歌を貴女に(仮)

カザハナ

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想いを届けるために

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「本当に久しぶりね」


 彼女が昔、よく見せていた穏やかな笑みを浮かべる。


「ああ、本当に……」

「私、ずっと会いたかったの」


 俺は……会いたくなかった。何故なぜなら、聞かれるからだ。一番言われたくない言葉を一番聞かれたくない彼女に。


「……もう、歌わないの?」


 彼女が問う。一番言われたくない言葉で。


「もう、聞くことはできないの?吉住君達の音楽を」


 俺達にとって、苦痛でしかない音楽ものなのに。

 何も言えずに黙っていると、彼女が何かを言い掛けるが、突然横から声が掛かる。


「あれ?もしかして、COLOR ’ S カラーズの吉住さんじゃないですか?!あ!宮田さんと如月さん、天野さんもいる!キャー!!あたし、大っファンなんですぅ!」

「あー……ありがとう」

「サイン貰ってもいいですか?!えっと、これ!これに書いて下さい!」


 言われるまま、メンバー全員が書くと、若い女の子が大声で喜ぶ。


「キャー!一生の宝物にします!!あの、また歌わないんですか?」


 彼女と同じことを聞かれるが、その言葉は彼女程ひびかない。


「その内ね」


 だからこそ、うそが言える。


「本当ですか?!楽しみに待ってますぅ!」


 手を振り、笑顔で見送ることすらできる。そんな気なんて、これっぽっちもないくせに。

 周りの人達が、先程のちょっとしたさわぎにこっちの方をチラチラ見出す。

 これ以上騒ぎになるのはごめんだとばかりに、他の仲間メンバーが物をかたし、バラける。


「委員長、こっち。付いてきて」


 騒ぎになった場合のずらかる手順で動く。

 彼女を巻き込むことは、したくない。

 会場を出て、人がほとんどいない場所へと移動する。


「今、いくが車回してくれるって。ごめんな。ゆっくり話もできなくて」


 携帯を切り、彼女にあやまる。


「それは……仕方ないことよ」


 彼女はうつむき首を振る。きっと彼女は失望しただろう。彼女は多分、気付いてる。俺達がもう、音楽をかなでる気がないということに。


「本当、ごめん」


 期待にこたえれなくて。





 俺達のかたわらに車が横付けされる。行の車だ。


「二人共乗って。早く。送っていくから」


 行の言葉に彼女がおどろいたかのように両手を振る。


「そんな!大丈夫よ。私一人帰れるもの。ここからだと少し遠いし!」


 彼女の言葉に行が答える。


遠慮えんりょしないで。他の奴ならまだしも、俺は安全運転だから」

「悪かったな、安全運転じゃなくて。委員長、乗って。メンバーの中じゃ、本当に行が一番上手うまいから」





 彼女を乗せて、行が車を走らせる。

 中学の頃の話や行の奥さんの話、失敗談、彼女が引っ越してからの俺達の話を彼女は嬉しそうに聞いている。もちろん、音楽にかかわる話は上手く言わないようにして。

 そんな中、行が異変に気付く。


「――ん?……おかしいな」

「どうかしたのか?行」

「いや、さっきもここ、通った筈だ」


 行の言葉に皆が首をかしげる。


「……気のせいじゃないか?」

「いや、標識ひょうしきの地名が同じだ。それにあの、右手奥にある大きな赤い看板かんばん、さっきから時折見えるけど、大きさも方角も全然変わらない」

「……道に迷った?」

「真っ直ぐ走っているのにか?」


 言われてみれば、同じ所をぐるぐる回っている気がする。でも、何故?





 しばらくすると、同じ景色から、少し違う景色へと変化する。


「何だったんだ?一体」

「さあ?」


 皆が皆、きつねままれたような気分でいると、彼女が声を上げる。


「あ、そこ。ここでいいよ。私の家は、すぐそこの右手にある住宅地の中だから。車で行くと、ややこしくなっちゃうの。送ってくれてありがとう。皆と会えて、嬉しかった」


 そう言うと彼女は降りて振り返り、じゃあねと小さく手を振り角を曲がる。

 彼女に何か、言い残したことがあるような、言いたいことがあるような気がして衝動的しょうどうてきに車を降りる。


「和?」

「和君?」

「――悪い。少し待っててくれ」


 そう言い残し、彼女の後を追い、走る。

 それ程の時間はっていない。だが、どこを見ても彼女の姿が見えない。

 こんな短時間で、遠くに見える次の角を曲がれるわけがない。きっとこの辺にあるはずなんだ。

 ふと、近くの家の表札ひょうさつが目に入る。


『杉崎』


 彼女の名字だ。間違いない。

 インターホンを押し、少し待つと、玄関げんかんとびらが開いた。


「どちら様で……あら、貴方あなたは!」


 出てきた年配の女性が声を上げる。


「委員長の……いえ、彩華あやかさんのお母さんですか?」

「ええ」


 彼女と似た、だけど少しさびしそうな、悲しそうな微笑びしょうを浮かべる。


「貴方達のことは知っているわ。あのが、ずっと聴いていた曲を作った子の一人よね?」

「はい。……あの……彼女あやかさんは?」

「どうぞ、入ってちょうだい。あの娘も喜ぶと思うから」


 家に招き入れられ、彼女の母親の後を付いていき、居間と思われる部屋の中へと通されると、そこには仏壇ぶつだんがあった。

 そしてそこには、目を疑うような物があった。

 彼女の、写真だった。





 そんな筈ない。だって、彼女は今日、俺達と一緒いっしょにいたじゃないか。絶対何かの間違いだ。

 頭の中で否定するが、目の前にある写真は消えない。


「これが彩華。あの娘は……亡くなったのよ」


 大人になった彼女の写真を見ても、俺が彼女だと分からないだろうと思ったのか、彼女の母親は彼女の写真を見ながらそう教えてくれる。

 だけど、俺が今日会っていた筈の彼女は間違いなく写真の中の彼女だ。


「あの娘はね、治療法ちりょうほうがまだ見付かっていない、重いやまいに掛かっていたの――」


 彼女の母親が語り、そこで知る。

 彼女は中学の時にその病気が見付かったこと。中三の時の引っ越ひ こしは、病の進行をおくらせるため、他県の大きな病院にうつり、手術を受けるため。

 入退院を繰り返く  かえしながらもずっと頑張がんばっていたこと、そんな中でずっと心のささえにしていたのは、俺達がおくったあのデモテープだったこと、俺達が売れ出すと嬉しそうに自慢話じまんばなしをするかのようにしゃべっていたこと、闘病中とうびょうちゅう、俺達の盗作疑惑ぎわくが流れ憤慨ふんがいしていたこと。解散話を知っても、絶対あきらめないと、きっと彼等は復活してくれると、また聴かせてくれると信じていたこと。


「彩華はよく言ってたのよ。私は彼等の一番のファンだから、って。長期退院ができるように頑張って、それから会いに行くのって。私のことを、覚えてないかも知れないけれど、私にとっては彼等の曲が、唯一ゆいいつの心の支えなのだから……って」


 それから暫くした後に、彼女は昏睡状態こんすいじょうたいおちいったらしい。ずっと延命治療えんめいちりょうを続けていたが、その甲斐かいもなく息を引き取った。三ヶ月前に。


「貴方が、うちの娘を覚えていてくれて、とても嬉しかったわ。ありがとう。彩華を覚えていてくれて――」





 その後、何を言って彼女の母親と別れたのか、覚えていない。

 長いような短いような、時間に置き去りにされたような感覚のまま、仲間が乗っている車へと帰る。


「――話はできたのか?」


 エンジンを掛けながら行が俺に聞いてくる。

 誰と?混乱する頭の中で自問するが、その答えは“彼女”としか出てこない。

 呆然としながらも、行の問いにポツリとつぶやく。


「委員長……亡くなってた……三ヶ月前に……」

「……はぁ?!」


 運転しながら行がバックミラーで俺の様子を確認する。

 きっと本当なら後ろを思い切り振り返りたいのだろう。運転中でなければ。

 他の仲間も俺の言葉におどろきをかくせない。


「えっ、ちょっと待ってよ。亡くなってた?でも今日会ってたじゃん」


 そう、会っていた。でも俺がこの手の冗談じょうだんを昔から嫌っていることを知っている仲間は困惑こんわくする。


「じゃあ、別人か?」

「それはない……と思う。……彼女の家で、仏壇にある彼女の写真を見たから……他人の空似だとは思えない」


 と、その時、走る車の前方に公園が見えた。

 何の変哲へんてつもない公園だ。しかし、何かが気になった。何が?


「行、止めて」


 行に車を止めてもらい、何かに気を取られるかのように降りて公園へと向かう俺に、何かを感じ取ったのか、他の仲間も付いてくる。

 公園内に入り、足の向くまま歩き続けると、そこに、彼女がいた。

 こっちに背を向けるように立っていた彼女が振り向く。その身体はけていた。





「バレちゃったね」


 悲しそうな笑みを見せる彼女。

 他の仲間も彼女に気付き息をむ。


「委員長……」


 その身体は今にも消え失せそうだ。


「ごめんね?どうしても会いたかったの。私、皆の曲がずっと……ずっと支えだったから、最後にお礼が言いたくて」

「委員長……」


 何も言葉が浮かばない。


「心配だったの。皆が歌を嫌いになっちゃうんじゃないかって」

「委員長……」


 何か……何かある筈だろ!!


「本当は、生きてる内に言いたかったんだけど……ありがとうって」

「委員長!!」


 あせれば焦る程頭の中が真っ白になり、そんな自分がもどかしく、自分自身に腹が立つ。


「私、皆の曲がなかったら、きっとここまで生きられなかった。手術だって多分、受けてなかったと思うの」


 彼女が、俺達一人一人をその瞳に焼き付けるかのように見て笑う。


「他の、誰が何と言おうと私は皆のファンだから。ずっと、ずっと一番のファンだから。
 忘れないで。この先も、ずっと、ちゃんと見てるから――」


 彼女は消える。彼女らしい笑みを残して。俺の言葉も聞かない内に。





「久しぶりのライブだ。皆、心の準備はいいか?」

「ああ」

「もちろん!」

「当然だ」


 ステージへと向かいながら、その言葉にうなずき釘をさす。


「彼女が見てる。届けるぞ、俺達の曲を!」

「「「当然だ!」」」



                                    完
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感想 1

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みんなの感想(1件)

Reika
2018.10.21 Reika

感動して涙出た…(´•̥ ω •̥` )

2018.10.21 カザハナ

 有難う御座います( 〃▽〃)
 元々は、大昔に見た夢の中の話ですが、もし、誰かの想いが夢となって出てきたのだとしたら……なんて思えてしまって、忘れる事の出来なかった夢を書かせて頂きました。
 元々が夢だったので、多少変えてる部分はありますが、私的に満足してます。

解除

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