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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第2章・アラガスタの王 10 フェールの君
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アラガスタの国の守りが万石になったことで、コール・ヴァンレーは今年の祭りの模擬戦に参加する意味はもうないと判断した。決勝だけ観戦すれば十分だろうと。
本当なら昼を大分過ぎてから到着すれば良かったのに、朝からラルゴ平野にいる。初戦から観戦する気になったのは、フェールの王子である二人が参戦すると聞いたからだ。
開催国であるフェールは、昔から王子が成人するのと同時に模擬戦へ参戦させるのが風習になっている。けれど第一王子であるクライス・アルブレットは、十五を超えても参加する様子はなかった。
なぜ今年は? と疑問になって、王位継承権を持つ第二王子のクリース・アルブレットが十五歳になったと知った。
弟が参戦するのに、兄が参戦しないのは体裁が悪いと思ったのだろう。
「こちらにどうぞ」
頭を低く下げた者に、案内された席に座る。アラガスタではここまで深く頭を下げるのは、儀式の時くらいだろう。
フェールは良くも悪くも、昔からの慣例を重んじる国だ。自国を棚上げにするならば、子を多く残すことも王の仕事と言える。
しかしフェールでは妾を取ることを良しとしない。フェールの現王の妻である王妃は、第二王子を産んだ時に亡くなったと聞いた。
王妃亡き後、現王は再婚することなく、子も二人の王子だけだ。王妃を思うあまり、一時期心を壊していたとも聞く。
自然と王妃の話をすることは禁忌となっているらしい。けれど噂と言うのは、どこにでも生まれるものだ。
第一王子は亡き王妃に瓜二つだと……。王妃の顔は知らないが、クライスのことは見て知っていた。
直接会話を交わしたことはないが、毎年の祭りの最終日に遠くから何度も見た。杖を持ち、穏やかで綺麗な顔をした少年だった。
初めてクライスを見たのは五年前だった。十四歳で叔父によって父である王が亡き者にされ、王位を奪われた。
叔父から王位を奪い返すのに三年かかり、王に即位する頃にはアラガスタは国力を失い始めていた。いつ隣国であるフェールと二グズに攻め込まれてもおかしくなかったと思う。
だからこそ、アラガスタには完璧な王がいると知らしめなければならなかった。実際に戦をしたことがある者にしたら、模擬戦など遊びでしかない。
けれど遊びに興じる余裕がある国と思わせ、知のある者が治めていると、遊びでも思わせなければいけない状況だったのだ。もし五年前に攻め込まれていたら、アラガスタは地図から消えていただろう。
周りの三国は領土を広げる機会を逃し、アラガスタを大国にまでしてくれた。そして実際には窮地に追い込まれていた十七歳の時に、励ましてくれたのがクライスだった。
本人は励ましたつもりなどないだろうが、勝者にとフェールの花を贈ってくれた。花娘にもらった花冠より、嬉しく思い喜んだこともきっと知らないだろう。
遠くからでもわかる、まだ十三歳の少年からの真っすぐな憧れの視線は自信を与えてくれた。そして騎士から預かったと最初に渡された花は、記念にと栞にしていまでも大事にしている。
毎年、勝者にとクライスはフェールの花を贈ってくれた。直接渡してくれればいいのに、なぜかいつも見ていないところで騎士に花を預ける。
名前すら告げないで去って行くと騎士は言っていたが、クライスは自分が目立っていることをしらないのだろうか。告げなくても、クライスだとわからない人の方が珍しい。
ならばこちらから直接お礼を言おうとしても、宴にもパーティーにも出て来ない。遠くから見ているだけで、そばに行こうとすれば急いで去って行ってしまう。
生まれつきだという左足を、半ば引きずるように必死に去られては追うこともできない。フェールの花だけで繋がっている関係だった。
だからというわけではないが、花冠は持ち帰りもしないのに、クライスの花だけは必ず持ち帰った。おかげで妹のスリアには、今年もフェールの君から花を貰えて良かったですねとからかわれる始末だ。
けれど言い返せないのは、全ての花を栞やドライフラワーにして大事にしているからだった。
「先手、黒、二グズの第二王子ルーサー様、後手、白、フェールの第一王子クライス様」
十八歳になったクライスは、少し緊張しているのか表情が硬い。緩やかな風に揺らされる金色の髪は陽に当たり、透けるような透明感がある。
翡翠色の瞳は真っすぐに模擬専用の服を着た騎士たちに注がれている。初めて見た時から変わらない純粋で真っすぐな瞳だ。
すっかり大人になったというのに、幼さが残っているような気がするのは柔らかな雰囲気のせいだろう。綺麗な顔が少し笑むだけで可愛らしく変わり、目が放せなくなる。
どうしてかわからないが、クライスには手に入れたいと思わせられる何かがある。もし王子という立場ではなかったら、とっくにアラガスタに連れ帰っていたかもしれない。
「第一戦、勝者、白!」
