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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第6章・価値 41 突入
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視界にリンクスが映り、城門が開いているのが見える。一気に距離が縮まって、門を越えた瞬間に馬を走らせていたのだと気づく。
時に思うより先に体が動く瞬間がある。頭が決断するより先に、体が動く。
リンクスの背に迫っていた兵士が、ひどくゆっくり動いているように見えた。久しぶりに剣から伝わってくる感触が、手と腕に響く。
ドサッという嫌な音を立てて、兵が倒れる。ふっといつもの視界に戻って息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「なぜ一人でいる」
命を救ったことの礼を言われたが、いるはずのクライスがいないことに怒りが湧いてくる。
「城の中に……!」
「言ったことを忘れたか」
最後まで言わさずに刃を首にあてる。
「っ……無茶言わないでください。城門を開けるのだけで精一杯です」
「剣を向ける相手を間違えてます」
やっといくら言っても無駄だとわかったのか、ついてきたキールが肩を落としている。
「そばにいるとよく気づいてくれました」
フォローするように、キールがリンクスを褒めているがどうしたものかと思う。
「見たことのある鷹が城壁そばに降下していくのが見えたので……」
城門を開けるために、リンクスが二名の兵士を倒したのは見て取れる。だが、丈量酌量するかしないかは別の話だ。
「後できっちり話し合おう」
クライスの方が優先だと、刃を外してやる。
「数は」
「ここから北東に駐屯所があり二十数名ほどが待機しています。後は警備に十五名です」
「城内は」
「使用人が十名前後で、中に兵は入れていないようです」
さっと城の方を向いて確認すると、全ての窓に格子が見える。自室としている塔を考えると人のことは言えないが、まるで城ではなく監獄を建築したように見えてしまう。
しっかりとポーリスから情報を引き出していたことは褒められるが、やはりいまクライスのそばに誰もいないということが許せない。
「キール、十五人つれていけ」
「了解しました」
どこに行けと言わなくても、キールは迷わずに北東に馬を向ける。
「クリース、セラスと先に中に行け」
「ですが……」
「城にしては駐屯している兵が少ない。外はオレとリンクスで十分だろう」
まだ何か言いたい顔をクリースがしているが、時間がない。
「何だ、残りの兵五人とリンクスもつれていくか?」
「何を言っているんですか!」
悲鳴を上げたのはクリースではなくリンクスだった。戦闘要員として数えるなと何度か言われたことがあるが、使える者は使う。
「……いいえ、ありがとうございます。カイ、高く飛べ」
また腕に戻ってきていたカイを、さっとクリースが飛ばす。数回翼を動かすと、風に乗ったのか一気に上昇していく。
城に向かって動きだしたクリースたちを見ながら、一瞬で城壁と前庭を見渡す。通常なら花や芝生にするところを、なぜか木を植えている。
こちら側が動きづらくもなるが、相手側も敵を見つけるのが難しくなるように思う。
「誰かリンクスを乗せてやれ。クリースを守るように展開しろ」
声をかけるとよく教育されている兵は、迷わずクリースの横につけるように馬を走らせる。そして自らも反対側に回る。
本当にネイトをつれてこなくて良かった。集中したい時に、小言を聞き続けることになっていただろう。
木がなくなり、開けた場所に出ると予想通り弓に矢をつがえようとする姿が視界に入る。すぐに馬の頭を向けて、相手に向かって突っ込む。
矢が放たれる前に、一人を斬った。周囲にすぐ目を向けると、三人の敵兵を確認できる。
視界の端でクリースの方を見ると、抜けた穴をちゃんと兵が埋めたのがわかる。戻る必要はないと判断して、矢をクリースたちの方に向ける者を斬る。
北東から大きな声が上がり、キールの方も始まったことがわかる。斬りかかってきた兵の刃を受け止めると、高い音が響く。
跳ね返してやると、相手がよろめく。体勢を立て直す前に、剣を振り下ろした。
さらに矢を向けようとしてくるもう一人に向かって、手綱を握っていた手を放してナイフを投げる。手を斬り裂かれたせいで弓を取り落とす姿が見えたと思うのと同時に、一気に近づいて剣を刺した。
クリースを守らせた兵たちの方も、臨機応変に対応している。三人がクリースのそばに残り、二人が飛び出して行くのが見える。
倒したのは四人、交戦しているのは三人、残りは八人ほどになる。残りは違う場所を警備しているのだろうか。
立地がいいだけに安心していたのか、まだ完全に城が機能していなかったのか。こんなに簡単な城攻めは初めてと言える。
城の扉に到着したクリースとセラスが、下馬しているのが見える。周りを警戒しながら、扉に向けて馬を進める。
「どうしますか? 裏に回りますか?」
警戒を緩めないまま、すでに兵の馬から下りたリンクスが確認してくる。
「いや、キールが何とかするだろう」
同じように下馬して、手綱をリンクスに預ける。
「ここはリンクスに任せる。指示に従え」
言いながら足はもう城内に向かって進んでいた。入り口を守らせておけば、後ろから狙われることはないだろう。
