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第5章 謝意
33 目的地
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同じように馬を交換しながら進み、フェルダンから三日が過ぎた。そして宿でのリンクスの心配を無用と感じたのが、少し申し訳なくなっていた。
酔っぱらったポーリスが、夜中に押しかけて来て大騒ぎになった。宿泊客にも、宿主や働いている者にまで迷惑をかける結果になってしまった。
だから目的地に着くまでは、素直にリンクスの助言を聞くことにした。
「どうやら今日中に目的地に着くようです」
日が出る前に起きて、出発する準備をしているとリンクスが知らせを持ってくる。喜んでいいのか、まだ判断ができずにいる。
日の出の方向を見て、東がどちらかを把握する。フェルダンを出た時から、必ず確認していた。
おおよそフェルダンから北西に向かって進んでいるようだ。けれど地図を思い描いても、目的地になりそうなところが見当たらない。
「目的地は結局どこだったのですか?」
「いえ、それはまだ教えられていません」
酒を飲むと何でもぺらぺら喋るのかと思っていたが、変なところでポーリスは口が堅い。情報が欲しいと思っても、話すことはクリースへの悪口ばかりだ。
何を思って戻ってくるように言われたのかわからないだけに、全く先が見えない状態にいる。
「行きますよ」
リンクスの声と共に馬が動き出し、冷たい風が顔に当たる。たった十三日間で冷え込みがきつくなっている。
寒さのせいか自然と無言になっていると、明るくなった空に鷹が見える。大きな翼を広げてゆっくりと飛んでいる。
フェルダンを過ぎた日から、見かけるようになった。広葉樹林が多い地域だからだろうか。
鷹を見るとクリースが浮かぶ。笑わないクリースが鷹と一緒にいる時に、ふと柔らかい表情を見せたのを思い出す。
目で鷹を追っていたら、いつの間にか草原を抜けていた。そして岩山を迂回するように回ると、一気に視界が広がった。
「これは……」
鮮明に地図を思い描くが、この場所に建物なんてなかったはずだ。小さい小屋なら地図に載っていない可能性もある。
けれど目の前にあるのは小屋ではなく、立派な城だ。もっと近寄らなければわからないが、建築されたばかりにも見える。
「これでやっとゆっくりできると言うものですよ」
ふぅ、ふぅ、と息を乱しながら、ポーリスが安堵している。
「いつ建てられた城ですか?」
「約十年前から建て始めたものですよ。完成したのは半年くらい前ですね」
「何のために……」
「ははは、クライス様の知識欲は果てしないですな。王が余生を送るための城ですよ」
「余生って、でもまだ……」
「すでにマクス様が王位を継ぐ日も決定しているんですよ」
ポーリスが何を言っているのか、理解に苦しむ。まだクリースの生死だってはっきりしていないのに。
「言ったでしょう。あの男はすでに死んだと」
父である王が何を考えているのか、もうわからない。クリースに王位継承権を与えたのは、王自身のはずだ。
「まぁ、後のことは王に聞いてみたらいいでしょう」
「ここにいるんですか?」
「クライス様がアラガスタに向かってから、王はこちらに移動されましたよ」
「政務を放り出したと言うことですか?」
信じられなかった。王でありながら、国を放棄したということに等しい。
「いずれは私がマクス様の宰相になりますが、いまは王の宰相が代わりに働いているようですな」
マクスの宰相がポーリスと聞いて、絶望すら感じる。フェールを離れてから、まだ半年どころか二カ月も過ぎていない。
あまりにも変化が激し過ぎて、ずっと取り残されているような気分にさせられる。
「さぁ、着きましたよ。ここは地図にも載ることのない、王とクライス様の楽園です」
人を侮辱するようなポーリスの笑い声が耳に残る。こんなところが楽園のはずがない。
「クライス様、いいですか、ご自分の身を必ずお守りください。長くは待たせないはずですから」
呆然としていると、耳元でリンクスに囁かれる。何を言っているのか問い返そうとしたが、すでにリンクスは下馬していた。
「私はこれで」
すっと頭を下げると、手綱を馬番に渡して行ってしまう。急いで後を追おうとしたけれど、下馬するのに時間がかかって姿を見失った。
いつも左足が自分の邪魔をする。
「王が待っておりますぞ」
後ろを振りむことのないポーリスは、歩く速度をわかってくれていない。あっという間に距離が広がってポーリスの姿が城内に消える。
何だか必死に後を追うのも馬鹿らしく感じて、のんびりと歩きながら必死に考える。父は譲位までして、なぜ近くに町も何もない場所に住みたいのか。
さらに地図に載せることを禁じる程に隠したい城に、なぜ呼んだのか。味方ではなかったが、気遣ってくれていたリンクスがいなくなったことで途端に心細くなる。
ふっと地面に影ができて、上を見る。また鷹がゆっくりと頭上を飛んでいく。
「何をしているんです! 王を待たせるなんて失礼なことですよ!」
自由に飛ぶ姿がひどく羨ましく感じて、無意識に足を止めてしまっていた。城の扉から顔を覗かせたポーリスがイライラしているのを見て、少し気持ちがスッとする。
出迎えすらないのを見ると、働く者さえ制限しているのがわかる。見張りのものがいるのを見ると、規模はわからないが兵は駐屯しているのだろう。
リンクスは自分の身を守れと言ったが、何から守ればいいのかわからなかった。
酔っぱらったポーリスが、夜中に押しかけて来て大騒ぎになった。宿泊客にも、宿主や働いている者にまで迷惑をかける結果になってしまった。
だから目的地に着くまでは、素直にリンクスの助言を聞くことにした。
「どうやら今日中に目的地に着くようです」
日が出る前に起きて、出発する準備をしているとリンクスが知らせを持ってくる。喜んでいいのか、まだ判断ができずにいる。
日の出の方向を見て、東がどちらかを把握する。フェルダンを出た時から、必ず確認していた。
おおよそフェルダンから北西に向かって進んでいるようだ。けれど地図を思い描いても、目的地になりそうなところが見当たらない。
「目的地は結局どこだったのですか?」
「いえ、それはまだ教えられていません」
酒を飲むと何でもぺらぺら喋るのかと思っていたが、変なところでポーリスは口が堅い。情報が欲しいと思っても、話すことはクリースへの悪口ばかりだ。
何を思って戻ってくるように言われたのかわからないだけに、全く先が見えない状態にいる。
「行きますよ」
リンクスの声と共に馬が動き出し、冷たい風が顔に当たる。たった十三日間で冷え込みがきつくなっている。
寒さのせいか自然と無言になっていると、明るくなった空に鷹が見える。大きな翼を広げてゆっくりと飛んでいる。
フェルダンを過ぎた日から、見かけるようになった。広葉樹林が多い地域だからだろうか。
鷹を見るとクリースが浮かぶ。笑わないクリースが鷹と一緒にいる時に、ふと柔らかい表情を見せたのを思い出す。
目で鷹を追っていたら、いつの間にか草原を抜けていた。そして岩山を迂回するように回ると、一気に視界が広がった。
「これは……」
鮮明に地図を思い描くが、この場所に建物なんてなかったはずだ。小さい小屋なら地図に載っていない可能性もある。
けれど目の前にあるのは小屋ではなく、立派な城だ。もっと近寄らなければわからないが、建築されたばかりにも見える。
「これでやっとゆっくりできると言うものですよ」
ふぅ、ふぅ、と息を乱しながら、ポーリスが安堵している。
「いつ建てられた城ですか?」
「約十年前から建て始めたものですよ。完成したのは半年くらい前ですね」
「何のために……」
「ははは、クライス様の知識欲は果てしないですな。王が余生を送るための城ですよ」
「余生って、でもまだ……」
「すでにマクス様が王位を継ぐ日も決定しているんですよ」
ポーリスが何を言っているのか、理解に苦しむ。まだクリースの生死だってはっきりしていないのに。
「言ったでしょう。あの男はすでに死んだと」
父である王が何を考えているのか、もうわからない。クリースに王位継承権を与えたのは、王自身のはずだ。
「まぁ、後のことは王に聞いてみたらいいでしょう」
「ここにいるんですか?」
「クライス様がアラガスタに向かってから、王はこちらに移動されましたよ」
「政務を放り出したと言うことですか?」
信じられなかった。王でありながら、国を放棄したということに等しい。
「いずれは私がマクス様の宰相になりますが、いまは王の宰相が代わりに働いているようですな」
マクスの宰相がポーリスと聞いて、絶望すら感じる。フェールを離れてから、まだ半年どころか二カ月も過ぎていない。
あまりにも変化が激し過ぎて、ずっと取り残されているような気分にさせられる。
「さぁ、着きましたよ。ここは地図にも載ることのない、王とクライス様の楽園です」
人を侮辱するようなポーリスの笑い声が耳に残る。こんなところが楽園のはずがない。
「クライス様、いいですか、ご自分の身を必ずお守りください。長くは待たせないはずですから」
呆然としていると、耳元でリンクスに囁かれる。何を言っているのか問い返そうとしたが、すでにリンクスは下馬していた。
「私はこれで」
すっと頭を下げると、手綱を馬番に渡して行ってしまう。急いで後を追おうとしたけれど、下馬するのに時間がかかって姿を見失った。
いつも左足が自分の邪魔をする。
「王が待っておりますぞ」
後ろを振りむことのないポーリスは、歩く速度をわかってくれていない。あっという間に距離が広がってポーリスの姿が城内に消える。
何だか必死に後を追うのも馬鹿らしく感じて、のんびりと歩きながら必死に考える。父は譲位までして、なぜ近くに町も何もない場所に住みたいのか。
さらに地図に載せることを禁じる程に隠したい城に、なぜ呼んだのか。味方ではなかったが、気遣ってくれていたリンクスがいなくなったことで途端に心細くなる。
ふっと地面に影ができて、上を見る。また鷹がゆっくりと頭上を飛んでいく。
「何をしているんです! 王を待たせるなんて失礼なことですよ!」
自由に飛ぶ姿がひどく羨ましく感じて、無意識に足を止めてしまっていた。城の扉から顔を覗かせたポーリスがイライラしているのを見て、少し気持ちがスッとする。
出迎えすらないのを見ると、働く者さえ制限しているのがわかる。見張りのものがいるのを見ると、規模はわからないが兵は駐屯しているのだろう。
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