勝利の声に一瞬だけクライスの瞳が輝いて、笑顔に変わる。そして後方に控えていた従者から杖を受け取り、控えの天幕に消えていく。
できるなら今年は勝者にと、クライスに花を贈らせてもらいたいと願う。
本当なら昼を大分過ぎてから到着すれば良かったのに、朝からラルゴ平野にいる。初戦から観戦する気になったのは、フェールの王子である二人が参戦すると聞いたからだ。
開催国であるフェールは、昔から王子が成人するのと同時に模擬戦へ参戦させるのが風習になっている。けれど第一王子であるクライス・アルブレットは、十五を超えても参加する様子はなかった。
なぜ今年は? と疑問になって、王位継承権を持つ第二王子のクリース・アルブレットが十五歳になったと知った。
弟が参戦するのに、兄が参戦しないのは体裁が悪いと思ったのだろう。
「こちらにどうぞ」
頭を低く下げた者に、案内された席に座る。アラガスタではここまで深く頭を下げるのは、儀式の時くらいだろう。
フェールは良くも悪くも、昔からの慣例を重んじる国だ。自国を棚上げにするならば、子を多く残すことも王の仕事と言える。
しかしフェールでは妾を取ることを良しとしない。フェールの現王の妻である王妃は、第二王子を産んだ時に亡くなったと聞いた。
王妃亡き後、現王は再婚することなく、子も二人の王子だけだ。王妃を思うあまり、一時期心を壊していたとも聞く。
自然と王妃の話をすることは禁忌となっているらしい。けれど噂と言うのは、どこにでも生まれるものだ。
第一王子は亡き王妃に瓜二つだと……。王妃の顔は知らないが、クライスのことは見て知っていた。
直接会話を交わしたことはないが、毎年の祭りの最終日に遠くから何度も見た。杖を持ち、穏やかで綺麗な顔をした少年だった。
初めてクライスを見たのは五年前だった。十四歳で叔父によって父である王が亡き者にされ、王位を奪われた。
叔父から王位を奪い返すのに三年かかり、王に即位する頃にはアラガスタは国力を失い始めていた。いつ隣国であるフェールと二グズに攻め込まれてもおかしくなかったと思う。
だからこそ、アラガスタには完璧な王がいると知らしめなければならなかった。実際に戦をしたことがある者にしたら、模擬戦など遊びでしかない。
けれど遊びに興じる余裕がある国と思わせ、知のある者が治めていると、遊びでも思わせなければいけない状況だったのだ。もし五年前に攻め込まれていたら、アラガスタは地図から消えていただろう。
周りの三国は領土を広げる機会を逃し、アラガスタを大国にまでしてくれた。そして実際には窮地に追い込まれていた十七歳の時に、励ましてくれたのがクライスだった。
本人は励ましたつもりなどないだろうが、勝者にとフェールの花を贈ってくれた。花娘にもらった花冠より、嬉しく思い喜んだこともきっと知らないだろう。
遠くからでもわかる、まだ十三歳の少年からの真っすぐな憧れの視線は自信を与えてくれた。そして騎士から預かったと最初に渡された花は、記念にと栞にしていまでも大事にしている。
毎年、勝者にとクライスはフェールの花を贈ってくれた。直接渡してくれればいいのに、なぜかいつも見ていないところで騎士に花を預ける。
名前すら告げないで去って行くと騎士は言っていたが、クライスは自分が目立っていることをしらないのだろうか。告げなくても、クライスだとわからない人の方が珍しい。
ならばこちらから直接お礼を言おうとしても、宴にもパーティーにも出て来ない。遠くから見ているだけで、そばに行こうとすれば急いで去って行ってしまう。
生まれつきだという左足を、半ば引きずるように必死に去られては追うこともできない。フェールの花だけで繋がっている関係だった。
だからというわけではないが、花冠は持ち帰りもしないのに、クライスの花だけは必ず持ち帰った。おかげで妹のスリアには、今年もフェールの君から花を貰えて良かったですねとからかわれる始末だ。
けれど言い返せないのは、全ての花を栞やドライフラワーにして大事にしているからだった。
「先手、黒、二グズの第二王子ルーサー様、後手、白、フェールの第一王子クライス様」
十八歳になったクライスは、少し緊張しているのか表情が硬い。緩やかな風に揺らされる金色の髪は陽に当たり、透けるような透明感がある。
翡翠色の瞳は真っすぐに模擬専用の服を着た騎士たちに注がれている。初めて見た時から変わらない純粋で真っすぐな瞳だ。
すっかり大人になったというのに、幼さが残っているような気がするのは柔らかな雰囲気のせいだろう。綺麗な顔が少し笑むだけで可愛らしく変わり、目が放せなくなる。
どうしてかわからないが、クライスには手に入れたいと思わせられる何かがある。もし王子という立場ではなかったら、とっくにアラガスタに連れ帰っていたかもしれない。
「第一戦、勝者、白!」
勝利の声に一瞬だけクライスの瞳が輝いて、笑顔に変わる。そして後方に控えていた従者から杖を受け取り、控えの天幕に消えていく。
できるなら今年は勝者にと、クライスに花を贈らせてもらいたいと願う。
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