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第4章 箱庭大拡張編
地獄の52丁目 夏の魔物は恋の魔物
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デボラが急に海に行きたいと言い出したので、海に来ている。地獄の海じゃない。日本の海だ。それも関係者全員でだ。
つまり、社員旅行(?)という奴だ。
どうしてこうなったか。いつものように時を戻して確認してみよう。
☆☆☆
「なぁ、キーチロー。日本の海はいいなぁ」
藪から棒にデボラがそんなことを言い出すものだから俺は白金魚のレディにエサ(鯉用)をあげていたのを中断し、デボラの方へ向きなおした。
「どこからそんな発言がやってきたのか聞いてみてもいい?」
「この間見ていたテレビでCMをやっていただろう。海水浴場の」
確かに最近、暇を見ては俺の部屋にやってきてダラダラとテレビを見てはご飯を食べて帰っていく5年目のカップルみたいなことをやっているが、まさかCMの方に食いついていたとは。
「今行っても人がいっぱいだし汚いんじゃないの?」
時は8月の頭。じりじりと焦がすような日差しが脳を茹で上げる。思い付きでおかしな行動を取り始めるのも無理からぬ猛暑だ。ちなみに地獄は場所によって酷暑の場所もあれば極寒の地もある。人間界の日差しごとき物の比較にはならないのかもしれない。
「地獄には海がない。文字通り地の獄だからな。あるとするなら血の海だけだ」
「バイオレンスには事欠かないね」
「だから見てみたいのだ。人間界の海とやらを」
「そしたらみんな行きたいって言うんじゃないかな? 俺達だけ世話をサボるわけにもいかないし」
デボラが腕を組んで思案に暮れている。俺は再び鯉のエサを手に取り、ばらまいてみた。ピラニアもどきが凄い勢いで食いついてくる一方、レディも負けじとその硬い体で周りをはじきながらなんとかエサにありついている。
「よし、アルカディア・ボックスもレベルアップしたことだし、2日だけ休暇を取ろう! 社員旅行というのはどうだ!」
「まあ、エサは遠隔であげられるし後は掃除ぐらいだけど……」
「正直、みんな言葉が通じるようになったんだし、個室の房は取り払ってもいいんじゃないだろうか」
確かに最近トレントの森は広がっているし、それ以外にも結構地獄から移動させてはいるので、もはや大部分が地獄に近づいてきている。
「そういう事なら……、まあ」
「よし! 決まりだな!! アル、聞いていたか!?」
『お任せくださーい。何かあったらすぐ連絡しますので』
……。本当に便利になっちゃったな。箱庭。
☆☆☆
という訳なのである。
人間界の事なので手配は全て自分とベルでやり、残りの悪魔たちには人間界の常識を【転送】してもらい、さらには普通の人間に見えるように変装を施してもらった。
人間界への干渉は魔王の許可を得るのなら良しに文言を改めたようだ。そして、時代の魔王では無効とする旨も追記したらしい。これで法の体を成しているのかは不明だが。そもそも人間の邪心が食料という悪魔もいることだし完全な不干渉は無理な話だろう。
「人間界って初めて来ました!」
「わ……私も……」
セージとステビアは元々人間界に用事がないため、キョロキョロと辺りを見回していて挙動が不審だ。一方、デボラ、ベル、ローズはさすがの貫禄である。特にベルはサングラスと帽子を人数分用意してくるあたりさすがの側近ぶりだ。キャラウェイさんは魔王研修とか言う謎のカリキュラムで人間界に来たことはあるようだが、その頃はまだ侍が居たとかであまり役にたつ知識はなさそうだ。
「では、皆さん。参りましょう」
ベルの先導で不思議な集団が動き出す。ベルはというとデボラに日傘を差しながら歩いており、ますます異様な雰囲気を醸し出す。
「じゃあ、海の家で着替えてまた集合しましょう。デボラ様、こちらです」
「男性陣はこちらでーす。セージ君、妙な期待をしないように!」
という訳で用意した水着に着替え(魔法が使えるものは魔法で着替えたらしい)、楽しい海水浴の始まり……のはずだった。
が、どういう訳か全員、海に近づきたがらない。
「ベル、ちょっと様子を見てきてくれないか」
「主を差し置いて先には行けません」
「では、ローズ」
「私は夏の邪心が呼んでますのでちょっと別行動を……」
「ステビアは?」
ステビアはそもそもビーチパラソルの下で読書を始めていた。キャラウェイさんは磯の方へいそいそと駆け出し、人間界の生き物を観察し始めている。セージはカモメを眺めている様だ。
あれ? みんな海に何しに来たの?
