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第11話 限界力士、肥川 聖志①

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「ゴウさん! お見舞いです! あ、ヒナちゃん!」
「あぁハルカちゃん。いつもありがとう」
「ハルカさん!」
「おぉ、ハルカちゃん」
「あ、き、キワムさんも。ど、どうも」

 なんだかハルカがよそよそしい。というより、いつの間にか俺以外のメンバーと距離がグッと詰まっている。何回か仕事が忙しくて出動をブッチしたのが不味かったか? 戦隊仲間よりもその妹とさえ仲良くなっているじゃないか。対面で話すらできなかった奴が。メールやラインだとおしゃべりな彼女も、いざ顔を突き合わせると借りてきた猫みたいに静かになっていたはずなのに。

「ハルカさん、今度勉強教えて下さいね」
「良いよ!」
「おお! 良かったな! ヒナ!」

 めっちゃ打ち解けてる……。どういう経緯でここまでの関係になったのか。

「じゃあ、お兄ちゃん、今日は帰るね」
「おう」
「またねー!」

 俺は無言で手を振った。

「ベアリー、もういいぞ」

 ゴウの隣のベッドに隠れていたベアリーが顔を覗かせる。色々説明が長くなりそうなので、ヒナちゃんがいる間は姿を見せないようにしてもらっていたのだ。

「いつの間にこんなに仲良く? って顔をしてますね」
「うぐっ、ま、まぁ図星だ」
「人でなしのキワムにはわからないでしょーね」

 精神がゴリゴリと削られる。仕事の叱責以外の時間は、俺に優しくしてほしい。

「ヒ、ヒナちゃんはヒーローが好き、なんですよ!」
「正確には助けてくれたヒーローの事が、ですけどね」

 ベアリーの鋭いツッコミが入る。

「いや、そんな事はありません。有望なヒーローヲタです。ボクにはわかります。大好きな気持ちが伝わってきますから。彼女はボクがキチンと教育して見せます」

 ゴウは弱々しい苦笑いを浮かべている。ハルカが勉強以上に熱心に布教している姿が目に浮かぶようだ。ヒナちゃんはいい子だから真面目に聞いているのだろう。

「ヲタク特有の早口をヤメロ。普段からそのスピードで話せ」
「あう……」
「キワムはぶっきらぼうだからハルカが懐かないんですよ」

 放っといてくれ。子守はベアリーだけで十分だ。

「ウチの妹とはハルカちゃんがヒーローの聞き込みに来た時に偶然出会ったんですよね。それで、まぁその、僕達の話? で盛り上がっちゃって」
「あぁ、それで」

 たぶん、ハルカとヒナちゃんは噛み合ってないけどヒーロー談義で盛り上がっちゃったわけだ。

「き、キワムさんがヒナちゃんを守ってる場面はカッコよかった、です」

 悪い気はしない。ベアリーのときもそうだが、ブラック会社で腐り果てていた自分にもあんな行動ができたんだと驚いたくらいだ。

「ま、まぁ、戦闘参加率は、い、いまいちです……けどね」

 くっ、いい場面に水を差しやがって! しょうがないだろ! 落ちゲーLv100みたいなスピードで仕事が降ってくるんだから! もう親戚がヤバいシリーズは一巡したぞ! それに学業優先なはずのハルカが異常に熱心なだけだ!

「なるほど。早急に仲間を増やす必要があるな」

「最低五人はいないと格好がつかないですよね! 戦隊ですからね! 三人組もないわけではないですけどやっぱり集合技とか、後々の合体マシンとか考えても五人は早急に欲しいですよね! あ、ゴウさんまだ固有の武器無いですよね。銃! 絶対銃が良いですよ! 近距離、中距離と来たら遠距離も押さえとかないと。新しい仲間は何色なんですかね? 赤青ピンクときたらオーソドックスなのは黄色とか緑――」

「おい、止まれ、止まれ!」
「ハッ! す、スイマセン」

 全員が呆気に取られる中、暴走娘を止めた。ヒナちゃんの事が心配になってきたぞ。

「ベアリー、ガケップ値の反応があったんだよな?」
「ええ。ただ今回はキワム一人で行ってもらおうかと」
「え? なんで?」
「場所が場所なんで」


   ☆☆☆


「えーと。ココが反応があった場所か」

 綺羅びやかなネオンが瞳を刺激する。時刻は夜九時。カップルが仲睦まじく横を通り過ぎていく。右手を差し出す男性も、恥ずかしそうにその手を取る男性も、微笑ましい。

「新宿二丁目『めちゃんこ! がぶり寄り!』ここだな。なるほど、ちゃんこ風居酒屋ってわけか」

 店のホームページに店主のプロフィールが載っていた。源氏名? だろうか。名前は、アンコ ザ ナイトフィーバー☆。元力士。情報が濁流の様に押し寄せてくる。新聞もテレビもほとんど見ない自分にとっては全く存じ上げない人物だったが、世間ではそれなりに有名人らしい。

「まぁ、ゴウはともかくベアリーやハルカを連れて回るような場所・時間ではないな」

 俺は、一人呟くと店の暖簾をくぐった。中はカウンターとテーブルが並ぶタイプの居酒屋だ。外観よりも広く感じる。中の座席は既に八割方埋まっていて結構な賑わいだ。

「いらっしゃいませぇ!」

 甲高い声のお兄さんが出迎えてくれた。

「予約は頂いてますか?」
「あ、無いです」
「ちょっと席確認してきますねぇ」
「あ、今日はアンコママ来てますか?」
「来てますよぉ? ファンの方ですか?」

 少し言いよどんだが、まぁ会いたいことには違いないと思い首肯した。店のホームページを見る限り、人物像に興味はある。仲間になってもらう事になるかもしれないし、好印象を狙った方がいいだろう。

「じゃあ、少々お待ちくださぁい」

 少しの間を置いて、先ほどの若い男性が戻ってきた。いや、この場合表現として正しいのだろうか。昨今、幅広いセクシャリティが存在するのだから、見た目や仕草でいちいち断定していては差別的だと捉えられるのではないか。

 ……………………。

 まぁ、この街は懐が深いから大丈夫だろう。変に意識する方がかえって気に障るかもしれない。

「座席ご用意できました、こちらへどうぞぉ」
「はい、あ」

 ズドゴォッッッ!!!

 導かれるまま席に移動しようとしたその時、道路に鉄骨でも叩きつけたかのような音が地響きと共に聞こえてきた。そして、同時に通信機からベアリーの声。

『キワム! フィールド反応が――あれ? 消えそう』
「なんだそりゃ」

 ベアリーの意味不明な発言に呆けていると、店の奥から手をパンパンと払うような仕草と共に一人の大男が現れた。

「お客様ぁ、失礼いたしました~」
「あ、アンコママ。この方、アンコママのファンの方なんですってぇ」

 設定よりも何よりも大盛なその巨躯。体格の良さは申し分ない。元力士の覇気は些かも衰えていない。ただ、髷は無くなり、新たに伸ばしたであろうその髪は後ろで綺麗に結い上げられ、服装は着物から女性ものの和装に変わっていた。

「あら、嬉しい! お料理も楽しんで行ってくださいねぇ」
「あ、あの、今の音は?」
「なんか気持ち悪いのが殴りかかってきたからちょっと、ね」

 俺は、悪いと思ったが話を打ち切って店の裏へ続く側道へ回った。そして、恐ろしいモノを目にしたのである。
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