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第9話 限界ヲタク、影山 陽夏②

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「キワム! フィールド反応です!」
「パス!!」
「えっ」
「パス!!!!」

 土曜日の午前。俺は会社にいた。通信機からはベアリーの声。

「パスって何ですか?」
「仕事が! 溜まり過ぎて! 無理!」

 ベアリーとの出会いに端を発する一連の騒動のおかげで、久しぶりに出社した俺の机には未処理の書類の山が発生していた。

「ゴウは既に向かっていますよ!」
「だったらいいだろ」

 その為の仲間だ。一人はみんなの為に。みんなは一人の為に。二人しかいないけど。

「幸い、今回は廃工場なので、フィールドに一般人は巻き込まれていないようですが!」
「だったらいいだろ」

 無論、仲間をないがしろにする気はない。いよいよとなれば仕事を放り出しても助けに向かう所存である。しかし、今はダメだ。タイミングが悪い。せっかく一人で仕事ができる環境なのだ。午後からは鬼部長が来てしまう。そうなったらなったで抜け出しづらくはあるが、誰にも話しかけられずに、仕事を振られずに処理できるのは今だけなのだ。

「キワムの人でなし!!」

 ベアリーは俺に罵声を浴びせると、通信を切った。人でなしというのは他所に侵略してきたり、鬼のように仕事を振ってきたりする奴らの事であって、俺の様な限界サラリーマンには当たらない。UQ消化の効果は、スーツ間で共有されるらしいから急いで駆けつけてUQを取りあう必要もない。

 俺は、仕事を再開した。


  ☆☆☆


 前回、謎の生物に襲撃を受けた総合病院のほど近く。ハルカは途方に暮れていた。

「結局、ヒーローの正体には近づけず、か……」

 病院内部で精力的に情報収集してみたものの、出てくるのは活躍の様子や敵の様子など。つまり、動画以上の事は何も手掛りが無かったのだ。どこから来て、どこへ行ったのか。肝心な部分が判然としない。

「気合入れて来たのに空回りかぁ」

 言葉とは裏腹にハルカの目に曇りは無い。影も形も無かったヒーローへの道筋が突如として拓けたのだ。ここで諦めるならとうの昔に諦めている。雲を掴むような話が、綿菓子程には具現化しているのだ。

「一旦帰って情報整理してみるか! サイトの方の情報もゆっくり確認しないといけないし」

 今日のところは帰るかと踵を返したその時、陽夏の肌をピリピリとした不可思議な空気が撫でた。

「ん、なんだコレ。静電気?」

 不気味だ。だが、直感が、好奇心が、何かを告げている。十分に警戒をしながら辺りを見回すと、如何にも怪しい廃工場が見えた。

「うわ。ヒーローが戦ってそう」

 ハルカは好奇心の導くまま、歩を進めた。


  ☆☆☆


「なるほど! まずは魔素の発生装置を叩く訳ですね!」

 ゴウは、通信機に向かって吠えた。身体の動きが軽い。奇病を患う前よりさらに軽快に動く事ができる。相対するは、そんなゴウの動きをさらに上回る狼のようなモンスター、ファングウルフ。体長はゴウが四つん這いになったより少し大きい。

「素早い……上に! 連携……が!」

 狼を素体とするファングウルフは群れでの行動を得意としている。故に、今ゴウに襲いかかる四匹の敵はゴブリンのそれとは比べ物にならない程厄介な敵だった。

「よし、魔素発生装置、破壊完了!」

 敵の攻撃を掻い潜りながら、ゴウはゲンカイソードで装置を全て破壊した。後はじっくり戦えばいい。奴らとて、魔素の満ちていないフィールド外に出てしまえばその力を維持できるのは精々数分。

