上 下
59 / 125
第5章 地獄変

地獄の53丁目 二度目の告白

しおりを挟む
「禁忌というと……具体的に聞いてもいいの?」

 俺は少しためらいながらもデボラに問うてみた。

「やつらと同じだな。天使と悪魔の子」

 禁忌の子が禁断の恋か。デボラが言う通りならそりゃあ魔力も高まるはずだ。

「父様は上級とはいえ何の変哲もない悪魔なのだがな。母様はそれなりに位の高い天使だったらしい。結局は堕天させられて今は立派に悪魔の仲間入りをしておられる」

 天界と地獄の関係はなんとなくこの前も聞かされたし、お伽噺なんかでもよくある話だから感覚で理解はできるが……。堕天と言うぐらいだからリストラとはまたレベルが違う話なんだろうな。

 暗闇の中、月明かりと花火の光だけがデボラの表情を映し出していたが、心情を推し量るには頼りない輝きだった。

「話ってのはそのこと?」
「ああ、一応危険な奴らも現れたし、どこかで話しておこうとは思っていた」
「その話、知ってるのは?」
「ベルとバラン様だけだな」
「わかった。ありがとう」

 なぜ、お礼を言ったのかはわからない。けど、とても大事なことを聞かせてくれた。そう思ったから自然と口をついて感謝の気持ちを伝えた。キャラウェイさんにも前にそう教えてもらったしな。

「さあ、こんな盛り上がらん話は線香花火と一緒におしまいだ」
「みんなのとこ戻る? それともまだ二人で話す?」
「うむ。戻ろう! でも、この線香花火が消えるまでは……」
「わかった」

 なんだこれ。甘酢っぺぇ。

「ダママとかヴォルってこの先どれぐらい強くなるのかな? 人間界では割と伝説級の生き物なんだけど」
「地獄でもそうはおらん種別だしな。はっきりしたことは分からん。ボックスの影響もどこまで出る事やら」

 なんもわからんという事か。手に負えなくなったらどうしよう。みんなでレベルアップしないと。

 ……ところで、デボラの手に持っている線香花火だが、かれこれ3分は全開でバチバチ光っているように見えるが。気のせいかな。

「あの、デボラさん」
「ん? な、何か?」

 挙動が不審な魔王様に一応、念のために問い質してみた。

「俺の知ってる線香花火と違うんですが」
「そ、そうか?」

 俺の知ってる線香花火はたしか『牡丹』『松葉』『柳』『散り菊』の段階を経て燃え尽きるはずだが、どう見ても『松葉』の威力がおかしい。か細い枝のような火花がパチパチと咲く様子が魅力だったはずだ。俺の目の前で光ってるやつは小規模な雷の様だ。これじゃあ閃光花火だ。

「これホントにあの束からとった?」
「当たり前だろう。いやあ、なかなか終わらんな」

 折しも閃光花火の光でデボラの顔が煌々と照らされていたが、さっきの遠くを見つめるような真顔はどこへやら、ニヤニヤと締まりのない顔へ変化していた。

 表情の変化に気付いたのを悟られたか、急に真顔になったデボラは咳払いをして、こう言い放った。

「キーチロー、線香花火の燃え方は『起承転結』を表しているそうだぞ! 地獄に来た花火職人が語っておった! 今『承』が盛り上がってるところだ!」
「俺達の戦いはこれからだ! ……ってやかましいわ」

 やがて、俺達の箱庭を巡る物語もド派手な『承』を迎える事をこの時の俺達はまだ誰も知らなかった……的な盛り上げ方でいいのかな? ここは。そもそも今『起』なのか?

「でいつになったら終わるのかね? デボラさん」
「できれば、最後の小さな玉のようになる部分はLEDに変えたいと思っている」
「随分と長持ちな事で。でも、物語は終わって初めて『物語』と呼ばれるのですぞ」

 愛情表現が地味で歪でそれこそ人間よりもダママやカブタンを相手にしているような気分になる。

「ネバーエンディングストーリーという物語があるのを我は知っているぞ!」
「あれも物語としては一旦終わるの! さあ、魔法を解いて、戻るよ!」

 しぶしぶデボラが閃光花火を線香花火に戻し、やがてはジジっと音を立てて光の玉が地面にポトリと落ちた。俺の知っている結末だ。

「もっと話してたかったんだがな―」
「いつでもうちに来て存分にお話しください」
「ムードが大切なのだ。むーど、がな。この辺が解らんようでは、人間の女を落とすのはキーチローには難しいかもしれんぞ!」
「へいへい」

 俺はわざと大げさに両手を広げ、分かりましたよと言わんばかりに首を振った。

 デボラと二人、戻ってみると全員和やかに花火を楽しんでいた。最初は人間も変わったことが好きなもんだと半ば馬鹿にしていた様だがいざやってみると多様な進化を遂げた手持ち花火にDANDAN心が惹かれていったようだ。しまいには誰が一番面白く花火を火魔法で再現できるかという遊びに変わり果てていった。

