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第1章 魔虫ヘルワーム編
地獄の2丁目 お願い!地獄を救って!
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――とんでもないことになった。
地獄から魔王がいらっしゃった。雰囲気的に観光ではないだろう。我が仮住まいのドアを破壊し、それでもなお、腕を組み凛と佇むお姿は態度だけ見ればなるほど、下々とは一線を画す、まさに王たる不遜な態度だ。血で染め上げたかのような緋色の髪、夕暮れの様な暗く赤い瞳どれもコスプレには見えない。衣装だけがやたら金のかかったコスプレの様なボディスーツ? 水着? そんなお召し物だ。
「お主! 名はなんと申す!」
「悪党に名乗る名前など無い!」
心の中の勇ましい叫びとは裏腹に俺はボソボソと名乗った。
「安楽……喜一郎です……」
「キーチローか! よし! キーチロー! ヘルワームはどこだ!」
「はい?」
「ヘルワームだ! ここにいるのだろう!?」
地獄の虫とくれば察しの悪い俺も心当たらずにはいられない。チラリと振り返りカブタンの姿を確認する。何かにおびえているのだろうか。カブタンは自身の50倍の値段もする水槽の中でせわしなく動き回っていた。
「カブタン……お前、ヘルワームなんて恐ろしい名前じゃないよな……?」
俺の淡い期待も空しく魔王様は嬉々としてカブタン目掛けて走っていった。
「おお! ここにおったか!」
魔王様は水槽を持ち上げニンマリと笑みを浮かべた。
「すまぬ! キーチロー!」
「ドアの事でしたら弁償してもらえると助かります」
「いや、そうではない。このヘルワームについてだ!」
「どういう事でしょう?」
「お主、コレをほぉむせんたぁとやらで買ったのだろ?」
「えぇ、まぁ……」
「こいつはな、地獄でも絶滅が危惧されておる希少な種でな。昔は地獄でも飽きるほど見られたんだが……」
「なんでまた人間界に?」
いやいや、待て。なんで俺は人間界とか地獄とか素直に受け入れようとしているんだ。ドアの爆発もトリックかもしれない。いや、そうに違いない。警察官は巧みな話術で追っ払ったんだ。こいつはただの不審者だ!俺のカブタンを返せ!
「うむ。悪人が集う素晴らしき地獄の中でもこういった希少種を売りさばいて日々の糧にしておる心得者がおってな」
ダメだ。頭がおかしくなりそうだ。
「しかし、そいつがあろうことか人間界に希少種を隠してしまった。無法の地獄の唯一の法。それが人間界への不干渉だ」
我が家に超ド級の干渉しているように見えるが…。
「それを我が直々に探しにやって来た。というわけだ」
とそこまで言ったところで魔王の後方に光り輝く魔法陣のようなものが出現した。
そして、その中心に跪きながら現れたのはこれまた聡明そうな女性。角は小ぶりなまっすぐのモノが二本。黒縁メガネに髪は後ろで一本に結わえあげられ、編込みに少しの遊び心を感じるが、お堅い側近のテンプレかと思う。
「デボラ様。また人間界に顕現なさって。その上、魔力を行使なさるなど! 地獄法第1条第3項及び第8条の第1項に違反しております。魔の王たるものがかような振る舞いでは他の者に示しがつきません」
穏やかな口調だがはっきりと怒りが読み取れる。
「魔の王たる魔王が法などに縛られてなんとする! 悪逆の振る舞いが魔王の道理よ!」
側近らしき女は晴天の霹靂のように驚愕の顔を露わにし、深く頭を下げた。
「これは、正しく。魔王様。あなた様の行動が法でございます。第1条から第139条まで『魔王様は例外とする』旨、注釈を付記いたします」
……こいつらさてはアホなんだな。いつまでこの茶番に付き合えばいいんだ。俺にはカブタンの世話と明日までに作成する書類があるんだ。さっさと出て行ってほしいところなんだが。
「して、キーチローよ。このヘルワーム、連れて帰って良いな?」
「カブタンは……カブタンは俺が育てるんだ!」
「そうか! では頼む!」
「……え?」
「実はな、そのヘルワームを持って帰ったところで密猟されるか魔物に食われるかがオチなのだ。そして、保護したところで怠惰な地獄の住人には育成は無理だ」
「お前が育ててくれるのなら安心だな! ちなみにヘルワームは最大で2メートルまで成長し、好物は肉とされておる」
マジか。カブタン、お前マジか。
「地獄へ返品したいのですが」
「キーチロー。お前には才能がある。魔王である私が見込んでおるのだ。断じて間違いはない!」
「そんな才能あるわけ無いです。あと、このアパート巨大な生き物飼えないんで」
「よかろう。お前にこの品を貸し与えよう」
魔王とやらが手を差し出した途端、光の中から小さな箱庭が出てきた。これまた非常に嫌な予感がする。
「地獄を切り取った。この中は5万バアルの面積の小さな小さな地獄だ。中にはまだ地獄の生物はおらん」
「ご、5万バアルとは?」
「日本で言うところの北海道程の面積でございます」
先ほどの側近らしき女が久しぶりに口を開いた。
「ほ、北海道……!」
「不服か?」
「いやいやいや、そういうことではなくてですね」
ダメだ。絶対に帰ってもらわないと。こんなもん手に負えな過ぎる。肉食虫を地獄の箱庭で飼育しろとかもう理解が追い付かん。
「おお、そうか。人間のお前が地獄に入ったら即死だったのう。お前今から死ぬか? 閻魔の奴に頼んで私の直轄にしてもらうのもアリだな」
「ナシよりのナシよりの大ナシで」
虫の飼育の為に殺されてたまるか。
「困ったな。地獄は今、危機的状況なのだ。前段の通り、地獄ではグルメ用の乱獲や狩り、ペット化などで野放図そのものなのだ。地獄の生物は減少の一途をたどっておる」
「はあ」
「というわけでお前には希少生物を保護し育成してほしい。想像してみろ! 百花繚乱のアルラウネ、モンスターの死骸を食い散らかすヘルワームの群れ、空を引き裂き遊ぶドラゴン共! 嗚呼、おぞましきHELL!!」
「地獄絵図じゃねーか!!」
うん?