使用人の数がかなり少ないと言うだけあって、城内は異常なほどに静かで陰湿な空気が漂っている。すでにクリースとセラスの姿はなかった。
時に思うより先に体が動く瞬間がある。頭が決断するより先に、体が動く。
リンクスの背に迫っていた兵士が、ひどくゆっくり動いているように見えた。久しぶりに剣から伝わってくる感触が、手と腕に響く。
ドサッという嫌な音を立てて、兵が倒れる。ふっといつもの視界に戻って息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「なぜ一人でいる」
命を救ったことの礼を言われたが、いるはずのクライスがいないことに怒りが湧いてくる。
「城の中に……!」
「言ったことを忘れたか」
最後まで言わさずに刃を首にあてる。
「っ……無茶言わないでください。城門を開けるのだけで精一杯です」
「剣を向ける相手を間違えてます」
やっといくら言っても無駄だとわかったのか、ついてきたキールが肩を落としている。
「そばにいるとよく気づいてくれました」
フォローするように、キールがリンクスを褒めているがどうしたものかと思う。
「見たことのある鷹が城壁そばに降下していくのが見えたので……」
城門を開けるために、リンクスが二名の兵士を倒したのは見て取れる。だが、丈量酌量するかしないかは別の話だ。
「後できっちり話し合おう」
クライスの方が優先だと、刃を外してやる。
「数は」
「ここから北東に駐屯所があり二十数名ほどが待機しています。後は警備に十五名です」
「城内は」
「使用人が十名前後で、中に兵は入れていないようです」
さっと城の方を向いて確認すると、全ての窓に格子が見える。自室としている塔を考えると人のことは言えないが、まるで城ではなく監獄を建築したように見えてしまう。
しっかりとポーリスから情報を引き出していたことは褒められるが、やはりいまクライスのそばに誰もいないということが許せない。
「キール、十五人つれていけ」
「了解しました」
どこに行けと言わなくても、キールは迷わずに北東に馬を向ける。
「クリース、セラスと先に中に行け」
「ですが……」
「城にしては駐屯している兵が少ない。外はオレとリンクスで十分だろう」
まだ何か言いたい顔をクリースがしているが、時間がない。
「何だ、残りの兵五人とリンクスもつれていくか?」
「何を言っているんですか!」
悲鳴を上げたのはクリースではなくリンクスだった。戦闘要員として数えるなと何度か言われたことがあるが、使える者は使う。
「……いいえ、ありがとうございます。カイ、高く飛べ」
また腕に戻ってきていたカイを、さっとクリースが飛ばす。数回翼を動かすと、風に乗ったのか一気に上昇していく。
城に向かって動きだしたクリースたちを見ながら、一瞬で城壁と前庭を見渡す。通常なら花や芝生にするところを、なぜか木を植えている。
こちら側が動きづらくもなるが、相手側も敵を見つけるのが難しくなるように思う。
「誰かリンクスを乗せてやれ。クリースを守るように展開しろ」
声をかけるとよく教育されている兵は、迷わずクリースの横につけるように馬を走らせる。そして自らも反対側に回る。
本当にネイトをつれてこなくて良かった。集中したい時に、小言を聞き続けることになっていただろう。
木がなくなり、開けた場所に出ると予想通り弓に矢をつがえようとする姿が視界に入る。すぐに馬の頭を向けて、相手に向かって突っ込む。
矢が放たれる前に、一人を斬った。周囲にすぐ目を向けると、三人の敵兵を確認できる。
視界の端でクリースの方を見ると、抜けた穴をちゃんと兵が埋めたのがわかる。戻る必要はないと判断して、矢をクリースたちの方に向ける者を斬る。
北東から大きな声が上がり、キールの方も始まったことがわかる。斬りかかってきた兵の刃を受け止めると、高い音が響く。
跳ね返してやると、相手がよろめく。体勢を立て直す前に、剣を振り下ろした。
さらに矢を向けようとしてくるもう一人に向かって、手綱を握っていた手を放してナイフを投げる。手を斬り裂かれたせいで弓を取り落とす姿が見えたと思うのと同時に、一気に近づいて剣を刺した。
クリースを守らせた兵たちの方も、臨機応変に対応している。三人がクリースのそばに残り、二人が飛び出して行くのが見える。
倒したのは四人、交戦しているのは三人、残りは八人ほどになる。残りは違う場所を警備しているのだろうか。
立地がいいだけに安心していたのか、まだ完全に城が機能していなかったのか。こんなに簡単な城攻めは初めてと言える。
城の扉に到着したクリースとセラスが、下馬しているのが見える。周りを警戒しながら、扉に向けて馬を進める。
「どうしますか? 裏に回りますか?」
警戒を緩めないまま、すでに兵の馬から下りたリンクスが確認してくる。
「いや、キールが何とかするだろう」
同じように下馬して、手綱をリンクスに預ける。
「ここはリンクスに任せる。指示に従え」
言いながら足はもう城内に向かって進んでいた。入り口を守らせておけば、後ろから狙われることはないだろう。
使用人の数がかなり少ないと言うだけあって、城内は異常なほどに静かで陰湿な空気が漂っている。すでにクリースとセラスの姿はなかった。
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