素敵な洋服を作りたい

大羽月菜

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恋の反乱

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 その日はアスファルトの上を殴るような音を出すような、車軸を流す豪雨だった。そんな中でも紫陽花はキラキラと輝くように、咲いていた。いよいよ梅雨の到来だった。空は陰気なグレー色で覆われ、心まで不快になるような暗さだった。そんな中、私はまた別室へ先生に呼ばれていた。今日は、音楽室だった。

「この前の指定校推薦の結果だが、M女子大の家政学部の合格ラインを見事に超えていた」

 先生のその一言で体が震えるほど喜びがこみ上げた。

「本当ですか?」

 頑張った甲斐があった。夢へ一歩近づけた。ちなみにM女子大の家政学部を希望していた者は、他に二人いたらしい。その三人の中で、どうにか高得点を取ることが出来た。

(やっぱり、他に志願者はいたんだ)

 胸の中のドキドキは止まらなかった。だからといって、これで気を抜けない。第一歩踏み出したばかりなのだから。

「あぁ、しかし、これから国立大学を受験しようとしている者でやっぱり、指定校推薦に切り替えようとする者も出てくる」

 その一言で今降っている大雨が、頭からかぶったような感覚になった。何が言いたいのかよく理解した。私なんかよりもっと優秀な者が、M女子大の家政学部に行きたい、指定校推薦を受けたい。そういう人が出て来たのならば、そちらへ指定校推薦が回ってしまう。

「ですよね……」

 だから気を抜くな。先生の顔にはそう書いてあった。眉毛から厳しめな表情が伺える。本当にその通り。もう二週間程で期末試験も始まるし、しっかり頑張れと言いたいのだろう。
 先生との面談が終わり、嬉しい反面、重い足取りで部屋を出た。教室へ向かおうと角を曲がろうとしたところで、「うそ!」と、大林さんと池田さんが大きな声を発しており、曲がるのを踏みとどまった。そっと聞きたて耳を立てる。

(この二人、なんだかんだで仲が良いんだな)

 よく分かった。それよりも、何をそんなに大きな声を驚くことがあるのか気になった。

「久保田君……」

 水道の近くには、久保田君が他の女子生徒と話をしていた。あの女の子は、隣のクラスの超絶美女だ。髪が長くサラサラでシャンプーのCMに出ている綺麗なタレントのように、圧するがごとく端麗な容姿だった。足もウエストも細い。制服のスカートからスラっと長い足が伸びていた。彼女のほうは真剣な眼差しで、久保田君を見つめている。安井さんだ。岩田さんや笹村さんよりも上回る美女だ。

「うそぉ」

「やだぁ」

 池田さんと大林さんが、少し騒ぎ立てた。状況からしてすぐに察知した。自分でも表情が強張るのを感じた。久保田君は、安井さんからの告白を受け入れたと見た。久保田君がこめかみを掻きながら、口元を緩めているのが分かった。

(そっか、そういうことか)

 あんな学年一の美女に告白されて、嫌な男の子なんていない。少しよろめきながら、胸がチクリと痛む。変な思いに駆られた。こんなに大きくショックなのは何故だろう。私には関係ないのに。こんな痛みを覚えたのは初めてだった。いじめられた時よりも、胸が痛いのは何故だろう。あの頃は私はどこか人間関係に諦めていた。どこか私は冷めたところがあった。いつも『どうせ卒業したら切れるんだから』といつも、心のどこかで思っていたし、分かっていた。池田さんや大林さんとは、同じ高校になってしまったが。
あの時だって、嫌で悲しくて仕方がなかったのに。別の虚しさと不快さが交差する。息苦しささえ感じたほどだ。
 足元がおぼつかなくなっていると「あ、和田さんだ」と、二人が並んで言った。あれ以来話しかけたのは、初めてだった。いつの間にか踵を返し、こちらへ向かっていたようだ。

「こんなところで何してるの」

 池田さんが不愛想に問う。

「あぁ、先生との面談が終わったばかりで」

「ふーん、M女子大の家政学部受けるんだっけ? この前、指定校の選抜試験受けてたよね。行けることになったんでしょ? おめでとう」

 ふん! と声には出さないけれど仕草で表し、別の方向を向き、大林さんと歩きはじめる。

「なんであの子と久保田君が付き合うわけ?」

 私のことにはもう、興味がないようだ。大林さんが池田さんとコソコソと話す。彼女ら二人は、久保田君に軽蔑されているのを知っているだろうし、実らない恋なのに。まだそこまで彼を思い詰めていたのか。
 視界の端に久保田君と安井さんを捉え、見て見ぬふりをして教室へ入る。青ざめた顔で着席する私を見て、笹村さんと岩田さんが寄ってきた。

「どうしたの? 指定校取れなかった?」

 心底心配して、笹村さんが私の顔を覗き込んだ。私は我に返り「え、ええと」と、戸惑いながら答える。

「一応、今のところは大丈夫なんだけど、他にM女子大の家政学部を受けたい子が他に出てきて、そちらが指定校を希望したとしたら、そっちを推薦することになるから気を抜くな。って……」

「そっか。そうなるよね」

 最終決定は九月だけど、それまでにもっと難易度の高い大学を狙っている子がレベルを下げて、M女子大を狙うことになったら。そして、指定校推薦を受けたいと言ったら……。枠はそちらへなってしまう。一対今回のテストは何だったのだろうと言うことになるのだが。学校側としては、どれくらいの学力が伴っているのか知りたかったのだろう。

「きっと、大丈夫だよ。元気だして」

 笹村さんがまだ蒼白の私の背中をさする。

「うん」

 私が青ざめてるのは、その件ではないのだが、心の内を誰にも知られたくない私はぼんやりしていた。久保田君が教室へ戻って来た。私はサッと目を反らし、合わせないようにした。他の久保田君に憧れてた女子が彼の側へ寄って行く。

「やっぱ、安井さんと付き合うの?」

 他の子達も、先ほどの一部始終を見ていたのだろう。噂は伝わるのは、早いものだ。微妙な顔をしたまま俯いていると、いつの間にか、次の授業の先生が教室へ入って来た。

「何やってるんだー! 席につけ!」

 ガヤガヤとまだ喧騒に包まれていた教室内は、ようやく静かになり始めた。日本史の授業だった。今日はペリーが来航をきっかけに高まる倒幕運動について進めるそうだ。

(そう言えば、久保田君はこの前の指定校推薦抜擢は、どうだったのだろう)

 別の日に彼は先生に呼ばれるのだろうか。チラリと、久保田君の方を一瞥すると、何故か彼も私のほうを見た。私は早急に視線を反らし、教科書に視線を移した。
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