上 下
44 / 53
フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 41 突入

しおりを挟む
 視界にリンクスが映り、城門が開いているのが見える。一気に距離が縮まって、門を越えた瞬間に馬を走らせていたのだと気づく。

 時に思うより先に体が動く瞬間がある。頭が決断するより先に、体が動く。

 リンクスの背に迫っていた兵士が、ひどくゆっくり動いているように見えた。久しぶりに剣から伝わってくる感触が、手と腕に響く。

 ドサッという嫌な音を立てて、兵が倒れる。ふっといつもの視界に戻って息を吐いた。

「……ありがとうございます」

「なぜ一人でいる」

 命を救ったことの礼を言われたが、いるはずのクライスがいないことに怒りが湧いてくる。

「城の中に……!」

「言ったことを忘れたか」

 最後まで言わさずに刃を首にあてる。

「っ……無茶言わないでください。城門を開けるのだけで精一杯です」

「剣を向ける相手を間違えてます」

 やっといくら言っても無駄だとわかったのか、ついてきたキールが肩を落としている。

「そばにいるとよく気づいてくれました」

 フォローするように、キールがリンクスを褒めているがどうしたものかと思う。

「見たことのある鷹が城壁そばに降下していくのが見えたので……」

 城門を開けるために、リンクスが二名の兵士を倒したのは見て取れる。だが、丈量酌量するかしないかは別の話だ。

「後できっちり話し合おう」

 クライスの方が優先だと、刃を外してやる。

「数は」

「ここから北東に駐屯所があり二十数名ほどが待機しています。後は警備に十五名です」

「城内は」

「使用人が十名前後で、中に兵は入れていないようです」

 さっと城の方を向いて確認すると、全ての窓に格子が見える。自室としている塔を考えると人のことは言えないが、まるで城ではなく監獄を建築したように見えてしまう。

 しっかりとポーリスから情報を引き出していたことは褒められるが、やはりいまクライスのそばに誰もいないということが許せない。

「キール、十五人つれていけ」

「了解しました」

 どこに行けと言わなくても、キールは迷わずに北東に馬を向ける。

「クリース、セラスと先に中に行け」

「ですが……」

「城にしては駐屯している兵が少ない。外はオレとリンクスで十分だろう」

 まだ何か言いたい顔をクリースがしているが、時間がない。

「何だ、残りの兵五人とリンクスもつれていくか?」

「何を言っているんですか!」

 悲鳴を上げたのはクリースではなくリンクスだった。戦闘要員として数えるなと何度か言われたことがあるが、使える者は使う。

「……いいえ、ありがとうございます。カイ、高く飛べ」

 また腕に戻ってきていたカイを、さっとクリースが飛ばす。数回翼を動かすと、風に乗ったのか一気に上昇していく。

 城に向かって動きだしたクリースたちを見ながら、一瞬で城壁と前庭を見渡す。通常なら花や芝生にするところを、なぜか木を植えている。

 こちら側が動きづらくもなるが、相手側も敵を見つけるのが難しくなるように思う。

「誰かリンクスを乗せてやれ。クリースを守るように展開しろ」

 声をかけるとよく教育されている兵は、迷わずクリースの横につけるように馬を走らせる。そして自らも反対側に回る。

 本当にネイトをつれてこなくて良かった。集中したい時に、小言を聞き続けることになっていただろう。

 木がなくなり、開けた場所に出ると予想通り弓に矢をつがえようとする姿が視界に入る。すぐに馬の頭を向けて、相手に向かって突っ込む。

 矢が放たれる前に、一人を斬った。周囲にすぐ目を向けると、三人の敵兵を確認できる。

 視界の端でクリースの方を見ると、抜けた穴をちゃんと兵が埋めたのがわかる。戻る必要はないと判断して、矢をクリースたちの方に向ける者を斬る。

 北東から大きな声が上がり、キールの方も始まったことがわかる。斬りかかってきた兵の刃を受け止めると、高い音が響く。

 跳ね返してやると、相手がよろめく。体勢を立て直す前に、剣を振り下ろした。

 さらに矢を向けようとしてくるもう一人に向かって、手綱を握っていた手を放してナイフを投げる。手を斬り裂かれたせいで弓を取り落とす姿が見えたと思うのと同時に、一気に近づいて剣を刺した。

 クリースを守らせた兵たちの方も、臨機応変に対応している。三人がクリースのそばに残り、二人が飛び出して行くのが見える。

 倒したのは四人、交戦しているのは三人、残りは八人ほどになる。残りは違う場所を警備しているのだろうか。

 立地がいいだけに安心していたのか、まだ完全に城が機能していなかったのか。こんなに簡単な城攻めは初めてと言える。

 城の扉に到着したクリースとセラスが、下馬しているのが見える。周りを警戒しながら、扉に向けて馬を進める。

「どうしますか? 裏に回りますか?」

 警戒を緩めないまま、すでに兵の馬から下りたリンクスが確認してくる。

「いや、キールが何とかするだろう」

 同じように下馬して、手綱をリンクスに預ける。

「ここはリンクスに任せる。指示に従え」

 言いながら足はもう城内に向かって進んでいた。入り口を守らせておけば、後ろから狙われることはないだろう。

 使用人の数がかなり少ないと言うだけあって、城内は異常なほどに静かで陰湿な空気が漂っている。すでにクリースとセラスの姿はなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたアルフォン伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー

selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。 幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

処理中です...