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第7章 地獄の魔王決定戦編

地獄の91丁目 地獄の魔王決定戦・後編

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「さて、今日来たのは別件ですのでぇ、まずはそちらを終わらせてきますねぇ」

 覆面選手が悠然と俺達の間を横切ると、その歩はドラメレクへと向かっていった。なるほど、早い。視線は切っていなかったはずだが気が付けば間合いの中だ。だが、手を出すなとはどういう事だろう。はっきり言って手に負えないレベルではないと思うが。ともかく俺は制御不能状態の妖子さんをムシカゴにひっそりと送った。

 そして、当のドラメレクはと言うと、三対一の状況を打開するため、狙いをレンキに絞ったようだ。

「えっ、嘘! もうあたしの矢に対応し始めてる!?」
「何ちゅう素早さ! 付け焼刃の連携じゃこんなもんか!」
「全く……嫌になりますね。このセンス」

 先程まで三対一で圧倒していたはずの闘いだったが、レンキの振り下ろす金棒は悉く避けられ、避けたところを狙っていたはずの矢はどんな体勢からだろうと掴まれていた。最後に叩きこまれるはずのキャラウェイさんの魔法や体術はタイミングを外されているのか、不発に終わっている。恐ろしいのは拙い連携とは言え完璧と思われるタイミングで放たれた矢を避けるのではなくところだ。

「おっとと……これ当たると痛そうだな」

 一撃必倒の金棒がドラメレクを襲うが風切り音と共に空を切る。レンキは金棒だけじゃなく足技を繰り出したりしているがどれも大きなダメージにはつながっていない様だ。

「一旦、距離を取りますよ!」
「くっ……! やりにくい!」

 不思議なことにレンキはすでにキャラウェイさんの指示に従っている。元魔王のカリスマ性の成せる業か。

「楽しそうな事してますがぁ、時間切れぇ~」

 突然戦闘に乱入したのは俺達を素通りした覆面選手。レンキの金棒をデコピンで破壊し、モリエルの弓を瞬く間にへし折った。

「あなた方に危害を加えるつもりはないのでぇ、おとなしくしていただけると助かりまぁす」

 覆面選手は唖然茫然の二選手を置き去りに再度ドラメレクへ歩を進める。

「何!? あの選手!? デボラの知り合い?」
「知り合いというか……何というか」

 デボラは言葉を濁す。隠しているわけではなさそうだが、言い辛そうでもある。俺としてはデボラの顔を殴った罪は重いのだが手を出すなと言われれば現時点ではそうせざるを得ない。

「さて、ドラメレクさぁん? お祭りはおしまぁい。さっさと倒れてくれませぇん?」

 ドラメレクは腕に刺さった矢を抜きながら不満そうに覆面の選手へ視線を送る。

「何? お前、強いみたいだけど今は三対一の攻略法探しに夢中なんだから邪魔すんなよ。な? 後でたっぷり遊んでやるから」

 今度は足に刺さった矢を引き抜く。太ももから血が流れていたがすぐに傷口が塞がった。どうも回復系の魔法ではなく筋肉の操作で止血している様だ。

「私はぁ目的さえ達成できればぁ、三対一だろうが六対一だろうが一向に構わないんですよぉ。そもそも気付いてますぅ? あなた魔王を名乗ってますけどぉ死ぬほど人望が無いの」
「人望? なんじゃそりゃ。俺は別に自分に付いてこいと宣言したつもりはねぇな。“好きにしろ”が俺の唯一の命令だ」

 うん、揺るぎない。もはや一つの信念すら感じる。だからと言って俺を殺したことを忘れることは無いが。

「いや、こっちもぉ、拘束を破られただけで結構な赤っ恥なんですがぁ。まして魔王を名乗ってここまで大々的にイベントをうたれちゃうとぉ上司が黙ってないといいますかぁ」

 ん? 拘束をしてた? ってことは……。

「ま、文句があるってんならかかって来な! お望み通り六対一でも構わんぜ」
「はぁ、めんどくさ。だから地獄って嫌いなんですよねぇ」

 言い終わるやいなや、覆面選手はドラメレクへ高速で接近し、手刀を繰り出した。驚くべきはその威力。手刀の名前通り、刃物で切ったかのようにドラメレクの服は裂け、肉からは血が溢れ出していた。

 ドラメレクは一瞬、何が起こったか分からないような表情で困惑していたが、胸の傷に手を当てると、自分の身に起きた事を理解し、満面の笑みを浮かべた。

「おい、お前からでいい。お前からがいい! 遊ぼう!」

 手の血を一舐めすると今度はドラメレクが覆面選手へ接近した。ドラメレクの拳が空を衝く。足が空を裂く。攻撃を全てギリギリで躱す。なんて手に汗握る攻防だ! 覆面選手の方にはまだ余裕がありそうだが。

 それよりも何よりも、







 何だこの圧倒的置いてけぼり感!