「デボラ、もしかして海が怖い?」
「ままままさか! 地獄の魔王が恐れるものなどあろうか!」
「初めて見るものだからね。しょうがないね。一緒に行こう」
「そうか、ならば一緒に行ってやろう! 他の二人も共を許す!」
そうして、歩き出して気が付いてしまった。コンビニへ行くときの比ではないぐらいに視線を集めていることに。普段から水着みたいな恰好をしている悪魔たちを見慣れてしまったせいで忘れていたがそれなりに露出している美女軍団に囲まれていることに。
「セージ君! ちょっと着いてきて!」
「え? ああ、はいはい」
俺はどうにか波打ち際まで近づくと悪魔たちに紹介した。
「これが海だ!」
「なぜ、絶えず水が波打っているのだ。海の底に魔物や悪魔が住んでいるのではないか?」
「なにやらベトつきますね」
「何このニオイ……」
「キーチローさん素敵……」
さ、帰ろう帰ろう。当初の目的は達成したし。海を見たら満足満足!
「地獄にはないもの、見れてよかったですね!」
「待て、キーチローなぜ帰ろうとしている。ここまで来たからには“泳いで”みないと」
「地獄にだって川や湖はあるでしょうに」
「海で泳ぐことに意味があるのだ。いざ!」
俺はあまり沖に出ないように叫んだが、果たして聞こえたかどうか。ベルとローズは早速ナンパされている様だが、こっそりと邪心をつまみ食いしているようなのでほっとくことにした。
俺も海に来たのだから少しは泳いでおくか。数年ぶりだし。と足を海につけたその刹那。
「キーチロー! こいつをアルカディア・ボックスに送ろう!」
デボラが片手で持ち上げて見せたのは何キロ沖で捕らえてきたのか、巨大なサメだった。すでにノされている様だが、海岸の海水客を恐怖の渦に叩きこむには十分なサイズだった。
☆☆☆
「人間界の生き物を送れるわけないでしょ!」
束の間の海水浴を終え、封鎖された海岸を後にした俺達は今夜泊まるホテルに戻ってきていた。
「いや、ちょっとテンションが上がりすぎて……」
「大体、箱庭の中に海はない!!」
「我に歯向かってくる生物がなんとも希少に思えたのでつい……」
地獄の魔王に説教している。地獄の魔王は正座で聞いている。ローズの一件の時に感じた威圧は一体何だったのかと言うほど目の前の魔王は小さく感じる。そして、もう一人の元魔王に視線を移すとこちらも正座していた。
「どこの世界にフナムシを10キロも捕まえる人がいるんですか!」
当然ホテルには持ち込めないので磯に返してきたが、ちょっと目を離した隙に信じられない量のフナムシを捕らえて同じく自分の研究室に送ろうとしていのである。
「すいません、速さの秘密を知りたくてつい……」
「今日はもう花火をして寝ます! ホテル1階に20時集合! 各自、人間界の常識の範囲内で自由行動!」
☆☆☆
そして、20時。花火、バケツを持って海岸に集合した俺達はようやく社員旅行らしいことを始めたのである。
「これは火の魔法のようですね……」
「これってヒクイドリも食べれるかな?」
いちいち人間界になじまない人たちだ。当たり前だが。自由時間に何もしていないことを祈ろう。
「なあ、キーチロー。少し二人になれるか?」
「え? ま、まぁ……」
よく見る夏のイベントが今やってきた。色々話したいこともあったしみんなからは少し場所を離すことにした。
「今日は来れて良かった。このところ色々あったので気分転換になったぞ」
「誰かさんのおかげで前半は大したことしてないけどね」
「う……。デートにはハプニングは付き物なのだ」
「前から気になってたんだけど、俺の事好きってのは本当なの? なんかイマイチ理由がピンと来なくて」
「悪魔だって恋をする。それがたまたま人間だっただけだ。そして我が魔王だった。それだけだ」
「ただな、禁断であればあるほど、禁忌であればあるほど、なぜか魔力は強くなる」
「それって打算的な気持ちだって事?」
「馬鹿な! そんな半端な気持ちでは魔力など高まったりはせん! それに……」
「それに?」
デボラは少し息を吸い込むと、吐き出すのと同時に話し始めた。
「前に禁忌キッズというのが居ただろ?」
「前魔王の子供達ね」
「奴ら同様、我も禁忌の種族なのだ」
デボラは何かを思い出すかのように星空を見上げた。空には無数の星が瞬いていた。それは悪魔と人間には似つかわしくない綺麗な夜空だった。