「それで合ってたわ!!」
「キーチローよ、私の選択肢としては洗脳か地獄に引きずりこむか服従させるぐらいしかないのだ。頼む! 地獄を救ってくれ!」
普通、お願いするときって魅力的な条件を提示すると思うのだが……?
「俺にとって何のメリットもないので、お断りします」
「メリットと申しますか、このままでは地球が滅びます」
こいつは何を放り込んできたんだ。側近娘!
「ど、どういう……」
「地獄、天国、現世。三つの世界が奇跡的なバランスで保たれていることはご存じでしょうが、地獄の崩壊はその全ての世界の連鎖崩壊につながります」
ご存知ではないが、よくある設定でもある。なるほど、じゃあいっちょう頑張りますか。……とはならねぇな。ならねぇよ!
「さあ、キーチロー様。ご英断を」
「もういい!やりますよ! やればいいんでしょ! ていうか、そう言うまで帰ってくれなそうだし!」
「察しがいいな。キーチロー。流石我が見込んだ男よ」
魔王とやらは満足げに頷いてやがる。
ああ、明日の仕事とドアの事、カブタンの世話とコイツら。何から片付けたらいいんだ……。
地獄から魔王がいらっしゃった。雰囲気的に観光ではないだろう。我が仮住まいのドアを破壊し、それでもなお、腕を組み凛と佇むお姿は態度だけ見ればなるほど、下々とは一線を画す、まさに王たる不遜な態度だ。血で染め上げたかのような緋色の髪、夕暮れの様な暗く赤い瞳どれもコスプレには見えない。衣装だけがやたら金のかかったコスプレの様なボディスーツ? 水着? そんなお召し物だ。
「お主! 名はなんと申す!」
「悪党に名乗る名前など無い!」
心の中の勇ましい叫びとは裏腹に俺はボソボソと名乗った。
「安楽……喜一郎です……」
「キーチローか! よし! キーチロー! ヘルワームはどこだ!」
「はい?」
「ヘルワームだ! ここにいるのだろう!?」
地獄の虫とくれば察しの悪い俺も心当たらずにはいられない。チラリと振り返りカブタンの姿を確認する。何かにおびえているのだろうか。カブタンは自身の50倍の値段もする水槽の中でせわしなく動き回っていた。
「カブタン……お前、ヘルワームなんて恐ろしい名前じゃないよな……?」
俺の淡い期待も空しく魔王様は嬉々としてカブタン目掛けて走っていった。
「おお! ここにおったか!」
魔王様は水槽を持ち上げニンマリと笑みを浮かべた。
「すまぬ! キーチロー!」
「ドアの事でしたら弁償してもらえると助かります」
「いや、そうではない。このヘルワームについてだ!」
「どういう事でしょう?」
「お主、コレをほぉむせんたぁとやらで買ったのだろ?」
「えぇ、まぁ……」
「こいつはな、地獄でも絶滅が危惧されておる希少な種でな。昔は地獄でも飽きるほど見られたんだが……」
「なんでまた人間界に?」
いやいや、待て。なんで俺は人間界とか地獄とか素直に受け入れようとしているんだ。ドアの爆発もトリックかもしれない。いや、そうに違いない。警察官は巧みな話術で追っ払ったんだ。こいつはただの不審者だ!俺のカブタンを返せ!
