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第5章 地獄変

地獄の59丁目 危険な奴ら②

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 駅弁を食べ終わり、名古屋駅を出発したころ、最初は元気に新幹線を楽しいんでいたデボラも移動の為に2時間も3時間も費やすことの無意味さに気付き始めた。退屈しだすとさっきみたいにトイレの構造を事細かにレポートし始めたりするので(というか魔族の排泄って……?)それを避けるために眠気を抑えて会話をしなくてはならない。

「一つ気になったことが」
「なんだ?」
「デボラやベルにローズは気軽に人間界をうろついたりしてるけど、他に悪魔っていないの?」

 デボラは何を馬鹿なと言わんばかりにあきれ顔で答えた。

「以前にも言ったが、原則は不干渉だ。だが、裏を返せば、あからさまな干渉を避ければお目こぼしはあるとも言える」

 それなりに人間界にも馴染んでるってわけか。恐ろしい話だ。

「地獄の生物を人間界に持ち込んだり、人間界でニュースになるほどの大量失踪を引き起こしたり、そういった干渉はなるべく避けておる」
「じゃあ、極少数の失踪とかに地獄の住人が絡んでる可能性も……」
「もちろんある。現にベルやローズの主食は人間の邪心ではないか。それどころか人間そのものが主食と言うケースもある」

 ベルは少し申し訳なさそうに俯いた。人間から邪心を取り去るならある意味天使に近い行動のような気もするが。それでも気の向くまま喰い散らかしたら廃人だからな。俺が今普通に暮らせているのもベルとローズの自重のおかげだ。

「よくそれで、均衡が保てるもんだ」
「んー……。正確に言うと保たれていなかったんだがな」

 デボラによると、過去何度か人間を食料とする悪魔、魔物、鬼などが人間界に侵攻を企てたことはあるし、実際に侵攻したこともあるらしい。だがそのたび、天界がそう言った生物を間引いてきたそうだ。そう考えると過去の通信が発達していなかった時代は割と三界の境界線は曖昧なものだったのだろう。そんな歴史の中で宗教やお伽噺として今も根付いているのかもしれない。

「今の人間界は人間だけでなく悪魔も生きづらい」

 デボラが窓の外に広がる田園を眺めながらつぶやいた。

「悪魔が生きやすかったら、なおの事人間は生きづらいのでは」
「まあ、そうだな」
「私はデボラ様の元であればどこであろうとも……」

 俺はいつの間にか目の前の存在が悪魔であることを忘れて話していて、少し「しまった」と思った。そんな心を察したのかどうだか、デボラは

「キーチローのそばが生きやすいと感じている魔族は今のところ少なくとも六人おるな。魔物に至ってはたくさんだ」

 などと、ハートを鷲掴みにするセリフを吐いた。

「私は、デボラ様の生きやすい場所が私の生きやすい場所です!」

 ベルは立ち上がって拳を固めたが、すぐに座った。周りの目を気に出来るのも、一般常識を【転送ダウンロード】したおかげだな。うんうん。

「あ、でも他の悪魔がいるならデボラやベルの魔力は感知できないようにしておいた方が余計なトラブルを避けられるんじゃ?」
「まあ、そうだな。魔力が感知されぬよう見えない障壁でも張っておくか」
「たまには冴えた事言いますわね」

 俺は、一般人として当たり前のことを言ったまでだ。ふん!

 そんなこんなでやっと目的地、京都に着いた。修学旅行で来て以来の京都だ。駅も記憶の中のものより巨大化している気がする。おっと、目的地はまだ先だった。急がねば。到着予定時刻は14時だ。俺は目的の駅へ向かう地下鉄の切符を買うと、デボラとベルを引き連れて支店に向かった。

「デボラ、そろそろ別れる準備しとかないと」
「そうだな、我は目立たぬように観光でもして良きところで地獄に戻る」

 いくら京都でもそんな観光客はいないんじゃないかという言葉を飲み込んで、好きにやってもらうことにした。もちろんお小遣いはベルから支給済みだ。一般常識も【転送ダウンロード】してることだし大丈夫だろう。

