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後日談

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 思考が落ちた頭でアシュリーが精一杯口を動かし、震えそうになる声を何とか堪える。


「一つ聞いても宜しいでしょうか?何故わたくしが、貴方を好きでは無いと?」


 この婚約は政略だ。

 だが、子供の頃から互いを知り、婚約者として過ごしてきたのだ。余程の嫌悪感が無ければ、ある程度の情を持つのは当然の事だ。

 彼の容姿に惹かれた女性達に、陰口を言われようと、嫌がらせを受けようと、甘んじて受け流せる程に、アシュリーは彼を好きでいた。

 だからこそ、聞きたかったのだ。


「何故って、君は私が前以まえもって訪問すると報せているにも関わらず、着飾るでも無く、外出していたりと、会わない事すら有るじゃないか」

「前以て……?わたくし、貴方が訪ねて来る日は、いつもその日になって聞かされている事の方が多いのですが?」


 アシュリーが彼の訪問を知るのは、彼がアシュリーの家に着いてからや、領内視察を終えて帰ってきた後に来ていたと聞く事の方が多い。

 その為、家に居ても着替える時間なんて無く、酷い時は、彼が来ている事自体、知らなかった事も有る程で、仕事を理由に謝罪する事が多く、前以て報せてくれていたならばと、幾度も思っていたぐらいだ。

 だが、そんなアシュリーの言葉に、婚約者だった男が嫌悪感丸出しの顔を見せる。


「そんな筈は無い。子供の頃なら未だしも、社交界デビューの後は、ずっとカードに花を添えて贈っていたじゃないか。君はその花も、捨てていたと聞いたよ。私がそれを知り、どれ程惨めな思いをしたのか、考えた事は有るの?」


 そもそもアシュリーは、花なんて貰っていない。


「悪いけど、今更嘘の言い訳を聞かされても、信じられないよ。君の父上もサラと同じ事を言っていたのだから。君は他に好きな男がいるとも聞いたよ。相手は嫡男だから、泣く泣く諦めていたと。それなら、私とサラがこの家を継げば良いだけの話だ」


 身に覚えの無い話に、ふと思い出すのは、時折サラが、花を持っていた事だ。

 サラにその花はどうしたのかと聞くと、知人に貰ったと言っていたのだ。

 家に来た当初のサラは、時折アシュリーの部屋に来ては、アシュリーの物や、同じ物をよく欲しがっていた。

 夜会のドレスを見れば、社交界デビューもしていないのにドレスが欲しいと言ったり、宝石を見れば宝石が欲しいと言ったり。

 ドレスはサラに似合うドレスを新調する事になったが、さすがに母の形見の宝石は駄目だと言えば、父が出てきて妹の方が似合うのだから、妹にあげなさいと言う始末。

 母の形見だと反論すれば、一度はサラを諦めさせようとしたが、サラに泣かれた為に、アシュリーから取り上げていったのだった。

 アシュリーはサラを可愛がっていたが、それ以来、どうしてもサラを避けてしまう事が多くなっていた。

 だからこそ、サラが彼に近付いていった事も、彼の気を惹いていた事も知らなかったのだ。

 今ここで反論をした所で、ここにはサラがいる。

 今ここでアシュリーが事実を言っても、否定され、父と口裏を合わせるだけだろう。

 そしてこの男は、サラと父の言葉を鵜呑みにし、アシュリーの言葉に耳を傾ける事無く彼女を悪女とするだろう。

 アシュリーは母の形見の宝石を取り上げられた時と同じように、深い絶望を味わった。
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