36 / 38
好転する時
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇◆
それは突然の知らせだった。
「なあ。俺、明後日村出るわ」
「は? 何言ってんの?」
この異世界に転生してから、8年。
ずっと一緒に過ごして来た、まさとさんが村を出ると言った。
たしかに、アルソン村の様な田舎では15歳になると成人扱いされる。
実際、王国で定められた年齢は17歳だから、制限はつくけど。
高校生だった僕は、通り魔に刺されて死んだ。
あの時は、周囲に居た人達も斬りつけられていたから、もしかしたら他にも犠牲者は出ていたのかもしれない。
産まれて直ぐは理解出来なかったけど、目が見える様になってからは、異世界だと気付いた。
ファンタジー映画に出てきそうな妖精が飛んでいたり、不思議と文字が読めたり。
学校で流行ってた“異世界転生”って言うのは、こういう事なんだろうなと。
ただ、運は僕に味方していた。
隣に住む一家に、同じ転生者が居たんだ!
しかも日本人の。
どれだけ救われたか。年齢にそぐわない行動や言動も、常識や文化の違いに戸惑う自分も。全部まさとさんは、僕より先に体験していて、僕が困らない様に助けてくれた。
彼は直ぐに僕の憧れになった。
だから、言葉が上手く発声出来ない時も、感謝や好意を伝えたくて、必至で声を出した。
そうしているうちに、僕等は親よりも一緒の時間を過ごす様になったんだ。
笑ったら右にだけ出来るエクボ。
困った様に眉毛を下げて笑う姿。
落ち着いたトーンで寄り添ってくれる声。
雪みたいに真っ白で、全然日焼けしない肌。
サラサラと絹糸の様に、頬に落ちてくる琥珀色の髪。
シャンパン色にキラキラ光る、おっとりした瞳。
手を繋ぐ度に、ほっそりした指が折れないかドキドキした。
全部全部、魅力的で。気付けば、僕は彼の虜だった。
人前では「ルーカス兄」と、兄の様に慕い。2人だけの時は「まさとさん」と、僕の甘ったるい気持ちを込めて、何度も呼んだ。
両親や村長は、再三王都の学校へ行かないかと勧めてきたけど、断り続けた。
だって村を出たら、まさとさんに会えない。
きっと彼はずっと村に居る。
知識が豊富で、優秀な彼を人々の目から隠すのは大変だったけど、大丈夫。
僕が目立ち続ければ良い。
誰も彼の凄さに気付かない。
まさとさんがどんどん自信をなくしていく姿は、気の毒だったけど、同時に安心した。
ーー何も出来ない。
そう思わせれば、外になんか出て行かない。
この村には、僕より魅力的な奴なんか居ない。
だから、まさとさんは絶対に僕を選ぶ。
そうなるはずだった。
なのに、なのにーーーー
「何でっ! 何で急にっ」
「何でって、この前15になっただろ?
だから村を出て行くんだ」
「別にココで暮らせば良いじゃん!」
「えー、だって田舎だし。
それに去年だって、薪割りオヤジのとこの息子が旅に出たろ。
そんなもんだって」
「ムリ。絶対嫌だ。
だいたい、まさとさんがどうやってココ以外で暮らすの。
そんなに外が見たいなら、僕が連れてってあげる。だから待って」
床に寝そべって、テキトーに返事をしながら本を読む姿に腹が立って、乱暴に本を取り上げた。
ちゃんと僕を見ろ!
「おい、何すんだよ。ったく。
あのなぁ。お前を待ってたら、あと7年も辛坊しなくちゃならねーんだぞ?
待てるかよ」
「じゃあ2年!
僕が10歳になるまで待って」
「はあ? 10歳で親元を離れたら危ないだろ。おばさんが悲しむから、やめなさい」
「…んで、なんでっ!
まさとさんは、僕と離れて平気なの?
僕を捨てるの!?」
ダメだ。こんな言い方しても、説得出来るわけないのに。
もっと彼が苦手に思ってる事を指摘しなきゃ。じゃないと。
「翔」
「えっ」
「いいか。お前はムカつくぐらい良く出来たヤツだ。
俺がなるはずだった、転生チートも全部持ってきやがって。
……だから、ちょっとは周りも見た方がいい。お前はすごいんだから。
俺ばっかりに執着しないで。な?」
「チートなら僕と一緒にいた方が良いじゃん。お金だって稼ぐ。まさとさんに贅沢させるよ。何もしなくて良い。隣にいてくれたら、それでーーー」
それで僕は幸せになれるのに。
「ごめんな。
明後日は盛大に見送ってもらう事になってんだ。お前もしっかり見送ってくれよ?」
うそつき。嘘つき嘘つき嘘つき!!!
「おはよう、テオドール」
「ミル……」
「あの人、今日出て行くんですってね。
今あちこち挨拶に回ってたわ」
「そう」
「ひどいクマだわ。寝てないの?」
「……」
あの日から、毎晩まさとさんと一緒に寝て、ずっと起きて見張ってた。
こっそり夜中に出て行くんじゃないかと思って。
「まあ、まだ時間もあるし、仮眠でもしたら? あとこれ、パパから。いつでも婿にきて良いからな、だって」
渡されたのは、この辺では滅多に手に入らない焼き菓子の詰め合わせ。
まさとさん、甘い物好きだから喜ぶだろうな。
そうだ。一緒に食べよう。呼んで来なくちゃ。
「何処へ行くの?」
「別に関係ないだろ」
「ダメよ。挨拶回りを邪魔しちゃ。
それに大事な話もあるの。来月の農作物の割当よ」
「そんなの村長に言ってくれ」
「村長なら、もうすぐ此処へ来るわ」
「は?」
「テオドールの家で会議する事になってるの。私は内容が分からないから、パパの手紙を渡して返事をもらうだけだけど。
貴方は必要よ。精霊についての話らしいから、テオドールが居なきゃ話にならないでしょ?」
「……くそっ」
断ったら、アルソン村は窮地に立たされる。そうなれば、まさとさんの両親が困ってしまう。
「じゃあ、よろしくね」
早く、まさとさんに会わなきゃ。
最悪、魔法を使ってでも阻止する。
彼が村に居ないなら、一切村の為に力を使わないと宣言しよう。
そうすれば、村の大人だけでなく、村長自らも動くはずだ。
やっと終わった。
出立時刻まで、あと1時間。
急がないとっ!
「おばさんっ! ルーカス兄はっ」
「あらいらっしゃい。
ごめんなさいねぇ。あの子ったら、急にお別れするのが寂しくなっちゃったみたいで。
2時間くらい前に出てったのよ」
「………ぇ」
「まったく、ご近所に謝りに行かなきゃいけないのは、私なのに。困った子よねぇ」
「うそつき」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
足を踏み出して
示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。
一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。
そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。
それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる