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第三話 魔者の花嫁編
3ー37 大好き
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ミエルを手元においてやれと千草に言われ、ロワメールの心は大きく揺れ動いた。
「あやつはすでに、そなたを主と定めている。名を呼んでみるといい、銀の子どもよ」
「……ミエル」
千草に言われるまま、ロワメールは子ネコを呼ぶ。すると家の中を探検していた子ネコは、テテテテテッと早足でロワメールの下に戻ってきた。
ちょこんと足を揃えて座り、キラキラと光る目でロワメールを見上げる。
なあに? ぼくにご用? そう言わんばかりだった。
反則級の可愛さにロワメールが堪らず抱き上げると、抱っこだ! と嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
どこまで可愛ければ気が済むのか。
「そやつの王はそなたなのだ。諦めよ」
子ネコを抱くロワメールに、千草は諦観を促す。
「お前は、どうしたいんだ?」
「ぼくは……」
セツに聞かれ、ロワメールは言い淀んだ。
「ミエルは可愛いよ。可愛いけど、魔獣は飼えない。魔獣でなければ、ぼくだって……」
手放したくない。
喉まで出かかった言葉を、寸でに飲み込む。口にしてしまえば、後戻りできなくなる気がした。
「それにミエルは? ぼくに懐いてくれてるのは、魔主だって間違えてるからで、もしぼくが人間だってわかったら、ミエルは後悔するよ、きっと……」
言い訳を重ね、自分自身を無理矢理納得させる。
「我らは、人間とは違う。ひとたび誓えば、決して裏切ったりしない」
ロワメールはこの国の王子だ。たぶん望めば、ほとんどの願いは叶う。
だが、道理は弁えているつもりだった。
「ロワ様」
床に落ちた視線が、近付く長身の影を捉える。
主の足元に片膝をつき、側近筆頭が揺れる二色の瞳を見上げた。
「お望みがあるのなら、カイにお命じください。私が叶えてさしあげます」
「でも……」
「ロワ様は、その小さな命を救うことを、躊躇う様な方ではないはずです」
手元に置いても、魔法使いに見つかれば一巻の終わり。だからといって野に放しても、子ネコに未来はない。
(この子の、普通の魔獣としての一生を捻じ曲げた責任が、ぼくにはある)
どちらにしろ危険ならば。
「ぼく、ミエルを守ってあげたい」
「かしこまりました」
「いいの?」
側近筆頭の了承に、ロワメールは耳を疑った。
「それがロワ様の望みなら、なんとかするのが私の仕事です」
ニッコリと笑い、カイは立ち上がった。
「さて、セツ様。全ての属性の全ての魔法を使う最強の魔法使い。お願いがあります」
「俺?」
セツがきょとんとする。ロワメールの望みなら叶えてやりたいが、現状セツにできることはなにもない。
しかし、カイはとんでもないことをいとも簡単に頼んできた。
「この子ネコを、魔獣から、ただの子ネコにしてくださいませんか?」
いっそ清々しいほどの丸投げである。
だが、無理難題を押し付けられた方は堪ってものではなかった。
「無茶言うな。そんなこと、できるわけないだろう」
「おや、そうなんですか? でも、セツ様は全ての魔法が使えるんでしょう?」
「だから、そんな魔法は存在しないんだよ」
いかなセツとて、存在しない魔法は使えない。魔法は万能ではないのだ。
「なんと、これは私の勘違いでしたか。でも、おかしいですねぇ。世の中には、人間に化けて、愛しい女性と添い遂げようという魔者もいると聞きます。彼は一体どうやって、人間に化けたんでしょうね?」
「………………………」
ぽん、とセツが手を打つ。
「その手があったか!」
魔法なら、術式さえわかればセツには発動可能だ。
千草に術式を教えてもらうセツを横目に見ながら、ロワメールはカイを見上げた。
「みんなを騙せるかな?」
「騙すんじゃありません。無用な混乱を避けるだけです」
側近筆頭は、いけしゃあしゃあと詭弁を弄する。
「カイは、反対すると思った」
「そうですか?」
「うん。意外だった」
カイは主と並び、人と魔獣と魔者が共存する空間を眺める。
「魔族になにか、思うところがおありなんですよね?」
「バレてたか」
「当たり前です。私はロワ様の側近筆頭てすよ?」
ミエルが魔獣でも排除を望まず、千草を警戒もしない。そのロワメールの反応を、カイはセツの影響だと考えていた。
セツと過ごし、その知識を存分に注がれ、ロワメールは視野を広げている。その成長をカイは歓迎した。知識は宮廷を生き抜く武器足り得る。
――ぼくたちは、魔族についてあまりに知らなすぎる。
ロワメールはカイに、魔族の研究機関立ち上げの必要性を説いた。その発言を受け、王子宮はすでに動き出している。
(未開拓の分野で実績を上げれば、大きな功績となる)
そのためにはここで子ネコを見殺しにするより、生かした方が成功率が上がる。ロワメールはそういう青年だった。
「ロワ様に二度と会えないなんて、私なら、身を切られる思いですから」
「そういうことにしとく」
どうせなにか企んでるんだろうと、適当に流される。
「なんですか、それ? 本心ですってば」
魔族は人間の敵。例えその大前提があっても。
でも、もし、愛した人が魔族だったら?