「うむ。悪人が集う素晴らしき地獄の中でもこういった希少種を売りさばいて日々の糧にしておる心得者がおってな」
ダメだ。頭がおかしくなりそうだ。
「しかし、そいつがあろうことか人間界に希少種を隠してしまった。無法の地獄の唯一の法。それが人間界への不干渉だ」
我が家に超ド級の干渉しているように見えるが…。
「それを我が直々に探しにやって来た。というわけだ」
とそこまで言ったところで魔王の後方に光り輝く魔法陣のようなものが出現した。
そして、その中心に跪きながら現れたのはこれまた聡明そうな女性。角は小ぶりなまっすぐのモノが二本。黒縁メガネに髪は後ろで一本に結わえあげられ、編込みに少しの遊び心を感じるが、お堅い側近のテンプレかと思う。
「デボラ様。また人間界に顕現なさって。その上、魔力を行使なさるなど! 地獄法第1条第3項及び第8条の第1項に違反しております。魔の王たるものがかような振る舞いでは他の者に示しがつきません」
穏やかな口調だがはっきりと怒りが読み取れる。
「魔の王たる魔王が法などに縛られてなんとする! 悪逆の振る舞いが魔王の道理よ!」
側近らしき女は晴天の霹靂のように驚愕の顔を露わにし、深く頭を下げた。
「これは、正しく。魔王様。あなた様の行動が法でございます。第1条から第139条まで『魔王様は例外とする』旨、注釈を付記いたします」
……こいつらさてはアホなんだな。いつまでこの茶番に付き合えばいいんだ。俺にはカブタンの世話と明日までに作成する書類があるんだ。さっさと出て行ってほしいところなんだが。
「して、キーチローよ。このヘルワーム、連れて帰って良いな?」
「カブタンは……カブタンは俺が育てるんだ!」
「そうか! では頼む!」
「……え?」
「実はな、そのヘルワームを持って帰ったところで密猟されるか魔物に食われるかがオチなのだ。そして、保護したところで怠惰な地獄の住人には育成は無理だ」
「お前が育ててくれるのなら安心だな! ちなみにヘルワームは最大で2メートルまで成長し、好物は肉とされておる」
マジか。カブタン、お前マジか。
「地獄へ返品したいのですが」
「キーチロー。お前には才能がある。魔王である私が見込んでおるのだ。断じて間違いはない!」
「そんな才能あるわけ無いです。あと、このアパート巨大な生き物飼えないんで」
「よかろう。お前にこの品を貸し与えよう」
魔王とやらが手を差し出した途端、光の中から小さな箱庭が出てきた。これまた非常に嫌な予感がする。
「地獄を切り取った。この中は5万バアルの面積の小さな小さな地獄だ。中にはまだ地獄の生物はおらん」
「ご、5万バアルとは?」
「日本で言うところの北海道程の面積でございます」
先ほどの側近らしき女が久しぶりに口を開いた。
「ほ、北海道……!」
「不服か?」
「いやいやいや、そういうことではなくてですね」
ダメだ。絶対に帰ってもらわないと。こんなもん手に負えな過ぎる。肉食虫を地獄の箱庭で飼育しろとかもう理解が追い付かん。
「おお、そうか。人間のお前が地獄に入ったら即死だったのう。お前今から死ぬか? 閻魔の奴に頼んで私の直轄にしてもらうのもアリだな」
「ナシよりのナシよりの大ナシで」
虫の飼育の為に殺されてたまるか。
「困ったな。地獄は今、危機的状況なのだ。前段の通り、地獄ではグルメ用の乱獲や狩り、ペット化などで野放図そのものなのだ。地獄の生物は減少の一途をたどっておる」
「はあ」
「というわけでお前には希少生物を保護し育成してほしい。想像してみろ! 百花繚乱のアルラウネ、モンスターの死骸を食い散らかすヘルワームの群れ、空を引き裂き遊ぶドラゴン共! 嗚呼、おぞましきHELL!!」
「地獄絵図じゃねーか!!」
うん?
「それで合ってたわ!!」
「キーチローよ、私の選択肢としては洗脳か地獄に引きずりこむか服従させるぐらいしかないのだ。頼む! 地獄を救ってくれ!」
普通、お願いするときって魅力的な条件を提示すると思うのだが……?
「俺にとって何のメリットもないので、お断りします」
「メリットと申しますか、このままでは地球が滅びます」
こいつは何を放り込んできたんだ。側近娘!
「ど、どういう……」
「地獄、天国、現世。三つの世界が奇跡的なバランスで保たれていることはご存じでしょうが、地獄の崩壊はその全ての世界の連鎖崩壊につながります」
ご存知ではないが、よくある設定でもある。なるほど、じゃあいっちょう頑張りますか。……とはならねぇな。ならねぇよ!
「さあ、キーチロー様。ご英断を」
「もういい!やりますよ! やればいいんでしょ! ていうか、そう言うまで帰ってくれなそうだし!」
「察しがいいな。キーチロー。流石我が見込んだ男よ」
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