 恐ろしく強い疎外感、俺でなきゃ泣いちゃうね。

「いよいよ何が起こってるか聞いていい? デボラ」
「あ、ああ、我も状況が呑み込めてきたところだ」

 そうとも、一回殺されて恐ろしくパワーアップを遂げて復活したはずなのにここまでの戦闘描写はムシ網を振り回していた部分ぐらいだ。デボラを守るとかなんとか抜かしていた過去が今では死ぬほど恥ずかしい。本選においての存在感ゼロ! ここは納得のいく説明を求めたい。

「おそらく奴は天界の治安維持部隊、“曇天”だ」

 曇天……、天界……。

「天界ですと!? やっぱりそうなの!?」
「ああ、奴の今の目的はドラメレクの拘束の様だ」
「じゃあ、なんでデボラが殴られた? 全くもって許しがたい行為なんだが」
「アレは……、アルカディア・ボックスの異常成長が嗅ぎつけられた」

 問題になるよな、そうだよな。明らかに地獄とは違う環境で育ってるもんな。なんでああなったか作った本人すらわかってないもんな。

「恐らく、キーチローの復活がきっかけだな。仮死状態で復活した者は数あれど、完全に死亡してからの復活と言うと手段は限られる。ここ数百年、地獄で見つかっていなかったフェニックスがなぜ、都合よく用意できたのか探られたのかもしれん」

 なんてこったい。じゃあ、ドラメレクを拘束したら次はこっち!? 拳で抵抗しなきゃダメじゃん。

「とにかくこちらから攻撃して心証を悪くする意味は皆無だ。今は事の成り行きを見守ろう」

 視線をドラメレク達に戻すと、二人の実力は拮抗している様だ。徐々に二人に傷が増えていく。

「げぇ、こんなことならカッコつけて金棒や弓壊すんじゃなかったですねぇ」
「お前がナニモンでもいい! ……いや、気になるから解剖させろ! とにかくもっと俺と闘え!」
「デボラさん、バランさん! 一緒に戦ってくれますぅ?」

 デボラはすぐに前に歩み出た。キャラウェイさんも事情は呑み込めないが、ドラメレク打倒を優先したらしく、すぐに加勢した。

「大ピンチ! これはやべえ!」

 笑顔で三人の攻撃を受けるドラメレク。しかし、まだどこか余裕があるようだ。こと戦闘に関しては底が見えない。恐ろしい敵だ。

「えぇ……ドン引きなんですけどぉ、まだそんな軽口叩けるんですかぁ?」
「最初から六人で来いと言ってるだろ!」
「チッ……」

 覆面選手がめんどくさそうに手をかざすと、破壊された金棒と弓が元の形に復元された。

「めちゃカッコ悪いですけどぉ任務を優先しますぅ」
「なんかわかんないけど魔王ワンチャン可能性出てきた!?」
「そういう事なら……!」

 レンキとモリエルも再び攻撃に加わる。なぜか俺だけ呼ばれない! 五人がかりでようやく均衡が崩れたようだ。ドラメレクの体の傷が一方的に増えていく。

「くっ……!」
「さっさと倒れろぉ」
「悪いが手加減はせんぞ! ドラメレク!」
「くっそおおおおおおおおお!!!」

 ドラメレクの顎をデボラのの拳が捉え、浮き上がったところをレンキの金棒が、背中には次々と矢が刺さっていく。気の毒なぐらいのフルボッコ。まあ、同情はしない。

 そして、やっとのことでドラメレクが意識を失った。残された面子だが、覆面選手はドラメレクを引きずりながら棄権を宣言した。モリエルは俺のムシカゴへ。レンキはムシカゴを破壊されそうだったので三人がかりでギブアップへ追い込んだ。

 その後、俺とキャラウェイさんは揃って棄権を宣言した。俺はなるべく魔王になんてなりたくないし、キャラウェイさんもひっそり生きたいらしい。これにて当初の目的通り、デボラが魔王に返り咲いたという訳だ。

 なんか釈然としないが結果良ければすべて良し!
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