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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 39 国境

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 馬を取り換えながら、ポーリスたちはなかなかの速さで国境越えを果たした。途中、懸念された森への火災はリンクスが上手くやってくれた。

 コールたちが到着するまでの時間、火が広がらないように土を深く掘り周りの草を簡単に抜いてあった。焼け具合を見るに、出発する直前に火を付けたようだ。

 ポーリスに考えがあるのかわからないが、ここで森林火災が起きたら大変なことになっていた。クライスを追いかけることを断念しなければならなかっただろう。

「リンクス様はとても優秀な方ですね」

 道の途中でリンクスの痕跡を見たクリースが小さく感嘆する。諜者としては必要な技術と言えるが、他の諜者に比べてもかなり優秀だろう。

「クリースも諜者になったら、かなり優秀だろうな」

 音もなくパーティーで近づかれた時のことを思い出す。何を思い出しているのか気づいたのか、クリースの口元が珍しく緩んだのがわかる。

「あの場合は、諜者というより暗殺者に近いと思いますが」

「はは、オレの命を取れたならそうだろうな」

「……それは分が悪そうですね」

 少し考えるような顔を見せたことで、頭の中で暗殺できたかを測っていたのがわかる。本当に予想外で面白い。

 フェールに近づくごとに、寒さが増していく。冬に近づいていることも理由の一つだが、アラガスタとは寒さの種類が違うような気もする。

「ザルドゥーク領はまだ暖かい方ですよ。フェールの北部は肺が痛くなりますから」

 あまりクライスが寒がらない理由がわかった気がした。アニタを出る前から外衣が必要だった自分と違って、クライスは割と薄着が多かった。

「しかしザルドゥーク領は本当にのどかだな」

 地図では知っているが西の端にあるザルドゥーク領は、外交の面であまり興味がない土地だ。フェールでは大事な食料貯蔵庫といったイメージだが、直接アラガスタが買い付けることはできない。

 贅沢品などは別だが、民にとって必要な食料に関しては王の許可がないと取引できないようになっている。お互いにお互いの国を荒らすことなく、有事の際には協力しましょうという協定だ。

「とてもポーリスが任されている土地だとは思えないでしょう」

 かなりポーリスのことが嫌いなのがよくわかる。一体、二人の間に何があったのかと気になった。

 少し速度を落として、後ろのセラスに並んだ。

「クリースとポーリスの間に何があったのか知っているか?」

 一瞬、嫌な顔をされたが見なかったことにしてやる。クライスを大事にしていたのがわかるだけに、セラスからしたら自分は悪者なのだろう。

「……ザルドゥーク伯爵が横暴な態度を民にとったので、その場でクリース様が直接罰を与えた件かと思います」

 フェールで剣の才があるとクリースが有名になった事件らしい。斬られたと思ったポーリスが悲鳴を上げたが、斬られたのは体ではなく腰に結ばれていた紐だった。

 そしてぽってりしたお腹のポーリスは、紐が切れたせいで下半身を公衆の面前で晒すことになる。それはもう綺麗に下に落ちたらしい。

 貴族でありながら民に笑い者にされた挙句、王都だったために笑われたことを罰することもできなかったらしい。クリースを恨んだポーリスは、数々の嫌がらせをしてきた。

 そしてしつこいポーリスにクリースが我慢の限界に達して、貴族と認めないという流れになったらしい。

「本当にもったいない」

 クリースが王になったとしたら、フェールはいまより遥かに栄えいい国になるだろう。

「コール様、フェールに入りました」

 ポーリスたちからしばらく遅れて国境を越えた。視界にはのどかそうな町が見える。

「フェルダンです。ポーリスたちは宿に泊まっていると思います」

「もうすぐ視界が悪くなる。適当な隠れ場所を見つけよう」

 こちらからフェルダンが見えるということは、あちらからも見られる可能性がある。

「少し北西に移動しましょう。遠征の時に使った場所があります」

 馬の顔を進む方に向けたクリースに倣って、向きを変える。

「キール、リンクスと連絡を取ってこい」

「了解しました」

 本当ならアラガスタに置いていきたかったのだが、本人が首を縦に振らないため諦めた。近衛騎士団長がいなくても、アラガスタ騎士団の団長がしっかり国を守ってくれるだろう。

「もしクライスに少しでも傷をつけたら、ただでは済まないと伝えておけ」

 下馬して徒歩でフェルダンに向かおうとするキールに再度声をかける。一瞬、キールの足が止まるが振り向かなかった。

 本当によくできた部下ばかりだと思う。

「明日からカイを高く飛ばします」

 いまはクリースの肩に戻って来たカイを見る。美しい羽根をした鷹だ。

「大丈夫なのか?」

「この辺りは広葉樹林が多いですから、鷹の生息地なんです」

 飛んでいても誰も気にしないということではあるが、あえて言ってくることに意味がある気がする。

「何か気になるか?」

「予想だともっと手前でフェールに入ると思っていました」

「……目星がつかないか」

 真剣な顔でクリースが頷く。

「ザルドゥーク領の西の方には、王が滞在するような城や屋敷はないはずなんです」

 目的地に着く前にクライスを助けないといけないが、目星がつかないとなるといつ助ければいいかわからない。

「判断は任せよう」

 実際は、すぐにでも中止してクライスを連れ戻したい。けれど自らが判断を下すべきだとも、思えないでいる。

「……ありがとうございます」

 結局、十年以上も兄のために動いていたクリースを信用するしかないのだろう。
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