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第6章 価値

37 決断

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「よく許可しましたね。絶対に反対するものと思っていました」

 どうするかのを話を終えて、クリースたちにはポーリスがいる屋敷とは別の屋所に案内させた。するとネイトが信じられないというように、口にしてきた。

「もちろん反対したい」

 好き好んでクライスを危険に晒すようなことは絶対にしたくない。けれどクライスをずっと傷つけたくないと思ってきたクリースの提案だったから我慢している。

 さらに言えば、これは自分が口を出していいことなのか……。王殺しの話が出た時点で、アラガスタにはどうすることもできない。

 フェールの王族の問題であり、他国が干渉していいものではない。

「ですが、何も言わないで囮のように使われたとわかれば問題になると思いますよ」

 ネイトなりにクライスとの間を気にしてくれていると思いたい。けれど実際は城をスリアに任せて行くことに不安を感じているだけな気がする。

「そんなに心配なら、お前は置いて行くから安心しろ」

 本当はもともとスリアのために一緒に連れて行く気はない。何も起こすつもりはないが、何があった時にネイトまでいなくなったらスリアが困るだろう。

 アラガスタの民に何かあっても困る。正しい判断と、王であろうと戒める発言をすることができるネイトにそばにいてもらいたい。

「……本気で言っているんですか?」

 かなりむっとしているのがわかる。本当にネイトはわかりやすくて助かる。

 クライスにも、このくらい素直に感情を出せるようにさせてやりたいと思う。この点に関しては、兄弟揃ってという気もするが。

「本気だ。スリアを頼んだ」

「違いますよ! コール様まで行くなんて話はしていなかったでしょう!」

 確かにクリースには兵を貸してもらいたいと言われただけだ。けれどクライスを危険な目に合わせて、城で待っているのは落ち着かない。

 守ると決めた相手を危険に晒すなら、自ら助けに行かなくてはいけない。

「していなかったな」

「じゃあ……!」

「二年後にはこうなる」

 誰が何と言おうと、二年後には必ずスリアに譲位する。きっと反対する者が出てくることだろう。

 今回、しっかりと代わりを果たすことができれば、反対の声の数は間違いなく減るはずだ。しかし果たさせるためには、ネイトの助けが必要になる。

 都合よく利用する訳ではないが、いつか試さなければいけないことでもあった。

「……コール様にとって王とは、そんなにも手放したいものなのですか?」

「違うな」

 手放したいかどうかではなく、自らのものではないと強く感じる。もし叔父が圧政で民を苦しめなければ、そして民のために戦わなければ違ったのかもしれない。

 けれど王であるには、血で汚れ過ぎていると思う。アラガスタの民をどれだけ斬ってしまったのかと、昔は眠れない時もあった。

 国の中で戦をすると言うことは、守るべき者の命を奪うというこだ。これからのアラガスタには、自分よりもスリアの方が相応しいと強く思う。

「ただ単に向いていない。これに限る」

 ははっと笑うと、ネイトの眉間に深すぎるシワができる。

「ちゃんと無事に帰ってきてくださいよ。二年後までは必ず働いてもらいますからね」

 顔は怒っているが、今度は本当に心配してくれているらしい。

「了解した」

 最後の一枚にサインを終えて、今日の政務が終わった。スリアへ話すのはネイトに頼んで、部屋に戻ることにする。

 直接話したら、フェールの君に何てことをさせるのですか! と叱られてしまいそうだ。

 執務室から直接繋がっている渡り廊下を過ぎて、部屋の前に立つ。もうとっくに日を跨いでしまっている。

 静かにドアを開けると、小さな寝息が聞こえた。ベッドに腰かけると、重さで角度が変わったせいか、クライスが身動ぎしているのがわかる。

「んぅ……」

 小さな声が漏れて、微かに瞳が開くのが見える。

「コール……さ、ま?」

 眠そうなうとうとした声だった。そっと顔にかかる髪をよけてやると、手に頬を擦り付けてくる。

 無意識な仕草なのだろうが、本当に愛らしい。額に唇を落とすと、くすぐったそうにぴくりと体を震わせる。

「お帰りなさい」

 囁くような声と共に、クライスの腕が伸びてくる。首にぐっと重さがかかって、顔が下がる。

 柔らかい感触で唇が塞がれる。

「ふふ、お疲れ様です」

 唇と同じくらい柔らかい笑顔が広がって、また可愛らしい寝息が聞こえる。絶対にもう手放すことは不可能だろうと思う。

 フェールの王は、同じように思う王妃を失ったのだろうか。クライスを失ったら、自分をおかしくなってしまうのだろうか。

 横になると、当たり前のようにクライスの体が暖を求めるように寄って来る。そっと抱きしめると、体がさらに力が抜けて幸せそうな寝顔を見せてくれる。

「おやすみ、クライス」

 しばらくは見られなくなるであろう寝顔をじっと見つめる。夜明けまで、もう時間はさほどないだろう。

 いまが夏ではないことに少しだけ感謝して目を閉じた。
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