 優勝者は勿論我らが魔王、デボラ。先ほどの閃光花火でエントリーしたようで、僅差でローズの『これがホントのネズミ花火』を破っていた。

「ところで、キャラウェイさんとステビアはこんな暗がりで何を見てるんですか?」
「こ、これは私が元の自分のプライドを捨ててまで手に入れた宝物です!」
「に、人間界の本……うへ、うへへへへへ」

 これはこれで今回の旅を楽しんでいるようなのでそっとして触れないでおこう。

 よし、今回の旅はデボラの思い付きだったが、大成功! 海や動物園にも久しぶりに行けたし俺も満足だ。デボラに改めて感謝の気持ちを伝えねば。

「デボラ、今日は楽しかったよ! ありがとう!」

 デボラは満面の笑みで俺に応えてくれた。そして、

「我はな、キーチロー、やはりお前が好きだ。お前といるのが好きだ」

 俺のピュアハートは悪魔に奪われそうになっていた。


 ☆☆☆

「ねぇねぇねぇ、禁忌キッズのお二人さん! フェンリルの捕獲すら失敗してくるって今、どんな気持ちなのかねぇ?」

 長い黒髪の女が挑発的にリヒトとシュテルケに話しかける。

「二度と僕達をそう呼ぶな!」
「あなたは、デボラとバラン様の二人を相手に出来るというのですか?」

 自前なのか盛っているのかやたらに長いまつ毛を上下に揺らし、時に大きく目を見開き、あるいは両手を頬に添え、真っ赤な口紅を引いた唇の中心の穴からはスラスラと相手を貶める言葉が出てくる。

「おお、怖い坊ちゃん達だこと! あのドラメレク様のご子息とは信じられないねぇ! 穢れた天使の血なんか入れるからこんなことになったのかねぇ!」
「貴様……!」
「止めておきなさい、リヒト君」

 今にも女へ向けて魔法を繰り出そうとしているリヒトを制止したのは頭を包帯でグルグル巻きにされたコンフリーであった。

「男ってのは情けないねぇ。そりゃあ、魔王なんて相手にしようとするから怪我したり尻尾撒いて逃げ出したりする羽目になるのさ」

 女の繰り出す正論に皆一様に押し黙ってしまう。

「愛しいドラメレク様に帰って来ていただくためには最も手軽で最も早い手段を取りたいの。解るぅ?」
「お手並み拝見といき魔しょう」
「とは言えフェンリルはどこかに隠されてしまったしとりあえずは氷の方かねぇ。私の当てを探ってみるからあなた達はさっさと代わりの手段を考えておいて欲しいものだねぇ」
「くっ……!」

 女は言いたいことを言い終わると踵を返して立ち去った。

「まあ、せいぜい頑張ってください。ベラドンナさん」

 コンフリーは期待半分、皮肉半分に女の背に向けて応援とも呪いともつかない言葉を吐いた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

風ノ旅人

東 村長
ファンタジー
風の神の寵愛『風の加護』を持った少年『ソラ』は、突然家から居なくなってしまった母の『フーシャ』を探しに旅に出る。文化も暮らす種族も違う、色んな国々を巡り、個性的な人達との『出会いと別れ』を繰り返して、世界を旅していく—— これは、主人公である『ソラ』の旅路を記す物語。

ヘリオンの扉

ゆつみかける
ファンタジー
見知らぬ森で目覚める男。欠落した記憶。罪人と呼ばれる理由。目覚め始める得体のしれない力。縁もゆかりもない世界で、何を得て何を失っていくのか。チート・ハーレム・ざまあ無し。苦しみに向き合い、出会った人々との絆の中で強くなっていく、そんな普通の異世界冒険譚。 ・第12回ネット小説大賞 一次選考通過 ・NolaブックスGlanzの注目作品に選ばれました。 2024.12/06追記→読みやすくなるように改稿作業中です。現在43話まで終了、続きも随時進めていきます。(設定や展開の変更はありません、一度読んだ方が読み直す必要はございません) ⚠Unauthorized reproduction or AI learnin.

邪神降臨~言い伝えの最凶の邪神が現れたので世界は終わり。え、その邪神俺なの…?~

きょろ
ファンタジー
村が魔物に襲われ、戦闘力“1”の主人公は最下級のゴブリンに殴られ死亡した。 しかし、地獄で最強の「氣」をマスターした彼は、地獄より現世へと復活。 地獄での十万年の修行は現世での僅か十秒程度。 晴れて伝説の“最凶の邪神”として復活した主人公は、唯一無二の「氣」の力で世界を収める――。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

処理中です...