上 下
8 / 11

第8話 魔王様、本格始動です!

しおりを挟む
「なるほど! ミルド様もヘルへレナ……いや、エレナもニホン転生の経験済みか! これは面白いことになってきた!」

 バルバロムはスッキリした面持ちで一言、言い放った。そのスッキリ顔が一層腹立つわけなのだが。

「面白いことあるか。お前、本気で斬りかかったろ? なぁ? おい?」
「そもそもバルバロムは不意打ちなんて卑怯な真似、しなかったのでは?」
「ニホンは素晴らしい国だが、全てがお綺麗に片付く国ではなかったのでな! ミルド様! 失礼仕った!」

 まぁ、確かに手放しでニホンを礼賛するわけではないが、この薄汚い魔族の世界で貫いた意志がまさかニホンで歪むとは。

「ケガはなかったから良かったようなものの、気を付けてくれよ」
「あの一撃でケガ一つないのが大魔王様であることの何よりの証拠! いやあ、お二人とも随分変わってしまわれた! 全く気が付きませんでした!」

 褒めながら話題を逸らしにかかったな。そういうの結構わかるもんだぞ。気をつけろ!

「逆にお前の方はなんで変わってないんだ?」
「思うに肉体の全盛がまだ来ていないからではないだろうか!?」

 確かに言われてみればバルバロムは四天王では最年少だ。とは言っても全体的に長命な魔族の中では、という注釈付きで、実際は60年ほど生きている。

「しかしこうなってくると、もう何が起こるかわからんな。残りの四天王も生き返っていても不思議では無くなってきた」
「そうですね。“魔導”魅惑のクルナルスや“魔獣”暴虐のヴィオールなどもあるいは」
「ニホン帰りだと! その二つ名は恥ずかしいな! ハハハ!」
「それを言わないでください! ただでさえ、勇者達にボコボコにされて二つ名が霞みきってるのに!」
「そうだな、だが、お約束とも言える」

 ニホンでの暮らし。その中でアニメやゲーム、漫画に一切触れなかった人種などいるのだろうか。それらの中では、悪事を働く悪党共が正義の心を持った英雄に時には痛快に、時にはドラマティックにあるいは悲劇を伴って、倒される。もちろんそのお約束が固定化されるのを嫌ってどんどん趣向を凝らした主人公やキャラクターが発生するわけだが。大筋で大同小異そのような物語が多かった。

「人間の立場になってみれば! 魔! 王! 様! の台頭は! 悪夢以外の何物でもないだろうな! ハハハ!!!」
「あるいはそのような立場になってみよとの思し召しだったのか」

 しかしなぁ、ニホンで暮らしていて命の危険を感じたことなど基本的には無かったからなぁ。こっちの世界の人間とは根本的に状況が違いすぎる。今は考えても仕方の無いことなのだろう。

「よし、とりあえず俺は俺のやりたいことをやる! 後一ヶ所調べたら帰るぞ!」
「御意!」
「了解だ!!」

 そう、その一ヶ所とはもちろん四天王二人が這い出てきたという共同墓地だ。そこを調査したらもう、この辺りを出発しなくてはならない。いつ人間が攻めてくるとも限らないしな。長いこと暮らした魔王城だが今となっては、ただの廃城。やや名残惜しい気もするが、今は我が城二号の拡張を進めるとしよう。

「という訳で、着いたな!」
「結局、全ての罠を解除しておいたのに入り口まで30分程かかりましたね」
「逆走する廊下が稼働していなくて本当に良かった!!」

 バルバロスの言う廊下は俺達が玉座に向かう際50メートル進む為に15分ぐらい費やしたランニング廊下だ。思い出しただけでも殺意が湧く。

「城の裏庭にこんな場所があったとはな」
「同胞がせめて安らかに眠れるようにと思いまして」
「あれが! 俺の穴で! あれが! エレナ殿の穴だな!」

 バルバロスの指さす方向には確かに二つの穴があった。エレナは腐食魔法で、バルバロスは力任せに出てきたようだ。

「手元に愛剣ダインスレイフがあったことが幸いした!」

 バルバロムはザクリと愛剣を地面に突き立てた。ますますもって不可解な現象だ。

「クルナルスやヴィオールが出てきた様子は無いな」

 穴は二つしかない。クルナルスはその生来の性格から土から這い出るなんてことは死んでも拒否しそうだ。ヴィオールは復活と同時に共同墓地そのものが破壊されているだろう。

「よし、念のために後でドローンを飛ばしておこう。万が一、二人が蘇ったら連絡を取り合えるように」
「ミルド様はこれからどうされるのだ!」
「ん? 話していなかったか? 俺はニホンと繋がって情報を得る。そして、この大陸に快適な地下帝国を築く! そこは魔族も人間も魔獣もない、平和の楽園だ! ゆくゆくは地上にも進出しようと思っている!」

 俺は、壮大な夢を二人に語った。そして、俺ならそれが成し得ると確信している。

「私はミルド様に再びお仕え致します!」
「なるほど! その夢、果たす為には必然、いずれ武の力が必要になるだろう!」

 そう、理想を果たすにはまずそれに適う力の裏付けが必要なのだ。そして、その方向性を少しでも誤ると大魔王の再誕となってしまう。だが、ニホンでの暮らしを経た俺に死角なし。バルバロムが言うように非力者の夢想で終わらぬよう、徹底的に情報を集めるのだ。今度は失敗しないように。

「ならば、共に来るか? バルバロム」
「いや、久方振りのエンドヴァルド! しばらく武者修行の旅に出るとします!」
「そうか。ならば、これを持っていけ」
「これは……?」

 俺は、暇つぶしに作った魔道具を渡した。形状は携帯電話を模したものだが、実際はただの石だ。ただし魔法を付与してある。

「スマホはとても作れなかったが、お前の『感情』と『位置』だけは受信できるようにしておいた。必要な時は念を込めてそれを握りしめるといい。近くにいるドローンが様子を見に行くだろう」
「なんと……! ミルド様! 身に余る光栄!!!!」
「いやそれ、スマホより遥かに難しいやつ!」
「やはり、ミルド様は変わられた!! 今のミルド様なら夢想は夢想でなくなるだろう!! 俺は強くなって必ずミルド様の元にまた馳せ参じる!!」
「ああ、待っているぞ」

 俺はバルバロムの胸に拳を当てた。

「しばしの別れだ!! ミルド様!!」
「また会おう! バルバロム!!」

 しかしその僅か五分後、愛剣ダインスレイフを置き忘れていったバルバロムが早くも石を通じて困惑の感情を伝えてきたのであった。
しおりを挟む

処理中です...