26 / 38
恋の反乱
しおりを挟む
その日はアスファルトの上を殴るような音を出すような、車軸を流す豪雨だった。そんな中でも紫陽花はキラキラと輝くように、咲いていた。いよいよ梅雨の到来だった。空は陰気なグレー色で覆われ、心まで不快になるような暗さだった。そんな中、私はまた別室へ先生に呼ばれていた。今日は、音楽室だった。
「この前の指定校推薦の結果だが、M女子大の家政学部の合格ラインを見事に超えていた」
先生のその一言で体が震えるほど喜びがこみ上げた。
「本当ですか?」
頑張った甲斐があった。夢へ一歩近づけた。ちなみにM女子大の家政学部を希望していた者は、他に二人いたらしい。その三人の中で、どうにか高得点を取ることが出来た。
(やっぱり、他に志願者はいたんだ)
胸の中のドキドキは止まらなかった。だからといって、これで気を抜けない。第一歩踏み出したばかりなのだから。
「あぁ、しかし、これから国立大学を受験しようとしている者でやっぱり、指定校推薦に切り替えようとする者も出てくる」
その一言で今降っている大雨が、頭からかぶったような感覚になった。何が言いたいのかよく理解した。私なんかよりもっと優秀な者が、M女子大の家政学部に行きたい、指定校推薦を受けたい。そういう人が出て来たのならば、そちらへ指定校推薦が回ってしまう。
「ですよね……」
だから気を抜くな。先生の顔にはそう書いてあった。眉毛から厳しめな表情が伺える。本当にその通り。もう二週間程で期末試験も始まるし、しっかり頑張れと言いたいのだろう。
先生との面談が終わり、嬉しい反面、重い足取りで部屋を出た。教室へ向かおうと角を曲がろうとしたところで、「うそ!」と、大林さんと池田さんが大きな声を発しており、曲がるのを踏みとどまった。そっと聞きたて耳を立てる。
(この二人、なんだかんだで仲が良いんだな)
よく分かった。それよりも、何をそんなに大きな声を驚くことがあるのか気になった。
「久保田君……」
水道の近くには、久保田君が他の女子生徒と話をしていた。あの女の子は、隣のクラスの超絶美女だ。髪が長くサラサラでシャンプーのCMに出ている綺麗なタレントのように、圧するがごとく端麗な容姿だった。足もウエストも細い。制服のスカートからスラっと長い足が伸びていた。彼女のほうは真剣な眼差しで、久保田君を見つめている。安井さんだ。岩田さんや笹村さんよりも上回る美女だ。
「うそぉ」
「やだぁ」
池田さんと大林さんが、少し騒ぎ立てた。状況からしてすぐに察知した。自分でも表情が強張るのを感じた。久保田君は、安井さんからの告白を受け入れたと見た。久保田君がこめかみを掻きながら、口元を緩めているのが分かった。
(そっか、そういうことか)
あんな学年一の美女に告白されて、嫌な男の子なんていない。少しよろめきながら、胸がチクリと痛む。変な思いに駆られた。こんなに大きくショックなのは何故だろう。私には関係ないのに。こんな痛みを覚えたのは初めてだった。いじめられた時よりも、胸が痛いのは何故だろう。あの頃は私はどこか人間関係に諦めていた。どこか私は冷めたところがあった。いつも『どうせ卒業したら切れるんだから』といつも、心のどこかで思っていたし、分かっていた。池田さんや大林さんとは、同じ高校になってしまったが。
あの時だって、嫌で悲しくて仕方がなかったのに。別の虚しさと不快さが交差する。息苦しささえ感じたほどだ。
足元がおぼつかなくなっていると「あ、和田さんだ」と、二人が並んで言った。あれ以来話しかけたのは、初めてだった。いつの間にか踵を返し、こちらへ向かっていたようだ。
「こんなところで何してるの」
池田さんが不愛想に問う。
「あぁ、先生との面談が終わったばかりで」
「ふーん、M女子大の家政学部受けるんだっけ? この前、指定校の選抜試験受けてたよね。行けることになったんでしょ? おめでとう」
ふん! と声には出さないけれど仕草で表し、別の方向を向き、大林さんと歩きはじめる。
「なんであの子と久保田君が付き合うわけ?」
私のことにはもう、興味がないようだ。大林さんが池田さんとコソコソと話す。彼女ら二人は、久保田君に軽蔑されているのを知っているだろうし、実らない恋なのに。まだそこまで彼を思い詰めていたのか。