 それでは意味が無い。奴らの目的はフィールドという領地の維持。それだけが唯一与えられた命令なのだ。

「さて、どいつから僕と戦う?」

 ゴウが改めて四匹のファングウルフと対峙したその時。

「うっわ! やっぱりだ! ヒーローじゃん! 戦ってんじゃん! 本物だ! かっけェ……!!」

 ゴウとファングウルフは同時に声の方に顔を向けた。視線の先にはスマホを構える女の子が一人。ボーイッシュなショートカットの勝ち気そうな少女。

「何をやってるんだ! 早く逃げろ!!」

 ゴウは咄嗟に叫ぶ。妹よりも少し年上だろうか。無防備にも写真を撮っているようだ。

「グルルルルル……」

 ファングウルフにとってはなんの区別もない。只の、二人目の侵入者。

「頑張れ! 負けるな!」

 この期に及んで少女は、自分が標的になっているとも気付かずゴウの応援を始める始末。

「フィールドの外に! 早く!!」
「え? な――」
「グガァァァァッ!!!」

 ゴウは限界を超えて早く、少女の下へ駆けつけた。しかし、ファングウルフの牙と爪は無情にもゴウの背中を切り裂いていた。

「きゃああああああっ!!」
「逃げ……ろ、走って……。もう大丈夫……だから」

 掠れた声でゴウが少女に語り掛ける。だが、足が竦んで立つこともままならない。将来の夢はヒーローと高らかに宣言した少女はそこには居ない。


   ☆☆☆


「際田。さっきから鳴ってる目覚ましみたいな音? うるさいんだが」

 あー。このタイミングかぁ。やっべぇ。

「な、なんだって!? 母が!? 分かった! すぐ帰る!!」

 通信機に応答するフリをして、適当に誤魔化した。

「部長! 母が大変なので、一時帰宅します! 明後日の朝には戻りますので!」
「何!? この業界、親の死に目には逢えないと覚悟しろって言ったよなぁ!? 忘れたのか!?」
「死にません! ただ大変なんです!」
「そうか、大変か……! 分かった! ここは俺に任せろ! ただし、明日の朝には戻って来い!」
「了解です!!!!!」

 明日、日曜日だぞ。馬鹿野郎。何連勤の始まりだコレ、ヤベェ。

 俺は会社を出るとベアリーに連絡した。

「キワム!! ゴウが、いやブルーが危険です! 私も向かっています! 病院近くの廃工場へ!!」
「分かった。五分で行く!」

 俺は近くの公衆トイレでひっそりと変身を済ませると、ビルの屋上を伝って現場へと直行した。

 ――ん? そういえば何であいつも現場へ?


  ☆☆☆


「はぁ、はぁ、はぁ」

 荒く息を吐きながら、ゴウは善戦していた。四匹のファングウルフを相手に、少女を守り抜く事が出来たのは、ひとえに魔素の発生装置を先に破壊したおかげだろう。ファングウルフの動きもまた、十全のものではない。だが、

「ブルー! 血が!!」

 ゴウもまた血を流しすぎた。少女は責任を痛感するなどという言葉ではとても足りないくらい我が身を呪った。浅はかな好奇心で、憧れの人を窮地に追いやった。

 何がヒーローだ。何が正義の味方だ。これじゃただの足手まといだ。守るどころか守られ、立ち向かうどころか立ち竦み。ただのヒーローヲタクが何を思い上がっていたのか。

 少女は動かなくなった足を思い切り殴った。ホットパンツから伸びた太腿が赤く腫れ上がるまで叩いて叩いて自分を鼓舞した。

「痛い……、けどブルーの傷はこんなもんじゃない! 動け!!」
「よし、逃げられ……るな?」
「嫌だ! 逃げない!」
「何を……!?」
「その通り! 逃げる必要はありません!」

 丁度その時、ゴールテープを切るようにベアリーが廃工場に駆け込んでくる。

「さぁ、戦う力を! 叫ぶのです! 『リヴァイヴ』と!」

 他人なら躊躇もしくは困惑する場面だが、少女は迷わず唱えた。自分を変える力を。弱い自分を変身させる呪文を。

「リ! バァァァァイブ!!」
「あ、駄目です! ギリギリアウトです! 『ヴァ』と『ヴ』です」
「う? え? あ、リヴァァァァイヴ!!!」

 光が、少女を、影山陽夏を包む。

 ハルカを変えていく。戦う姿へ。本当の自分へ。満身装衣と覚悟を纏って。

「ピンク――、ピンクだ!」

 憧れのヒーローに、ハルカは成った。不思議な高揚感が全身を駆け巡る。恐怖に竦んでいた体が十全以上に言うことを聞いてくれる。

「これならいける! 戦える!」

 ハルカは自身に満ちる力を、ファングウルフへと向けた。
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