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本編

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「ひっ、酷いですわっ!」


 顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳でリラを睨み付ける令嬢。

 酷い、との言葉にリラは思わず口に出す。


「酷いのは、貴女のマナーではなくて?挨拶も出来ない令嬢に、社交界はそれ程甘い場所ではなくてよ?」
[訳=酷いといえば、同位とは言え名前の呼び掛けだけだなんて、挨拶にはなりませんよ?挨拶はきちんとしないと失礼になるし、身分差のある方だと不敬ですし、甘く見てると後々痛い目に合うから気を付けないとダメですよ?]


 リラにとっては忠告だ。そして、リラ本人は真面目に彼女の事を心配しているのだが、心配と言うよりも、絶対零度の冷ややかな雰囲気が辺りに漂う。

 幸い(?)彼女は怒りが上回り、リラの醸し出す雰囲気に何とか呑まれず済んだ。


「はっ……はんっ!誰一人お相手を見付けられないリラ様に言われたくはないわ!知ってらして?ご自身の渾名あだなを。ダンスすら出来ない氷結のーー」


 彼女がリラの渾名を言おうとしたまさにその時、一人の男性がまるで彼女の声に被せるかのように人の波間から抜け出て声を掛けてきた。


「ーー失礼、お会い出来て良かった。私と踊って頂けますか?」


 そこには難攻不落と噂され、どんな美女にもなびかなかった、ずば抜けた美貌を持つ王弟公爵、エドワルド=クルルフォーンがいた。

 誰もが見惚れるその姿を、初めて間近で見たリラも、瞳を大きく見開き驚くしかない。

(この世にこれ程美しい男性がいたなんて……)

 リラの兄も、誰もが振り向く美貌を持つが、その兄を見慣れたリラですら、感嘆する程の美貌の持ち主だ。勿論リラと向かい合っていた令嬢も例外ではなく、彼に見惚れて呆然としていた。

 その令嬢がハッと我に返り、頬を赤らめ返事をする。


「もっ、勿論ですわ、クルルフォーン公爵様!」


 公爵に見られていた気がしていたリラも、令嬢の言葉に自分の勘違いだったと内心納得する。

(それもそうよね。わたくしに声を掛ける男性なんて、いる訳がない。あって賭け事か何かだわ)

 男性は時に下らない賭け事を興じる。誰が誰を誘うのか。もしくは賭け事に負けた罰に誰かを誘うか。自分に声を掛ける男性なんて、そんな者ぐらいだろう。リラはそう考えていた。


「ああ、誤解させてしまったのなら申し訳ない。私がお誘いしたのはエヴァンス侯爵令嬢、貴女ですよ」


 彼は令嬢を冷ややかな瞳で一瞥し、視線をリラに向けて令嬢の横を素通りしながら言い切る。

 “エヴァンス侯爵令嬢”。それは紛れもなくリラを指していた。そしてエヴァンス侯爵令嬢と名乗れる者はリラ以外にいない。エヴァンス侯爵には二人の子供、リラと兄しかいないのだから。
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