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第1章 魔虫ヘルワーム編

地獄の1丁目 ビートルマスターに、俺はなる!

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 俺の名は安楽 喜一郎あんらく きいちろう。ここはとあるアパートの一室。1K風呂トイレ別、築10年の平凡な賃貸物件が我が住まいだ。

 就職を機に一人暮らしを始めてみたものの、これと言って面白いイベントも発生せず、試用期間を終えたあたりから会社の態度も変わり始め、徐々に仕事の難易度が上がり始めた。当然、彼女とかいう俺からすると幻獣に等しい存在に巡り合うこともなく、仕事一辺倒の日が駆け抜けていた。

 せっかく(実家よりは)都会に出てきたのにこれではいかんと一念発起し、生き物を買うことにした。とは言っても猫や犬などは禁止されているし、高いものを買う飼う金も無い。という訳で大家さんに確認したところ、昆虫ぐらいならOK(但し絶対に逃がすな)とのことだったので貴重な休日を使って近所のホームセンターにやってきた。

 今、思えばなんで虫なんかを飼おうと思ったのかわからない。よほど無機質に愛情を注げる存在に飢えていたのだろうか。

 ……とにかくこれが間違いの第一歩だったのだ。

 ホームセンターにたどり着いた俺は早速、『町中がゾンビで溢れかえったらやっぱりここだな』と再確認した。特に用事もないのにネイルガンを手に取ってみたり、電動のこぎりの説明書をさも玄人のような顔で見比べてみたり。

 ……おっと、本来の目的を忘れるところだった。俺は足早にペットコーナーへ向かった。

 「わんこ可愛いねー。こっち向かないかなー」
子連れのママさんがガラスとは逆を向いて寝ている犬に向かって話しかけていた。多分この人は買わずに帰る人だろう。俺はというとカブトムシやクワガタしかいないコーナーに駆け寄り適当に見繕っていた。何しろ幼虫で一匹100円というから俺に最適なワンコインだ。

 ん? 同じケースに入っているけどこれもカブトムシか……?

 ケースの中を品定めしていると茶色い腐葉土の上に寝かされている幼虫たちの中でも一回り程大きく、やや黒みがかった個体がいた。どうせ育てるなら元気で長生きの方がいい。変わり者だって気にしない。何しろなのだから。

 そしてお目当てのモノを手に入れた俺はおもむろにスマホを取り出し、ネットで検索する。『カブトムシ 飼い方 幼虫』

 ……どうやら腐葉土と思っていたのはマットと呼ばれる代物らしい。それと、クリーンケースか。二つ合わせてこのカブタン(仮)の10倍以上しやがる。だが、俺は決めた。もう決めたんだ。こいつを立派なカブトムシに育て上げてやる。ビートルマスターに俺はなる!

 一通り揃えてレジに行くと店員に軽くコツを聞き、とてもいい笑顔で別れた。よし、俺はコイツと旅に出ないが絶対に強くたくましく育ててやるんだ。

 そして、10日ほど経った。温度や湿度、水分の管理ににフンの撤去。やることは多いが『生物を育てている』という実感に浸れるのはすごくいい。もしかしたらある種の父性に目覚めてしまったのかもしれない。

 ただ一つ、いや、いくつか気になることがある。まず、ネットの画像よりも明らかに大きくなっていること。黒みが増していること。そして一番気になるのが、ケースの中に虫の羽だけが落ちていたこと。まるでこの幼虫に食われでもしたみたいに。

 きっと元気な個体なのだろう、もしかしたらギネス記録も狙えるかもしれんぞ。そうしたら名実ともに本物のビートルマスターだ。夢が広がるなあ!

 ……1か月が経って気づいたことがある。多分こいつはカブトムシじゃない。幼虫のくせに丸まる様子もなく、あろうことか体長は10cmを超えている。成虫でもあり得ないサイズだ。おまけにエサは土ではなくすでにキャベツなどの野菜をかじっている。

 ある夜、なぜかはわからないが急に目が覚めて、土ではいけないような気がしたのだ。それからというもの、カブタンは急激に大きくなっていった。

 ま、新種だったらそれはそれでお得だったりするかもしれん。何マスターか知らんがそれに俺はなろう。


 ……だめだ。俺は選択を間違えたらしい。カブタンの巨大化が止まらない。色は白どころか真っ黒と言って差し支えない。大きさも15cmを超え、戯れにあげた豚肉の切れ端を平らげた。このままでは、この日記はここで終わっているENDを迎える。

 そんなある日、我が家には珍しい来訪者が現れた。一人暮らしを始めて初めてインターホンが鳴ったので身構えて、初めは居留守を使っていたのだがあまりのしつこさについにドアスコープを覗いた。

 瞬間、俺の第六感シックス・センシズから第八感エイト・センシズまでが総動員で『関わってはいけない』と告げていた。何しろハロウィンはとっくに終わったというのに真っ黒なマントに身を包み、頭には少しカーブを描いた角を付けた女が立っていたのだ。

 だが、あまりにもしつこく鳴らし続けるので俺は言ってやった。

「トリックもトリートも間に合ってます! あんまりしつこいと警察呼びますよ!!」
「おお、やはり居たか! この扉をぶち壊されたくなかったらすぐに開けい!」

 考える間もなく俺は1と1と0をプッシュしていた。
「もしもし、警察ですか。家の前にヤバい人がいるので捕まえてください。住所は○○〇の〇〇……」

 ほどなくして二人組の警察官が現れ、どう見ても危ない女に職務質問をかけていた。しかし、会話が噛み合わないのか二人の警察官は困惑の表情で女の腕を掴み、連行しようとした。

 そしてここからは何かの見間違いであって欲しいのだが、女の眼が怪しく光ると、警察官は拘束を解き、敬礼して去って行ってしまった。日本の治安は終わったのだ。

 女は諦めたようにため息をつき、目を閉じると何やら両手が光りだし、ソレが手のひらと手のひらに挟まれるように球体へと収束していった。

 こいつは……なにか……ヤバい。第何感とかではなく視覚的にヤバい。

 俺はとっさにドアから離れ、部屋の奥へと逃げた。カブタンでもなんでもいい……助けて!!

 思うが早いか、後方から爆発音が聞こえた。驚いて振り返るとドアのノブ回り20センチは吹き飛ばされたようだ。

 そして、侵入者はドアを開け言い放った。



「我は魔王! 地獄の支配者! デボラ=ディアボロスである!」


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