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第4章 真意

25 動揺

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 いつまでも閉じ込め続けるわけにはいかないと、塔に向かう時にいつも考える。どうすればクライスを傷つけずに済むのかで、悩んでばかりいる。

 政務になら感情を切り離して、一番いいと思える方向に舵を取る。けれどクライスのことになると、どうも上手くいかない。

 スリアにだったら、簡単にこうすべきだと即決できる。スリアという人間の本質が全部ではなくても見えているからだ。

 逆にクライスは見えたと思った瞬間に、全てを隠してしまう。だからか判断が付かず、安全を確認できたらと言い訳を重ねてしまっている。

 自らの部屋に入るのに、少し躊躇する。昨晩の行いのせいで、気まずい気持ちも少しある。

 けれど気まずさ以上に、話さなければいけない事のせいで足が止まってしまう。泣く姿を見られたくなくて、馬車に飛び込む姿を思い出す。

 今回もきっと一人で感情を処理したいと思うのだろう。

「体調はどうだ?」

 ドアを開けて中に入りながら問うと、クライスの肩が微かに震えるのがわかる。やはり失敗したと思って、昨晩の自分を責めてやりたくなる。

「大丈夫です」

 返事はしてくれるが、クライスの視線がそっと外されるのがわかる。とてもいいとは言えない状況で、話さなければいけない事に頭が痛くなる。

 静かにソファーに座っている姿からは、怒りも非難も嫌悪も感じない。きっとこれがネイトの言う品位ある姿なのだろう。

 隣には座らず向かいに腰を下ろすと、クライスが肩の力を少し抜いたのがわかる。

「大事な話がある」

 真っすぐ顔を見て告げると、そらされていた視線がゆっくりとこっちを向く。いつもと雰囲気が違うことに気づいたのか、綺麗な顔が困惑しいてるのがわかる。

 こんなにもわかりやすいのに、なぜ瞬時に心が見えなくなるのか。

「フェールから使者が来た。クリース殿の行方がわからないらしい」

 何を言われたのかわからないというように、クライスがきょとんとした顔をしている。

「北部に向かった後、消息がわからなくなったらしい」

「え……? どういう……」

 クライスが動揺しているのがわかる。けれど元々、頭の回転が速いのだろう。

 何かを考える姿が見えたと思ったら、はっとした表情を見せる。

「セラスは! 従者のセラスはどうなったんですか?」

 取り乱すクライスに息を飲んだ。予想していなかった反応だ。

 いつもなら面白いと思うところだが、逆に不愉快にさせられる。実の弟の消息よりも、従者だった男の消息が気になるらしい。

「従者の話は聞いていない」

「そんな……」

 可哀そうなくらいに顔が白くなっていくのがわかる。余程大事な男だったらしい。

 フェールを離れる時に、抱き合っていた姿を思い出す。

「さ、探しに行かないと……」

 震える手で杖を掴み、急いで立ち上がろうとしている。思わず杖に置かれた手を押さえた。

 すると驚いた顔を見られる。まるでここにいたことを忘れていたような反応だ。

「行かせるわけにはいかない」

「んっ……!」

 怒りを込めた目で見られたが、夜のような高揚感は全くない。むしろ苦虫を嚙み潰したような気分だ。

 痛い程、手の下にあるクライスの手に力が入っているのがわかる。振り払いたい衝動を必死に我慢しているのだろう。

 長い沈黙の後、何かを諦めたように力が抜けて行く。ソファーに身を沈めた姿は、人形のようだ。

 隣に移動しても、何の反応も返ってこない。再び手を掴んで開かせても、抵抗はない。

「この箱を」

 開いた手の上に、飾り箱を置く。ぴくりと、小さな反応がある。

「これは……」

「フェールからだ」

「……そうですか」

 ゆっくりとクライスの瞳が箱を見つめている。しばらくの間ぼーっと箱をみてから、興味がなくなったようにテーブルに置いた。

「他に何かありますか?」

 隣でじっと見てしまっていたからか、クライスが首を傾げる。

「フェールの次の王はマクスという者らしい」

 クライスの眉間にシワが寄っていくのが見える。

「どんな人間だ?」

「……従弟です。今年八歳のお披露目を終えました」

 八歳のお披露目とは、フェールで慣習化したものだ。七歳までの子供は命を落としやすい。
 王族ともなれば、政敵に命を狙われることもある。だから王族に子が生まれても、七歳までは隠される。

 八歳になって初めてお披露目され、王子の立場を示す。王族を真似した貴族たちによって広まり、今では民も八歳の誕生日を盛大に祝うようになったらしい。

「あまり親しくはありませんが、大人しい優しい子だと記憶しています」

 なぜいまクリースが声をかけてきたのかわかった気がした。消去法で選ぶにしても、いまでなくてはいけない理由があった。

 ますます王が手を回してクリースを消したのではないかと思ってしまう。さらに不思議なのは、次の王がクリースでなくてもいいと思っているのかのようなクライスの様子だ。

 クライスには衝撃を受けている様子がない。眉間に寄せたシワも、驚いたというよりは思案している。

 ふっと顔に影がかかって、クライスの顔がそばにある。

「まだ質問をしますか?」

 前に言ったことを逆に聞き返される。

「なぜだ?」

「それも質問ですよ」

 ますます感情が見えなくなる。頬に触れられて、ひんやりとした指の感触にぞくりとした。

 翡翠色の瞳は少し潤んでいるようにも見える。頬から落ちた手が、肩に乗せられる。

 決意するように手に力が入って、肩に体重をかけられるのがわかった。クライスの顔が迫って、唇が触れ合うのを感じる。

 初めてのクライスからの口付けだったが、喜びよりも微かな失望を感じる。好意からではなく、自分の目的を達成するための手段だと嫌でもわかってしまう。

「そんなことをしなくとも、すでに北部に精鋭を向かわせた」

 距離を取るために、クライスから離れて立ち上がる。今夜は別の場所で休んだ方がいいだろう。

 部屋を出ようとすると、かすかな力で引かれる。クライスの指がぎゅっと服を掴んでいた。

「違います。その……一緒に、いてください」

 頬を染めて、震える指で呼び止められる。騙されているとわかっていても、騙されてしまいたいと思ってしまう。

 馬鹿なことであることも、プライドはないのかと罵られることであることもわかるのに、もう無理だった。

 クライスを抱き上げて口付けしながらベッドに運ぶ。倒れるように横になると、今度はクライスから唇を寄せてくる。

 口付けを深くすると、素直に舌を絡めてくるのを愛しく感じた。
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