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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
最終章・夜明け前 48 進む時間
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穏やかな日常に最初は戸惑ったが、しばらくするとだんだんと慣れてきた。夜は体を重ねることもあれば、ただそばで眠る時もある。
部屋は変わらず塔の中だが、自由に外に出られるし執務室に行けばコールに会える。一つ不満があるとすれば、クリースが会ってくれないことだ。
セラスとは簡単に会えるのに、クリースには断られてばかりだった。
「クリースがアラガスタを出ることに決めた」
暖かい部屋でお茶をしている時に、突然セラスに言われてびっくりした。いつか出るという選択をするとは思っていたが、春になってからだと思っていた。
フェールの北部に比べたら、アラガスタは暖かい。けれど冬はどこの国でも厳しいことに変わりはない。
「アラガスタの王が船の許可証を出してくれるらしい」
「コール様が?」
何も聞いていなくて困惑する。クリースだって何も言ってくれないし、コールも教えてくれなかった。
「あ、クリースが口止めしていたらしいからな」
喧嘩するなよと言われて、頬が熱くなる。
「でも急に何で……」
「急ってわけでもないな。オレが従者になる前から船に乗りたいって話はしてたし」
「……僕は知らないんだけど」
まさか自分の従者をしている頃から、クリースと会話があったとは思っていなかった。
「会えば挨拶するし、会話するだろ」
「……僕はずっと無視されているんだけど」
だんだんと悲しくなってくる。クリースに嫌われていないことはわかったけれど、やっぱり扱いが冷たい気がしてしまう。
セラスとは会話するのに、自分とは挨拶すらしてくれない。セラスに気まずそうに視線をそらされる。
ふと鷹のカイを思い出す。
「カイは? 船に乗れないんじゃ……」
「あぁ、それもアラガスタの王が特別に許可して、快適に船旅ができるようにしてくれるらしい」
コールはとてもカイを気に入っている。クリースもクライスには時間を作ってくれないのに、コールのためには時間を作ってカイと会わせてくれるらしい。
不公平としか思えない。
「カイはクライスを助けるのに貢献したからなぁ」
ムッとしたのが顔に出てしまっていたのか、セラスがぼそっと呟いている。別にコールがカイに夢中になっているのが気に入らないわけではない。
クリースが時間を作ってくれないことにムッとしている。
「クリースは何で僕と会ってくれないと思う?」
「……クライスに起こった全ての事の責任は自分にあると思っているからだろうな」
「何でそんなこと……」
コールが助けに来て、剣が刺さった王を見た瞬間、クリースが殺したと一瞬でわかった。剣を回収しなかったから、クリースはフェールでは王殺しの罪を問われることになった。
フェールの地に足を踏み入れれば、犯罪者として捕まることになる。アラガスタでコールの庇護にいるから、召喚命令を無視できている。
本当なら船旅なんて許されるはずもない。けれどコールはクリースをアラガスタの民としてくれた。
フェールに戻って罰を受けるというクリースを、コールは説得までしてくれた。時間を置いて考えて、自らを許せなければフェールに行けばいいと。
知らなかったではすまされないが、何度も父に命を狙われていたことを助け出されてから知った。罪があるとしたら、父であり、何も知らず生きてきた自分にあると思った。
アラガスタに戻る道で、少し会話をすることができて距離が縮まったと思っていた。でも城に到着したら、また距離を取られてしまった。
「一緒にいるとまた何か奪ってしまいそうで怖いんだろう」
何も奪われてないと言ったはずなのに、やっぱり納得していないらしい。
「雪が降る前に港がある町に移動したいから、明後日には出発する」
「……セラスはもう自由だ」
「いや、そこは頼み通り一緒に行ってやれと言ってもらいたい」
あんなに従者になって欲しいとお願いした時は嫌がったのに、心境の変化があったみたいで不思議に思う。
「本当に?」
「あぁ、本当だ。それとクライスも一緒に来てくれたらオレは嬉しい」
予想にもしていなかった言葉に驚いた。そして気付く。
コールはもう自由だと言っていた。縛るものはなにもないということは、フェールに帰ることも、船で別の国に行くことも自由だ。
「でも……」
「まぁ、答えは当日ってことで。明後日の夜明け前に城を出る」
一緒に来るようなら、門に来いと言われた。言うだけ言って準備が残っているからと、セラスはさっさと退室してしまった。
すっかりクリースの従者になっている。もし明後日一緒に出なければ、二度とクリースと話ができない気がした。
夢のような日々から、現実に戻ってきたような変な感覚だ。そして不安になる。
コールは常に愛されていると思わせてくれる。嬉しいはずなのに、ふとした瞬間に闇が覗いてくる。