「欲を言えばキーチローと回りたかったがな」
「仕事が済んだら連絡するよ」

 デボラの顔は明るく、ベルの顔は少し曇った。

「三人で回ろう」

 デボラの顔はそのままに、ベルの顔は少し明るくなった。俺としては両手に花状態だし会社の人間もいないし、まさに三方良しだ。

「じゃあ、また後で!」
「デボラ様、失礼いたします」
「うむ。達者でな!」

 デボラと別れた後はベルと共に仕事モードに入り、支店を訪ねた。京都支店の支店長は気のいいおじさんで、着くなり自ら支店のみなさんに紹介して回ってくれた。そのおかげかベルの【誘惑テンプテーション】を使用するまでもなく、全体が歓迎ムードとなったのである。

 その後、現地の営業担当をそれぞれ割り当てられたので、得意先への営業活動に同行を許してもらった。

「安楽さんには悪いけど、俺ベルガモットさんのが良かったわ~」
「ははは、すいませんね」

 同行してくれたのは京都支店の若手エース、豊川さん。年は俺より1~2歳上だろうか。清潔感あふれる好青年だ。営業車の中でいきなりぶっちゃけられてしまったが、俺が豊川さんと同じ立場でもやっぱりベルの方がいい。言うか言わないかは別だが。ベルはベルで支店長の計らいにより、同性の営業に同行していた。俺もむしろあっちが良かったことは言わないでおく。

「今日はどこへ連れてってもらえるんですか?」
「祇園とか行きたい?」
「いや、夜の話じゃなくて」
「ああ、今からか! ちっさい町工場のおっちゃんのとこやな。みんなええ人や。関東モンにはどうか知らんけど」

 マズイ。ただでさえ口下手で営業職なんかとんでもないと思っていたが、対面スキルに【関東モン】というマイナス属性が付与されるとは。我が社の評判を下げないように頑張らねば。

「よっしゃ、着いた着いた」
「ど、どこが小さな町工場なんですか……」

 目の前に現れたのはそもそも工場ではなく立派な受付兼事務所。工場は敷地のさらに奥だ。事務所の中のこれまた立派な応接室に通されると、間をおいて現れたのは作業着姿のおじさん。

「おお、豊川君か。ご無沙汰やな」
「社長、おとつい一緒に飲んだとこやないですか」
「そやったか? 今日は何売りつけに来たん? 若い男は間におうてるで」

 社長と呼ばれたおじさんはチラリと視線を移すとヒラヒラと手を振った。

「僕も若い女連れてきた方が喜ぶかと思ったんですけど、支店長がね」
「森田君には空気読めって伝えといて」
「ばっちり伝えときます」

 漫才のような掛け合いで進行していく会話に全くついていけずキョロキョロと声の発生源を追っていると、豊川さんがやっと紹介してくれた。

「本社から研修で来てる安楽です。どうせ営業に同行させるなら社長のとこみたいな大きいとこがええと思いまして。飲んだ時にちょっと話しましたけどうちの商品が使われてるラインちょこっとだけ見せてもらっていいですか?」
「かまへん、かまへん。まあ、うちみたいな小さい会社見てもしょうがないと思うけどゆっくりしていってや。あ、ここの社長やってます、南です。これ名刺ね」
「株式会社来都カンパニーの安楽です。今日は宜しくお願いします!」

 緊張しながらも名刺交換を済ませ、一生懸命元気にあいさつをした。

「普通やな。君、茶漬けでも食べるか?」
「……?」
「こらこら、社長! 今来たとこ!」
「冗談や! 関東の人にはほんまに通じひんのやな」

 後で教えてもらったが、京都では早く帰れの意味でぶぶ漬け(=茶漬け)を進めるという冗談めいた都市伝説が流されたそうだが、逆に面白がって今ではジョークで使う事もあるらしい。

「さ、うちの製品が使われてるところ見たら請求書おいて帰ろ」
「いらんぞ、持って帰ってくれ」


 ☆☆☆


「さあ、着き魔した。ここが、ニホンでも鳳凰や朱雀が祀られていることが多い、キョウトとかいうところです」
「なあ、鳳凰や朱雀なら本場の中国の方が……」

 リヒトは呆れ顔で訴えるが、聞こえないふりをしてコンフリーは話を続ける。

「いやあ、しかしこの霊的パワーとお香の匂い。たまり魔せんなぁ、……ゴホッ、ゴホッ」
「虫よけスプレーと虫じゃないのですから……」
「さ、色々回ってみ魔しょう!」

 シュテルケの両肩をグイッと両の手で押すコンフリー。ヘルガーディアンズとドラメレク一派の奇跡の邂逅は近い……。
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