そんな意味のない仮定が、カイの心に浮かぶ。
「……以前の私なら、反対したかもしれないですけどね」
色違いの瞳は黙って側近を一瞥しただけで、それ以上はなにも触れなかった。
かわりに、ロワメールはミエルを目の高さに抱き上げ、真剣に問いかける。
「ミエル、ぼくは魔族じゃない。魔力もない、ただの人間だよ。それでもいい?」
ミエルは緑色の目をクリクリさせると、首を伸ばし、ロワメールの鼻の頭にチュッとピンク色の小さな鼻をくっつけた。
これにはロワメールも顔をくしゃりとさせて、笑みが溢れる。抱きしめると、ミエルはスリスリと顔をこすりつけた。
言葉が通じない代わりに、ミエルは全身で愛情を表現してくれる。
ロワメールはそんなミエルが可愛くて仕方なかった。
「あ、でも、王さまって呼ぶのはやめてね。ぼくはロワメール。ロワでいいよ」
「にゃあ!」
誰が聞いているわけではないが、王さまと呼ばれるのは色々まずいし、落ち着かない。
「これからよろしくね、ミエル!」
ミエルはしっぽをブンブン振り、最大限に喜びを表していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
3ー38 絶体絶命王子様 は11/13(水)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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「……ミエル」
千草に言われるまま、ロワメールは子ネコを呼ぶ。すると家の中を探検していた子ネコは、テテテテテッと早足でロワメールの下に戻ってきた。
ちょこんと足を揃えて座り、キラキラと光る目でロワメールを見上げる。
なあに? ぼくにご用? そう言わんばかりだった。
反則級の可愛さにロワメールが堪らず抱き上げると、抱っこだ! と嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
どこまで可愛ければ気が済むのか。
「そやつの王はそなたなのだ。諦めよ」
子ネコを抱くロワメールに、千草は諦観を促す。
「お前は、どうしたいんだ?」
「ぼくは……」
セツに聞かれ、ロワメールは言い淀んだ。
「ミエルは可愛いよ。可愛いけど、魔獣は飼えない。魔獣でなければ、ぼくだって……」
手放したくない。
喉まで出かかった言葉を、寸でに飲み込む。口にしてしまえば、後戻りできなくなる気がした。
「それにミエルは? ぼくに懐いてくれてるのは、魔主だって間違えてるからで、もしぼくが人間だってわかったら、ミエルは後悔するよ、きっと……」
言い訳を重ね、自分自身を無理矢理納得させる。
「我らは、人間とは違う。ひとたび誓えば、決して裏切ったりしない」
ロワメールはこの国の王子だ。たぶん望めば、ほとんどの願いは叶う。
だが、道理は弁えているつもりだった。
「ロワ様」
床に落ちた視線が、近付く長身の影を捉える。
主の足元に片膝をつき、側近筆頭が揺れる二色の瞳を見上げた。
「お望みがあるのなら、カイにお命じください。私が叶えてさしあげます」
「でも……」
「ロワ様は、その小さな命を救うことを、躊躇う様な方ではないはずです」
手元に置いても、魔法使いに見つかれば一巻の終わり。だからといって野に放しても、子ネコに未来はない。
(この子の、普通の魔獣としての一生を捻じ曲げた責任が、ぼくにはある)
どちらにしろ危険ならば。
「ぼく、ミエルを守ってあげたい」
「かしこまりました」
「いいの?」
側近筆頭の了承に、ロワメールは耳を疑った。
「それがロワ様の望みなら、なんとかするのが私の仕事です」
ニッコリと笑い、カイは立ち上がった。
「さて、セツ様。全ての属性の全ての魔法を使う最強の魔法使い。お願いがあります」
「俺?」
セツがきょとんとする。ロワメールの望みなら叶えてやりたいが、現状セツにできることはなにもない。
しかし、カイはとんでもないことをいとも簡単に頼んできた。
「この子ネコを、魔獣から、ただの子ネコにしてくださいませんか?」
いっそ清々しいほどの丸投げである。
だが、無理難題を押し付けられた方は堪ってものではなかった。
「無茶言うな。そんなこと、できるわけないだろう」
「おや、そうなんですか? でも、セツ様は全ての魔法が使えるんでしょう?」
「だから、そんな魔法は存在しないんだよ」
いかなセツとて、存在しない魔法は使えない。魔法は万能ではないのだ。
「なんと、これは私の勘違いでしたか。でも、おかしいですねぇ。世の中には、人間に化けて、愛しい女性と添い遂げようという魔者もいると聞きます。彼は一体どうやって、人間に化けたんでしょうね?」
「………………………」
ぽん、とセツが手を打つ。
「その手があったか!」
魔法なら、術式さえわかればセツには発動可能だ。
千草に術式を教えてもらうセツを横目に見ながら、ロワメールはカイを見上げた。
「みんなを騙せるかな?」
「騙すんじゃありません。無用な混乱を避けるだけです」
側近筆頭は、いけしゃあしゃあと詭弁を弄する。
「カイは、反対すると思った」
「そうですか?」
「うん。意外だった」
カイは主と並び、人と魔獣と魔者が共存する空間を眺める。
「魔族になにか、思うところがおありなんですよね?」
「バレてたか」
「当たり前です。私はロワ様の側近筆頭てすよ?」
ミエルが魔獣でも排除を望まず、千草を警戒もしない。そのロワメールの反応を、カイはセツの影響だと考えていた。
セツと過ごし、その知識を存分に注がれ、ロワメールは視野を広げている。その成長をカイは歓迎した。知識は宮廷を生き抜く武器足り得る。
――ぼくたちは、魔族についてあまりに知らなすぎる。
ロワメールはカイに、魔族の研究機関立ち上げの必要性を説いた。その発言を受け、王子宮はすでに動き出している。
(未開拓の分野で実績を上げれば、大きな功績となる)
そのためにはここで子ネコを見殺しにするより、生かした方が成功率が上がる。ロワメールはそういう青年だった。
「ロワ様に二度と会えないなんて、私なら、身を切られる思いですから」
「そういうことにしとく」
どうせなにか企んでるんだろうと、適当に流される。
「なんですか、それ? 本心ですってば」
魔族は人間の敵。例えその大前提があっても。
でも、もし、愛した人が魔族だったら?
そんな意味のない仮定が、カイの心に浮かぶ。
「……以前の私なら、反対したかもしれないですけどね」
色違いの瞳は黙って側近を一瞥しただけで、それ以上はなにも触れなかった。
かわりに、ロワメールはミエルを目の高さに抱き上げ、真剣に問いかける。
「ミエル、ぼくは魔族じゃない。魔力もない、ただの人間だよ。それでもいい?」
ミエルは緑色の目をクリクリさせると、首を伸ばし、ロワメールの鼻の頭にチュッとピンク色の小さな鼻をくっつけた。
これにはロワメールも顔をくしゃりとさせて、笑みが溢れる。抱きしめると、ミエルはスリスリと顔をこすりつけた。
言葉が通じない代わりに、ミエルは全身で愛情を表現してくれる。
ロワメールはそんなミエルが可愛くて仕方なかった。
「あ、でも、王さまって呼ぶのはやめてね。ぼくはロワメール。ロワでいいよ」
「にゃあ!」
誰が聞いているわけではないが、王さまと呼ばれるのは色々まずいし、落ち着かない。
「これからよろしくね、ミエル!」
ミエルはしっぽをブンブン振り、最大限に喜びを表していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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