
「こ、こんな危険な施設……認められんぞ!」

 思わず、クロードを殴り飛ばしてしまった。
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