つまり、社員旅行(?)という奴だ。
どうしてこうなったか。いつものように時を戻して確認してみよう。
☆☆☆
「なぁ、キーチロー。日本の海はいいなぁ」
藪から棒にデボラがそんなことを言い出すものだから俺は白金魚のレディにエサ(鯉用)をあげていたのを中断し、デボラの方へ向きなおした。
「どこからそんな発言がやってきたのか聞いてみてもいい?」
「この間見ていたテレビでCMをやっていただろう。海水浴場の」
確かに最近、暇を見ては俺の部屋にやってきてダラダラとテレビを見てはご飯を食べて帰っていく5年目のカップルみたいなことをやっているが、まさかCMの方に食いついていたとは。
「今行っても人がいっぱいだし汚いんじゃないの?」
時は8月の頭。じりじりと焦がすような日差しが脳を茹で上げる。思い付きでおかしな行動を取り始めるのも無理からぬ猛暑だ。ちなみに地獄は場所によって酷暑の場所もあれば極寒の地もある。人間界の日差しごとき物の比較にはならないのかもしれない。
「地獄には海がない。文字通り地の獄だからな。あるとするなら血の海だけだ」
「バイオレンスには事欠かないね」
「だから見てみたいのだ。人間界の海とやらを」
「そしたらみんな行きたいって言うんじゃないかな? 俺達だけ世話をサボるわけにもいかないし」
デボラが腕を組んで思案に暮れている。俺は再び鯉のエサを手に取り、ばらまいてみた。ピラニアもどきが凄い勢いで食いついてくる一方、レディも負けじとその硬い体で周りをはじきながらなんとかエサにありついている。
「よし、アルカディア・ボックスもレベルアップしたことだし、2日だけ休暇を取ろう! 社員旅行というのはどうだ!」
「まあ、エサは遠隔であげられるし後は掃除ぐらいだけど……」
「正直、みんな言葉が通じるようになったんだし、個室の房は取り払ってもいいんじゃないだろうか」
確かに最近トレントの森は広がっているし、それ以外にも結構地獄から移動させてはいるので、もはや大部分が地獄に近づいてきている。
「そういう事なら……、まあ」
「よし! 決まりだな!! アル、聞いていたか!?」
『お任せくださーい。何かあったらすぐ連絡しますので』
……。本当に便利になっちゃったな。箱庭。
☆☆☆
という訳なのである。
人間界の事なので手配は全て自分とベルでやり、残りの悪魔たちには人間界の常識を【転送】してもらい、さらには普通の人間に見えるように変装を施してもらった。
人間界への干渉は魔王の許可を得るのなら良しに文言を改めたようだ。そして、時代の魔王では無効とする旨も追記したらしい。これで法の体を成しているのかは不明だが。そもそも人間の邪心が食料という悪魔もいることだし完全な不干渉は無理な話だろう。
「人間界って初めて来ました!」
「わ……私も……」
セージとステビアは元々人間界に用事がないため、キョロキョロと辺りを見回していて挙動が不審だ。一方、デボラ、ベル、ローズはさすがの貫禄である。特にベルはサングラスと帽子を人数分用意してくるあたりさすがの側近ぶりだ。キャラウェイさんは魔王研修とか言う謎のカリキュラムで人間界に来たことはあるようだが、その頃はまだ侍が居たとかであまり役にたつ知識はなさそうだ。
「では、皆さん。参りましょう」
ベルの先導で不思議な集団が動き出す。ベルはというとデボラに日傘を差しながら歩いており、ますます異様な雰囲気を醸し出す。
「じゃあ、海の家で着替えてまた集合しましょう。デボラ様、こちらです」
「男性陣はこちらでーす。セージ君、妙な期待をしないように!」
という訳で用意した水着に着替え(魔法が使えるものは魔法で着替えたらしい)、楽しい海水浴の始まり……のはずだった。
が、どういう訳か全員、海に近づきたがらない。
「ベル、ちょっと様子を見てきてくれないか」
「主を差し置いて先には行けません」
「では、ローズ」
「私は夏の邪心が呼んでますのでちょっと別行動を……」
「ステビアは?」
ステビアはそもそもビーチパラソルの下で読書を始めていた。キャラウェイさんは磯の方へいそいそと駆け出し、人間界の生き物を観察し始めている。セージはカモメを眺めている様だ。
あれ? みんな海に何しに来たの?
「デボラ、もしかして海が怖い?」
「ままままさか! 地獄の魔王が恐れるものなどあろうか!」
「初めて見るものだからね。しょうがないね。一緒に行こう」
「そうか、ならば一緒に行ってやろう! 他の二人も共を許す!」
そうして、歩き出して気が付いてしまった。コンビニへ行くときの比ではないぐらいに視線を集めていることに。普段から水着みたいな恰好をしている悪魔たちを見慣れてしまったせいで忘れていたがそれなりに露出している美女軍団に囲まれていることに。
「セージ君! ちょっと着いてきて!」
「え? ああ、はいはい」
俺はどうにか波打ち際まで近づくと悪魔たちに紹介した。
「これが海だ!」
「なぜ、絶えず水が波打っているのだ。海の底に魔物や悪魔が住んでいるのではないか?」
「なにやらベトつきますね」
「何このニオイ……」
「キーチローさん素敵……」
さ、帰ろう帰ろう。当初の目的は達成したし。海を見たら満足満足!
「地獄にはないもの、見れてよかったですね!」
「待て、キーチローなぜ帰ろうとしている。ここまで来たからには“泳いで”みないと」
「地獄にだって川や湖はあるでしょうに」
「海で泳ぐことに意味があるのだ。いざ!」
俺はあまり沖に出ないように叫んだが、果たして聞こえたかどうか。ベルとローズは早速ナンパされている様だが、こっそりと邪心をつまみ食いしているようなのでほっとくことにした。
俺も海に来たのだから少しは泳いでおくか。数年ぶりだし。と足を海につけたその刹那。
「キーチロー! こいつをアルカディア・ボックスに送ろう!」
デボラが片手で持ち上げて見せたのは何キロ沖で捕らえてきたのか、巨大なサメだった。すでにノされている様だが、海岸の海水客を恐怖の渦に叩きこむには十分なサイズだった。
☆☆☆
「人間界の生き物を送れるわけないでしょ!」
束の間の海水浴を終え、封鎖された海岸を後にした俺達は今夜泊まるホテルに戻ってきていた。
「いや、ちょっとテンションが上がりすぎて……」
「大体、箱庭の中に海はない!!」
「我に歯向かってくる生物がなんとも希少に思えたのでつい……」
地獄の魔王に説教している。地獄の魔王は正座で聞いている。ローズの一件の時に感じた威圧は一体何だったのかと言うほど目の前の魔王は小さく感じる。そして、もう一人の元魔王に視線を移すとこちらも正座していた。
「どこの世界にフナムシを10キロも捕まえる人がいるんですか!」
当然ホテルには持ち込めないので磯に返してきたが、ちょっと目を離した隙に信じられない量のフナムシを捕らえて同じく自分の研究室に送ろうとしていのである。
「すいません、速さの秘密を知りたくてつい……」
「今日はもう花火をして寝ます! ホテル1階に20時集合! 各自、人間界の常識の範囲内で自由行動!」
☆☆☆
そして、20時。花火、バケツを持って海岸に集合した俺達はようやく社員旅行らしいことを始めたのである。
「これは火の魔法のようですね……」
「これってヒクイドリも食べれるかな?」
いちいち人間界になじまない人たちだ。当たり前だが。自由時間に何もしていないことを祈ろう。
「なあ、キーチロー。少し二人になれるか?」
「え? ま、まぁ……」
よく見る夏のイベントが今やってきた。色々話したいこともあったしみんなからは少し場所を離すことにした。
「今日は来れて良かった。このところ色々あったので気分転換になったぞ」
「誰かさんのおかげで前半は大したことしてないけどね」
「う……。デートにはハプニングは付き物なのだ」
「前から気になってたんだけど、俺の事好きってのは本当なの? なんかイマイチ理由がピンと来なくて」
「悪魔だって恋をする。それがたまたま人間だっただけだ。そして我が魔王だった。それだけだ」
「ただな、禁断であればあるほど、禁忌であればあるほど、なぜか魔力は強くなる」
「それって打算的な気持ちだって事?」
「馬鹿な! そんな半端な気持ちでは魔力など高まったりはせん! それに……」
「それに?」
デボラは少し息を吸い込むと、吐き出すのと同時に話し始めた。
「前に禁忌キッズというのが居ただろ?」
「前魔王の子供達ね」
「奴ら同様、我も禁忌の種族なのだ」
デボラは何かを思い出すかのように星空を見上げた。空には無数の星が瞬いていた。それは悪魔と人間には似つかわしくない綺麗な夜空だった。
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