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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第2章・アラガスタの王 14 見えた闇

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 貸し切りにされた宿の食堂に下りると、近衛騎士団長のキールが待ち構えていた。襲撃の件で話がしたいのだろう。

「酒でも飲むか?」

 あまりにも深刻そうな顔をしているキールを見て、力を抜くように伝える。正確に理解したのか、肩の力がぬけたのがわかった。

「いいえ、結構です。ただ、旅路の変更を提案します」

「必要ない」

「必要です。またあの者たちが来たら、誰かが命を落とす可能性もあります」

 確かに違う国とは言え、同じ近衛騎士同士が戦えば命を失う者が出る可能性は高い。だが、クリースは二度目の襲撃はないと鷹を飛ばして来た。

 普通なら伝書鳩を飛ばすところなのに、鷹であることに問題の大きさを感じる。狩猟のために、鷹を飼う貴人はたくさんいる。

 飛ばされた鷹も、狩猟用にクリースが飼っているものだろう。もしもの場合を考えて、手紙を届けられるように訓練したと考えられる。

 クリースの判断では、情報を届けるのに伝書鳩は飛ばせないということだ。もし飛ばしたら、射落とされる可能性があると……。

 王位継承権を奪われたが孤独ではなかった者と、与えられたことで孤独になった者……どちらがよりつらいのかと考える。クライスを国から出すことによって、唯一の頼れる相手を失ったはずだ。

「コール様、お願いですから自分を大事になさってください」

 すでに別のことを考えていたことがばれたのか、キールの顔がまた深刻になってしまった。ネイトと違って質が悪いのは、本当に身を案じてくれていることだ。

「お前もネイトに似て来たな」

 口うるさくなったと苦笑すると、ため息を吐かれる。

「誤魔化されませんよ」

 似て欲しくないところはどんどん似てくるのに、似て欲しいと思うところは全く変わっていない。キールほど頑固な者は知らない。

「何を言われても変更は必要ない」

「安全を考えて、絶対に変えるべきです」

「フェールからアラガスタへの道は決まっている」

 待ち伏せされたわけでも、旅路のルートを知られていたわけでもない。何より、クリースがないと言えばないはずだ。

 けれどキールに全てを話すわけにもいかない。話せばクライスを返そうと言い出しそうだ。

「変更して予定より早く城に着くなら好きにしろ」

「コール様……」

 頭が痛いと言うように、片手で顔を覆っている。当然と言えば、当然だろう。

 元々最短ルートを選んだのだから、不可能な要求だ。キールが黙ったのをいいことに、話を終わらせる。

 すぐにクライスのところに戻りたいところだが、マルカの管理をしている者に顔を出さなければいけない。普通なら向こうから来させるところだが、いまは目立ちたくない。

「他のことに関しては、お前に一任する」

 返事はないが、上手くやってくれるだろう。外に出ると、空気が冷え始めたのを感じる。

「コール様、こちらで良ければ」

 キールに外衣を差し出されて、素直に受け取った。歩き出すと、何も言わなくとも三人の近衛騎士が後ろをついてくるのがわかる。

 宿を貸し切りにしただけでも、どこかの貴族じゃないかと噂されるのが普通だ。もし貸し切りにしたのが王だとわかれば、面倒な騒ぎになるだろう。

 ここで騒ぎになれば、フェールにも伝わるはずだ。いまの状況のままなら、襲撃はクリースが言うように二度とない。

 逆に言えば、下手に問題を起こせば、相手に隙を与えることになる。再び襲撃される可能性が出て来てしまう。

 クリースに今日中に城を出なければ、二度とクライスは手に入らないと言われた時は半信半疑だった。けれど本当に襲撃されたことでクリースが抱える闇が見えてしまった。

 なぜ嘘までついてクライスを差し出したのか、わからないほど愚かではない。別にコールに差し出したかったわけではないのだ。

 ただ、条件に合う者がコールしかいなかった。

「消去法で選ばれたとはな」

 王になってから、こんな扱いを受けたのは初めてだった。思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 腹は立ったが、久しぶりに心底面白いとも思った。そして何より、選ばれたことに感謝していた。

「おい、頼みがある」

 後をついて来ていた近衛騎士の一人に声をかける。仮にも王が声をかけたと言うのに、聞こえなかったふりをしたいと顔に書いてある。

 買い物を頼むと、予想通り護衛を減らせないと断られた。王に忠実なのか、キールに忠実なのか……。

「ならば命令だ。買って来い」

 今日だけで、何度この顔を見ただろう。ネイトとキール、そして目の前の近衛騎士も絶望を感じさせる表情を見せる。

「早くしろ。店が閉まるぞ」

 言いながら銀貨をはじく。流石近衛騎士と言ってやるべきか、視界も暗くなっている中で瞬時に銀貨を掴んでいる。

「了解しました」

 心底嫌そうに了承されて、ネイトたちと一緒に不敬罪で裁いた方が良いのではないかと思ってしまった。
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