視界の端に久保田君と安井さんを捉え、見て見ぬふりをして教室へ入る。青ざめた顔で着席する私を見て、笹村さんと岩田さんが寄ってきた。
「どうしたの? 指定校取れなかった?」
心底心配して、笹村さんが私の顔を覗き込んだ。私は我に返り「え、ええと」と、戸惑いながら答える。
「一応、今のところは大丈夫なんだけど、他にM女子大の家政学部を受けたい子が他に出てきて、そちらが指定校を希望したとしたら、そっちを推薦することになるから気を抜くな。って……」
「そっか。そうなるよね」
最終決定は九月だけど、それまでにもっと難易度の高い大学を狙っている子がレベルを下げて、M女子大を狙うことになったら。そして、指定校推薦を受けたいと言ったら……。枠はそちらへなってしまう。一対今回のテストは何だったのだろうと言うことになるのだが。学校側としては、どれくらいの学力が伴っているのか知りたかったのだろう。
「きっと、大丈夫だよ。元気だして」
笹村さんがまだ蒼白の私の背中をさする。
「うん」
私が青ざめてるのは、その件ではないのだが、心の内を誰にも知られたくない私はぼんやりしていた。久保田君が教室へ戻って来た。私はサッと目を反らし、合わせないようにした。他の久保田君に憧れてた女子が彼の側へ寄って行く。
「やっぱ、安井さんと付き合うの?」
他の子達も、先ほどの一部始終を見ていたのだろう。噂は伝わるのは、早いものだ。微妙な顔をしたまま俯いていると、いつの間にか、次の授業の先生が教室へ入って来た。
「何やってるんだー! 席につけ!」
ガヤガヤとまだ喧騒に包まれていた教室内は、ようやく静かになり始めた。日本史の授業だった。今日はペリーが来航をきっかけに高まる倒幕運動について進めるそうだ。
(そう言えば、久保田君はこの前の指定校推薦抜擢は、どうだったのだろう)
別の日に彼は先生に呼ばれるのだろうか。チラリと、久保田君の方を一瞥すると、何故か彼も私のほうを見た。私は早急に視線を反らし、教科書に視線を移した。
「この前の指定校推薦の結果だが、M女子大の家政学部の合格ラインを見事に超えていた」
先生のその一言で体が震えるほど喜びがこみ上げた。
「本当ですか?」
頑張った甲斐があった。夢へ一歩近づけた。ちなみにM女子大の家政学部を希望していた者は、他に二人いたらしい。その三人の中で、どうにか高得点を取ることが出来た。
(やっぱり、他に志願者はいたんだ)
胸の中のドキドキは止まらなかった。だからといって、これで気を抜けない。第一歩踏み出したばかりなのだから。
「あぁ、しかし、これから国立大学を受験しようとしている者でやっぱり、指定校推薦に切り替えようとする者も出てくる」
その一言で今降っている大雨が、頭からかぶったような感覚になった。何が言いたいのかよく理解した。私なんかよりもっと優秀な者が、M女子大の家政学部に行きたい、指定校推薦を受けたい。そういう人が出て来たのならば、そちらへ指定校推薦が回ってしまう。
「ですよね……」
だから気を抜くな。先生の顔にはそう書いてあった。眉毛から厳しめな表情が伺える。本当にその通り。もう二週間程で期末試験も始まるし、しっかり頑張れと言いたいのだろう。
先生との面談が終わり、嬉しい反面、重い足取りで部屋を出た。教室へ向かおうと角を曲がろうとしたところで、「うそ!」と、大林さんと池田さんが大きな声を発しており、曲がるのを踏みとどまった。そっと聞きたて耳を立てる。
(この二人、なんだかんだで仲が良いんだな)
よく分かった。それよりも、何をそんなに大きな声を驚くことがあるのか気になった。
「久保田君……」
水道の近くには、久保田君が他の女子生徒と話をしていた。あの女の子は、隣のクラスの超絶美女だ。髪が長くサラサラでシャンプーのCMに出ている綺麗なタレントのように、圧するがごとく端麗な容姿だった。足もウエストも細い。制服のスカートからスラっと長い足が伸びていた。彼女のほうは真剣な眼差しで、久保田君を見つめている。安井さんだ。岩田さんや笹村さんよりも上回る美女だ。
「うそぉ」
「やだぁ」
池田さんと大林さんが、少し騒ぎ立てた。状況からしてすぐに察知した。自分でも表情が強張るのを感じた。久保田君は、安井さんからの告白を受け入れたと見た。久保田君がこめかみを掻きながら、口元を緩めているのが分かった。