お前に愛される価値があるのかと。しかも完璧と言われるアラガスタの王に……。
信用できない自分がとても嫌になる。理由は痛い程わかっている。
自分に自信がないから信用できない。原因はコールではなくクライスにあった。
部屋は変わらず塔の中だが、自由に外に出られるし執務室に行けばコールに会える。一つ不満があるとすれば、クリースが会ってくれないことだ。
セラスとは簡単に会えるのに、クリースには断られてばかりだった。
「クリースがアラガスタを出ることに決めた」
暖かい部屋でお茶をしている時に、突然セラスに言われてびっくりした。いつか出るという選択をするとは思っていたが、春になってからだと思っていた。
フェールの北部に比べたら、アラガスタは暖かい。けれど冬はどこの国でも厳しいことに変わりはない。
「アラガスタの王が船の許可証を出してくれるらしい」
「コール様が?」
何も聞いていなくて困惑する。クリースだって何も言ってくれないし、コールも教えてくれなかった。
「あ、クリースが口止めしていたらしいからな」
喧嘩するなよと言われて、頬が熱くなる。
「でも急に何で……」
「急ってわけでもないな。オレが従者になる前から船に乗りたいって話はしてたし」
「……僕は知らないんだけど」
まさか自分の従者をしている頃から、クリースと会話があったとは思っていなかった。
「会えば挨拶するし、会話するだろ」
「……僕はずっと無視されているんだけど」
だんだんと悲しくなってくる。クリースに嫌われていないことはわかったけれど、やっぱり扱いが冷たい気がしてしまう。
セラスとは会話するのに、自分とは挨拶すらしてくれない。セラスに気まずそうに視線をそらされる。
ふと鷹のカイを思い出す。
「カイは? 船に乗れないんじゃ……」
「あぁ、それもアラガスタの王が特別に許可して、快適に船旅ができるようにしてくれるらしい」
コールはとてもカイを気に入っている。クリースもクライスには時間を作ってくれないのに、コールのためには時間を作ってカイと会わせてくれるらしい。
不公平としか思えない。
「カイはクライスを助けるのに貢献したからなぁ」
ムッとしたのが顔に出てしまっていたのか、セラスがぼそっと呟いている。別にコールがカイに夢中になっているのが気に入らないわけではない。
クリースが時間を作ってくれないことにムッとしている。
「クリースは何で僕と会ってくれないと思う?」
「……クライスに起こった全ての事の責任は自分にあると思っているからだろうな」
「何でそんなこと……」
コールが助けに来て、剣が刺さった王を見た瞬間、クリースが殺したと一瞬でわかった。剣を回収しなかったから、クリースはフェールでは王殺しの罪を問われることになった。
フェールの地に足を踏み入れれば、犯罪者として捕まることになる。アラガスタでコールの庇護にいるから、召喚命令を無視できている。
本当なら船旅なんて許されるはずもない。けれどコールはクリースをアラガスタの民としてくれた。
フェールに戻って罰を受けるというクリースを、コールは説得までしてくれた。時間を置いて考えて、自らを許せなければフェールに行けばいいと。
知らなかったではすまされないが、何度も父に命を狙われていたことを助け出されてから知った。罪があるとしたら、父であり、何も知らず生きてきた自分にあると思った。
アラガスタに戻る道で、少し会話をすることができて距離が縮まったと思っていた。でも城に到着したら、また距離を取られてしまった。
「一緒にいるとまた何か奪ってしまいそうで怖いんだろう」
何も奪われてないと言ったはずなのに、やっぱり納得していないらしい。
「雪が降る前に港がある町に移動したいから、明後日には出発する」
「……セラスはもう自由だ」
「いや、そこは頼み通り一緒に行ってやれと言ってもらいたい」
あんなに従者になって欲しいとお願いした時は嫌がったのに、心境の変化があったみたいで不思議に思う。
「本当に?」
「あぁ、本当だ。それとクライスも一緒に来てくれたらオレは嬉しい」
予想にもしていなかった言葉に驚いた。そして気付く。
コールはもう自由だと言っていた。縛るものはなにもないということは、フェールに帰ることも、船で別の国に行くことも自由だ。
「でも……」
「まぁ、答えは当日ってことで。明後日の夜明け前に城を出る」
一緒に来るようなら、門に来いと言われた。言うだけ言って準備が残っているからと、セラスはさっさと退室してしまった。
すっかりクリースの従者になっている。もし明後日一緒に出なければ、二度とクリースと話ができない気がした。
夢のような日々から、現実に戻ってきたような変な感覚だ。そして不安になる。
コールは常に愛されていると思わせてくれる。嬉しいはずなのに、ふとした瞬間に闇が覗いてくる。
お前に愛される価値があるのかと。しかも完璧と言われるアラガスタの王に……。
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