フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第5章・謝意 29 図書室

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「こちらになります」

 ドアを開けたユイアナが、横にどいて中を見せてくれる。視界に広がったのは、日の当たる図書室だった。

 本が日にやけてしまわないように、窓側にはテーブルと椅子が並んでいる。反対側の日の当たらないスペースに、たくさんの本が並ぶ。

 風通しをしているのか、カーテンがのんびりと揺れている。天井から日が入るとは言え、久しぶりの空以外の景色に感嘆する。

「本当に体調は大丈夫ですか?」

 図書室の前で立ち尽くしてしまっていると、心配そうに聞かれる。

「大丈夫。少し圧倒されていただけだから」

 フェールの城にも図書室はあるが、ここのように開けた雰囲気はなかった。ドアの横に立つ衛兵を横目に、そっと中に踏み出す。

 すると、体に微かな違和感がする。心なしか心音が上がった気がして、顔が熱くなる。

 コールを受け入れた場所に、まだ何か収まっているような変な感覚だ。昨日は一日、動くことができなくてベッドで過ごした。

 本当は昨日の時点で、図書室への入室許可をもらっていた。でも全く動けなかった。

 体が気怠くて、腰もかなり重たく感じた。声もかすれていたせいで、ユイアナが風邪をひいたのかもしれないと慌てていた。

 実際に何があったのかを説明することができなくて、体調が悪いことにしてしまった。

 中に入って全体を見渡すと、想像していたより奥行きがあり棚がたくさん並んでいるのがわかる。ひとまず近くの棚から背表紙を見ていくことにする。

 綺麗に装飾が描かれた背表紙を見ると、自然と口元が緩む。物語や詩集も好きだが、一番好きなのは図鑑だ。

 フェールにはない植物や動物、鉱物なども気になる。さらには図鑑ではないが、地図を見るのも好きだ。

「図鑑とかは置いてない?」

「ございますよ」

 ユイアナではない声に驚いて、慌てて振り向く。

「司書のリンクスと申します」

「あ……初めまして、クライスです」

 感じが悪い訳ではないのに、何だか落ち着かない。コールとユイアナ以外の人に会うのが、一ヶ月ぶりだからかもしれない。

 ネイトにすら、塔に案内されてから会っていない。

「図鑑はこちらですよ」

 声をかけられるまま、後を追う。そして疑問を感じる。

 なぜ振り向きもしないのに、杖で歩くペースに合わせられるのか。コールでさえ、初めて一緒に歩いた時は振り向いていた。

「後は私がいますので、大丈夫ですよ」

「いいえ、一緒にいるように言われていますので」

 きっぱりと答えるユイアナにリンクスはそうですかと頷いている。一瞬、どうしようか躊躇してしまう。

 けれど確かめなければいけない。

「ドアの前に人もいるし、僕なら大丈夫だから」

「ですが……」

「それにここで飲んでもいいなら、お茶をお願いしたい」

 視線をリンクスに向けると、視線が合った。予想が当たってしまったことに、気持ちが暗くなる。

「本のそばでなければ、構いませんよ」

「……では、すぐに用意してきます。くれぐれもクライス様から目を離さないでください」

 ユイアナの優しさから心配してくれているのだと思いたいが、監視も兼ね合いしているのだろう。珍しく早足になっている。

 部屋からユイアナがいなくなって、取り残されたような気分になる。

「急いで着替えてください」

 言われるがままに、渡された服に着替える。

「彼が代わりになって時間を稼ぎますので」

 二人きりだと思っていたら、棚の奥にもう一人いたらしい。自分によく似た髪の色をしている。

 手には数冊の本を持っていて、窓際のカーテンで隠れる場所に腰を下ろした。リンクスはすでに窓から外に出ている。

「杖は下に落としてください。体は私が支えますので」

 用意されていた梯子を見て、誰かにあやしまれなかったのか気になる。

「窓枠の塗り替え中なので、余程のことがなければあやしむ者はいません」

 考えていることを読まれたのか、聞く前に答えられてしまった。確かに地面を見ると、塗装材が入った容器と刷毛が転がっている。

 杖を投げ捨てることは簡単だった。でもいざ窓から出ようとすると、身体が固まる。

 もうコールと会えなくなる。

「急いでください!」

 強く言われるのと同時に、腕を引かれる。

「王が待っています」

 リンクスは司書だと言っていた。数年以上、本来の素性を隠して仕えていたことになる。

 いまクライスを逃がすということは、素性を知られることになる。アラガスタには同じように二度と戻れないということだ。

 アラガスタの情報を得るための貴重な人材を失ってでも戻るように言われたら、拒否することはできない。すぐに窓から身を乗り出して、梯子に足をかける。

 支えられない左足に体重をかける時は、リンクスの体が支えてくれる。背にコールではない熱を感じて、心が冷え切っていくような気がする。

 地面に下りると、木陰から二人の人が大きな衣装箱を持って現れる。いつ図書室に入れるかもわからないのに、毎日待機していたのだろうか。

 ひどく異常な気がして不安になってくる。

「窮屈で申し訳ないですがこちらに」

 杖を拾ってきてくれた男が、無言で衣装箱に入れている。

「アニタを出てから、私は合流します」

「あの、残ったあの人は……」

 身代わりに置いてきてしまった人の安全は確保されているのか聞こうとしたのに、無理矢理箱に詰められた。上から布がかけられて、すぐ蓋を閉められる。

 そして鍵をかけられる音がした。隙間から日が入っているとはいえ、薄暗い箱の中で聞けば一気に恐怖が襲ってくる。

 中から叩こうとすると、箱が大きく揺れて浮遊感に気持ち悪くなる。急いでいるからなのか、お世辞でも丁寧と言えない扱いだった。
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