(そっか、そういうことか)
あんな学年一の美女に告白されて、嫌な男の子なんていない。少しよろめきながら、胸がチクリと痛む。変な思いに駆られた。こんなに大きくショックなのは何故だろう。私には関係ないのに。こんな痛みを覚えたのは初めてだった。いじめられた時よりも、胸が痛いのは何故だろう。あの頃は私はどこか人間関係に諦めていた。どこか私は冷めたところがあった。いつも『どうせ卒業したら切れるんだから』といつも、心のどこかで思っていたし、分かっていた。池田さんや大林さんとは、同じ高校になってしまったが。
あの時だって、嫌で悲しくて仕方がなかったのに。別の虚しさと不快さが交差する。息苦しささえ感じたほどだ。
足元がおぼつかなくなっていると「あ、和田さんだ」と、二人が並んで言った。あれ以来話しかけたのは、初めてだった。いつの間にか踵を返し、こちらへ向かっていたようだ。
「こんなところで何してるの」
池田さんが不愛想に問う。
「あぁ、先生との面談が終わったばかりで」
「ふーん、M女子大の家政学部受けるんだっけ? この前、指定校の選抜試験受けてたよね。行けることになったんでしょ? おめでとう」
ふん! と声には出さないけれど仕草で表し、別の方向を向き、大林さんと歩きはじめる。
「なんであの子と久保田君が付き合うわけ?」
私のことにはもう、興味がないようだ。大林さんが池田さんとコソコソと話す。彼女ら二人は、久保田君に軽蔑されているのを知っているだろうし、実らない恋なのに。まだそこまで彼を思い詰めていたのか。
視界の端に久保田君と安井さんを捉え、見て見ぬふりをして教室へ入る。青ざめた顔で着席する私を見て、笹村さんと岩田さんが寄ってきた。
「どうしたの? 指定校取れなかった?」
心底心配して、笹村さんが私の顔を覗き込んだ。私は我に返り「え、ええと」と、戸惑いながら答える。
「一応、今のところは大丈夫なんだけど、他にM女子大の家政学部を受けたい子が他に出てきて、そちらが指定校を希望したとしたら、そっちを推薦することになるから気を抜くな。って……」
「そっか。そうなるよね」
最終決定は九月だけど、それまでにもっと難易度の高い大学を狙っている子がレベルを下げて、M女子大を狙うことになったら。そして、指定校推薦を受けたいと言ったら……。枠はそちらへなってしまう。一対今回のテストは何だったのだろうと言うことになるのだが。学校側としては、どれくらいの学力が伴っているのか知りたかったのだろう。
「きっと、大丈夫だよ。元気だして」
笹村さんがまだ蒼白の私の背中をさする。
「うん」
私が青ざめてるのは、その件ではないのだが、心の内を誰にも知られたくない私はぼんやりしていた。久保田君が教室へ戻って来た。私はサッと目を反らし、合わせないようにした。他の久保田君に憧れてた女子が彼の側へ寄って行く。
「やっぱ、安井さんと付き合うの?」
他の子達も、先ほどの一部始終を見ていたのだろう。噂は伝わるのは、早いものだ。微妙な顔をしたまま俯いていると、いつの間にか、次の授業の先生が教室へ入って来た。
「何やってるんだー! 席につけ!」
ガヤガヤとまだ喧騒に包まれていた教室内は、ようやく静かになり始めた。日本史の授業だった。今日はペリーが来航をきっかけに高まる倒幕運動について進めるそうだ。
(そう言えば、久保田君はこの前の指定校推薦抜擢は、どうだったのだろう)
別の日に彼は先生に呼ばれるのだろうか。チラリと、久保田君の方を一瞥すると、何故か彼も私のほうを見た。私は早急に視線を反らし、教科書に視線を移した。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
足を踏み出して
示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。
一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。
そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。
それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる