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第三話 魔者の花嫁編
3ー46 ちゃぽん
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「おー」
一同が揃って声を上げる。
夕映えに燃えて裾野を広げるタオ山に、のどかなロロの街並みを見下ろす露天風呂は絶景であった。
セツはささっと体を洗い、かけ湯を済ませるといそいそと湯船に浸かり、「はぁ~」と声を漏らす。
この風呂を前にして入らぬのはもったいないと、残りの四人もセツに倣った。
「ロワメールー、泳ぐなよー」
セツは夢心地ながら、釘を刺すのを忘れない。
「泳がないよ!?」
ロワメールがギョッとすれば、思い出したようにジスランも弟に注意した。
「ジュールも泳ぐなよ」
「泳がないってば」
「なんだ、ジュールも泳ぐクチか」
セツに笑われ、ジュールが恨みがましく兄を睨む。
「泳ぎませんよ! 子どもの頃の話です!」
「そーだよ! 子どもの時と一緒にしないで!」
ジュールとロワメールが顔を赤くして、過去の暴露に抗議した。
それにセツ、カイ、ジスランまでもが笑う。
「五年前はユマ温泉に行ったし、あとソウヅで皇八島三大名泉制覇だな。この勢いで行くか?」
「どの勢い?」
冗談なのか本気なのかイマイチわからないが、セツは大層機嫌が良くて、ロワメールも嬉しくなった。
「行く時は、私もご一緒させてくださいね」
「ボクも行きたいです!」
カイとジュールがすかさず便乗する。
「おー、来い来い」
鷹揚に答えて、セツは目を閉じた。手足を伸ばして、湯を堪能する。
とろりとしたお湯はなめらかで、肌触りがよかった。
「セツ、ホント温泉好きだよねー」
「気持ちよくないか?」
「……気持ちいい」
セツの家も、もちろん王子宮の風呂も広い。だが、この開放感は露天風呂ならではだ。
(確かに、こんな風に入るのは、悪くないかもしれない)
のんびりと湯に浸かって、心も体も癒されて。
弛緩して、力の抜けたセツを見られるのも、温泉ならではだ。
昼と夜が混じり合い、朱色から濃紺色に重なる空に、一番星が輝き出す。
きっとこの空は、どんな絵画よりも美しい。――が。
(セツ。いつまで入ってるんだろう)
麓の街には灯りが灯り始め、じきに月も昇るだろう。
(どうしよう……熱くなってきた)
ロワメールはどうしても長湯が苦手だった。
他の者がのんびりと湯に浸かるのを横目に、のぼせる前にそそくさと一人退散する。
すると、扉の前でミエルがちょこんと座っていた。
「ひょっとして、ぼくを待ってたの?」
ミエルは、ロワメールの足にトンと頭をくっつける。ひとりぼっちで、寂しかったのかもしれない。
「ごめんね。ぐっすり寝てたから起こさなかったんだ」
健気な子ネコは、自分を抱く手にすりすりと頬を擦りつける。
「そうだ。ミエルにプレゼントがあるんだ。気に入ってくれるといいけど……」
荷物の中からゴソゴソと、射的で射止めた黒ネコのぬいぐるみを取り出した。
「ミエルのお友達にと思って、どうかな?」
突如目の前に現れた自分より大きな黒ネコに、ミエルは大慌てでロワメールの足の間に身を隠す。
「ええっと……怖くないよー」
ロワメールがぬいぐるみを触ってみせると、ミエルは恐る恐る近付いた。フンフンと匂いを嗅ぎ、今度は片手でチョイチョイと触りだす。
安全が確認できると、ミエルはあむあむとぬいぐるみに噛みついて遊びだした。
気に入ってくれたようで、なによりである。
夕飯は、高級旅館の名に恥じない豪華なものだった。テーブルいっぱいに並べられた数々の料理に舌鼓を打つ。
ロワメールは、特にトダ牛の陶板焼きが気に入ったようだった。柔らかく、肉の旨味がしっかりと感じられる。なにか隠し味があるのか、醤油ベースのタレも美味しく、ご飯が進んだ。
「お口に合われて、ようございました」
気持ちの良い食べっぷりに、女将のグレースも嬉しそうだった。
「美味しいです」
「ありがとうございます。料理長が腕を振るいましたので、存分にお楽しみください」
先付け、椀物、刺し身、煮物、焼き物、揚げ物と、次々と運ばれてくる。
一方セツ、カイ、ジスランは、酒を飲みながら料理を堪能していた。
「これ、美味しいですね」
「ロロの地酒にございます」
すっきりとした辛口の酒をカイが称賛すれば、グレースがにっこりと微笑んだ。
「生産量が少なく、他領には出回りませんが、味は折り紙付きでございます」
「どうりで、シノンでは見かけないはずだ」
いかにも味にうるさそうなジスランも、満足げに杯を運ぶ。
「地元酒造で作られており、お祭りやお祝い事など、ハレの日に飲まれて参りました。ロロを代表するお酒でございます」
目元をうっすらと朱に染めながら、伏し目がちにグレースは説明した。暴走することを恐れ、ジスランを直視することは避けている。
「お土産に持ち帰れますか?」
「ご用意いたします」
カイが誰への土産を求めたのか察し、途端にジスランは顔をしかめる。
彼の妹は、けっこうな酒豪だ。
(なんで仲良くできないんだろ)
不穏な空気を撒き散らす兄に、黙々と箸を進めながらジュールが嘆息する。
殺伐とした空気でせっかくの料理を台無しにしたくないので、和む話題を求めてジュールは視線を転じた。
「ミエル、食べてますか?」
話し合いの結果、ミエルには食事を与えることになった。魔力を糧とする魔獣に食事は必要ないが、普通のネコとして暮らすのに、それでは怪しまれてしまう。
最初こそキョトンとしていたミエルだが、食べ始めるとその美味しさに喜んだ。
「食べてるよー」
料理長自ら作ってくれた子ネコ用離乳食をはぐはぐと食べている姿に、ロワメールが目を細める。
「案外よく食うな」
こんなチビ助なのに、とその食欲にセツが感心した。
ミエルはお皿の中身を綺麗に平らげると、満足そうに毛繕いをし始める。
「全部食べられたの? いっぱい食べて偉いね」
褒められたのがわかったのか、しっぽをブンブン振って嬉しそうだ。
「うん。偉い偉い」
すると今度は、ロワメールの膝によじ登ろうと格闘しだす。
「可愛すぎて困るなー」
小さな体で奮闘する子ネコに、ロワメールはすでにメロメロだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
3ー47 本気スイッチ は12/13(金)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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セツはささっと体を洗い、かけ湯を済ませるといそいそと湯船に浸かり、「はぁ~」と声を漏らす。
この風呂を前にして入らぬのはもったいないと、残りの四人もセツに倣った。
「ロワメールー、泳ぐなよー」
セツは夢心地ながら、釘を刺すのを忘れない。
「泳がないよ!?」
ロワメールがギョッとすれば、思い出したようにジスランも弟に注意した。
「ジュールも泳ぐなよ」
「泳がないってば」
「なんだ、ジュールも泳ぐクチか」
セツに笑われ、ジュールが恨みがましく兄を睨む。
「泳ぎませんよ! 子どもの頃の話です!」
「そーだよ! 子どもの時と一緒にしないで!」
ジュールとロワメールが顔を赤くして、過去の暴露に抗議した。
それにセツ、カイ、ジスランまでもが笑う。
「五年前はユマ温泉に行ったし、あとソウヅで皇八島三大名泉制覇だな。この勢いで行くか?」
「どの勢い?」
冗談なのか本気なのかイマイチわからないが、セツは大層機嫌が良くて、ロワメールも嬉しくなった。
「行く時は、私もご一緒させてくださいね」
「ボクも行きたいです!」
カイとジュールがすかさず便乗する。
「おー、来い来い」
鷹揚に答えて、セツは目を閉じた。手足を伸ばして、湯を堪能する。
とろりとしたお湯はなめらかで、肌触りがよかった。
「セツ、ホント温泉好きだよねー」
「気持ちよくないか?」
「……気持ちいい」
セツの家も、もちろん王子宮の風呂も広い。だが、この開放感は露天風呂ならではだ。
(確かに、こんな風に入るのは、悪くないかもしれない)
のんびりと湯に浸かって、心も体も癒されて。
弛緩して、力の抜けたセツを見られるのも、温泉ならではだ。
昼と夜が混じり合い、朱色から濃紺色に重なる空に、一番星が輝き出す。
きっとこの空は、どんな絵画よりも美しい。――が。
(セツ。いつまで入ってるんだろう)
麓の街には灯りが灯り始め、じきに月も昇るだろう。
(どうしよう……熱くなってきた)
ロワメールはどうしても長湯が苦手だった。
他の者がのんびりと湯に浸かるのを横目に、のぼせる前にそそくさと一人退散する。
すると、扉の前でミエルがちょこんと座っていた。
「ひょっとして、ぼくを待ってたの?」
ミエルは、ロワメールの足にトンと頭をくっつける。ひとりぼっちで、寂しかったのかもしれない。
「ごめんね。ぐっすり寝てたから起こさなかったんだ」
健気な子ネコは、自分を抱く手にすりすりと頬を擦りつける。
「そうだ。ミエルにプレゼントがあるんだ。気に入ってくれるといいけど……」
荷物の中からゴソゴソと、射的で射止めた黒ネコのぬいぐるみを取り出した。
「ミエルのお友達にと思って、どうかな?」
突如目の前に現れた自分より大きな黒ネコに、ミエルは大慌てでロワメールの足の間に身を隠す。
「ええっと……怖くないよー」
ロワメールがぬいぐるみを触ってみせると、ミエルは恐る恐る近付いた。フンフンと匂いを嗅ぎ、今度は片手でチョイチョイと触りだす。
安全が確認できると、ミエルはあむあむとぬいぐるみに噛みついて遊びだした。
気に入ってくれたようで、なによりである。
夕飯は、高級旅館の名に恥じない豪華なものだった。テーブルいっぱいに並べられた数々の料理に舌鼓を打つ。
ロワメールは、特にトダ牛の陶板焼きが気に入ったようだった。柔らかく、肉の旨味がしっかりと感じられる。なにか隠し味があるのか、醤油ベースのタレも美味しく、ご飯が進んだ。
「お口に合われて、ようございました」
気持ちの良い食べっぷりに、女将のグレースも嬉しそうだった。
「美味しいです」
「ありがとうございます。料理長が腕を振るいましたので、存分にお楽しみください」
先付け、椀物、刺し身、煮物、焼き物、揚げ物と、次々と運ばれてくる。
一方セツ、カイ、ジスランは、酒を飲みながら料理を堪能していた。
「これ、美味しいですね」
「ロロの地酒にございます」
すっきりとした辛口の酒をカイが称賛すれば、グレースがにっこりと微笑んだ。
「生産量が少なく、他領には出回りませんが、味は折り紙付きでございます」
「どうりで、シノンでは見かけないはずだ」
いかにも味にうるさそうなジスランも、満足げに杯を運ぶ。
「地元酒造で作られており、お祭りやお祝い事など、ハレの日に飲まれて参りました。ロロを代表するお酒でございます」
目元をうっすらと朱に染めながら、伏し目がちにグレースは説明した。暴走することを恐れ、ジスランを直視することは避けている。
「お土産に持ち帰れますか?」
「ご用意いたします」
カイが誰への土産を求めたのか察し、途端にジスランは顔をしかめる。
彼の妹は、けっこうな酒豪だ。
(なんで仲良くできないんだろ)
不穏な空気を撒き散らす兄に、黙々と箸を進めながらジュールが嘆息する。
殺伐とした空気でせっかくの料理を台無しにしたくないので、和む話題を求めてジュールは視線を転じた。
「ミエル、食べてますか?」
話し合いの結果、ミエルには食事を与えることになった。魔力を糧とする魔獣に食事は必要ないが、普通のネコとして暮らすのに、それでは怪しまれてしまう。
最初こそキョトンとしていたミエルだが、食べ始めるとその美味しさに喜んだ。
「食べてるよー」
料理長自ら作ってくれた子ネコ用離乳食をはぐはぐと食べている姿に、ロワメールが目を細める。
「案外よく食うな」
こんなチビ助なのに、とその食欲にセツが感心した。
ミエルはお皿の中身を綺麗に平らげると、満足そうに毛繕いをし始める。
「全部食べられたの? いっぱい食べて偉いね」
褒められたのがわかったのか、しっぽをブンブン振って嬉しそうだ。
「うん。偉い偉い」
すると今度は、ロワメールの膝によじ登ろうと格闘しだす。
「可愛すぎて困るなー」
小さな体で奮闘する子ネコに、ロワメールはすでにメロメロだった。
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