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第2章 魔犬ケルベロス編

地獄の15丁目 地獄の番犬が屠り、地獄の番犬をモフる!

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「ふぅ、無事に開示も終わりましたしやっと落ち着きますかね」
「あ、ああ。後は本決算を乗り切るだけだな」

 滝沢パイセンの顔が引きつっている。今やっと決算を乗り切ったというのに次の決算はもうすぐそこに迫っている。しかも、最大級のイベントが、だ。

「もう1ヵ月以上過ぎてますけど、新年会でもやりますか!」
「慰労会も兼ねてね!」
「おお、いい考えですね。では安楽君、会場の手配をお願いします。」
「では、さっそく」

 とここで、ふと疑問が湧いた。ベルは人間界の食事できるのか? お昼ご飯の時はいつもフッといなくなるし、残業の時でも外食に出ている様子はなかった。人数には含めておいて後で聞いてみるか……。

「じゃあ、明日までに店の候補決めておきます!」

 会社での仕事を終えた俺は先に帰っていたベルに会うべく、箱庭……もとい、アルカディア・ボックスの中へと入っていった。そこで待っていたのは憮然とした表情で立ち尽くすベルの姿だった。

「デボラ様が……。ダママに夢中で……。私は……」
「部下として信頼しているベルさんと違って、素を見せても平気ですからね。魔王としてのストレスたまってるんじゃないですか?」
「ストレスか……。人間界と関わるまでは私も無縁だったのに……」
「そうだ、ベルさんて人間界の食事とかお酒っていけるんですか?」
「食べられなくはありません。人間界の調理法や味付けは地獄にもありますので。ただ、魔力がほんの少ししか摂取できないのでおいしくても損をしたような気分になります」
「あ、じゃあ、慰労会の人数に含めちゃっていいですね?」
「それは構いません」

 さらっと流したが人間界の食べ物にも魔力って含まれてるのか……。俺、使う事ないし溜まっていくばっかりなんじゃ……。

「さて、ヘルワーム君たちは元気ですかね?」

 ヘルワーム達は今日も元気にズルズル地面を這っている。一番元気なのはメスのカブ子ちゃんだ。

 ………………。名前が魔王様をおちょくれないレベルの適当さだというのは重々承知している。だが、この恐ろしい顔をした地獄の虫達にどんな名前を付ければしっくりくるというのか。かといって記号みたいな名前も侘しい。結局その中間ぐらいであるネームにするのがいいんだ。

 問題はこいつらがカブトムシではないのにカブで統一していていいのか。それぐらいだ。増えてきたら考え直そう。

「カブターン! カブ吉~! カブ子~! ご飯ですよ~」
「おう! 遅かったやないけ」
「僕もうおなかペコペコですわ」
「うち、またすぐに脱皮になると思うからぎょうさん食べさせて~」
「今日は、魔王様から! ドラゴンの尻尾いただきました~!」

「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」

「さぁ、たんと召し上がれ!」
「これも腐りかけが一番旨いんやけどな!」

 ヘルワーム達は夢中で貪り始めた。さて、次はワンちゃんの番か

「デボラ様~! ダママ~! ご飯ですよ~!」
「私、あげたい!」

 ローズが背筋を伸ばして手を上げて立っている。背筋を伸ばすと胸が前に出てきて主張をしだすので控えて欲しいところだが。

「じゃあ、これ。家のミルク持ってきたんで。お皿か何かありますか?」
「待ってて! 今持ってくる!」

 魔王様とケルベロスがこっちに向かってやってくる。すごく仲良さそうに。ああ、しかしあのモフモフした毛並を見ていると確かに口元が緩む。

 モフモフか……。地獄にはきっと恐ろしい生き物もいるんだろうが、モフモフ要素もきっとあるに違いない。ケルベロスがいるならフェンリルだって……。猫的な生き物もいないかな。

 ――そう、俺は自分を襲ってくる生き物がいないのをいいことに調子に乗っていたのだ。そして俺は忘れていたのだ。彼らがということを。それを後ほど思い知ることになるのだが――

「キーチロー、持ってきたよ! お皿!」
「ローズさん、多分お皿は必要です」
「そ、そっか! すぐ取ってくる!」

「キーーチローー!! 取ってこいを覚えたぞ! 見ていろ! ほれ!」
「ワン! ワン! ワン!」

 魔王様の手元から黒い塊が飛んだかと思うとダママは恐ろしい勢いでその塊に飛びつきあっという間にボロボロに食い破った。後にはなんだかよくわからないものの残骸が残っていた。

「デボラ様……。今、投げたものは……?」
「ん? 極悪人の魂だが?」

 魔王様はニコリとこちらに笑顔を受けたが、俺には寒気が走った。

 魔王様。それはってこいです……。

「言っておくが食べさせてる訳じゃないからな! これはある意味魂の救済だ!」
「どこに救いがあるんですか!?」
「地獄の刑罰と一緒でこの娯楽に付き合えば刑期を短縮してやる約束だ。ダラダラ煮られたり針に刺されたりよりうんと短く済ませてやるぞ!」
「あんなボロボロになっても大丈夫なんですか!?」
「しばらく放っておけば元に戻る! それよりも見ろ! このケルベロスの堂々たる様を! これぞまさに地獄の番犬!」

 確かにダママは首をピンと伸ばし、尻尾も立っていて得意気だ。お役目といえばお役目だが……。

「ところでその極悪人てまさか……」
「フフフ、察しがいいな。このケルベロスを虐待していた奴だ。他にも色々悪さをしておったので罰としてお仕置きをしておる!」

 極悪人ですら気の毒に思えるその塊だったものの有様に、悪いことはしないように俺は心に誓った。

「……お皿! ハァ……、ッ……三つ! フゥ……持って……きた……!」

 よほど急いで取ってきたのだろう。こっちの方がむしろ正しい取ってこいをやったんじゃないかと言うほど息を切らしてローズが帰ってきた。

「じゃあ、ミルクをあげてみましょうかね。後、俺の食パン!」

 一人暮らしの食パンは中々食べきれず、すぐカビが生えてしまうので冷蔵庫に入れて保存するのがおすすめだ!

「わ……、ッハァ……ハァ……私が! あげます!」
「じゃ、どうぞ」

「ダン、マツ、マー! おいで!」

 ローズが目一杯愛想を振りまいてダママを呼んだがダママはそっけない。

「うう……いつもこうだ……思いっきりモフモフしたいのに動物から好かれない……」

「ローズ、ナンカヤダ……」
「カオリ……アマッタルイ……」
「ハナ……ツン……」

「なんか人間には効くけど動物にキツいフェロモンでも放ってるんじゃないですかね?」
「私がサキュバスだから!? サキュバスだからダメなの!? ベルはどうなの!?」
「確かに。ベルさん! ダママを呼んでみてくださいよ!」
「……では。ダン、マツ、マー! こちらへ!」

 ダママは最初少し嫌がる素振りを見せたが、やがてゆっくりとベルに近づいて行った。エサをあげると、素直に食べ始め、そしていつもの調子でベルはこちらの二人にドヤ顔を見せつけるのであった。

 いや、全然悔しくないけど。悔しくないけどあの背中と腹毛をモフりたい気持ちは断然ある。隣のサキュバスが不憫でならない。一言も発さないが、もしかしたら泣いているかもしれない。それほど隣から落胆のオーラがあふれている。

「モフモフ……。せめて背中を……」

従業員(?)のモチベーション維持のために鼻の防護魔法をケルベロスにかけてあげてほしいと俺は切に願った。
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