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第二話 ギルド本部編

2ー44 湖上の黒城13 玉座の間 こえー女

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 ドドドドドドドドドーーッ!!

 魔者の攻撃が、玉座の間を埋め尽くした。

 魔力の輝きと地を穿つ爆音が視覚と聴覚を奪い去る、果てしなく長い刹那の後。
 オドレイに覆い被さっていたシモンが、ずるり、と地面に滑り落ちた。

「シモン……?」

 ドサリと重い音を立てて、シモンの体が床に倒れ伏す。
「シモン?」
 呼びかけても、返事はなかった。静寂が恐怖を伴い、ザラリとオドレイの背筋を撫でた。

「ねえ、シモン……? シモンってば。返事してよ」
 固く閉じた瞼は、いくら呼びかけてもピクリともしなかった。
「こんな冗談よしてよ、目を開けて、……シモン!」
 肩を掴み、どれだけ揺さぶろうと、シモンは反応しない。
「いや……嘘よ……。嘘だって言ってよ!シモン!シモン!」
 地面になげだされた肢体に、オドレイは取りすがった。

 どれだけ名前を呼んでも、シモンは返事をしてくれない。
 どれだけ話しかけても、応えてくれない。いつもみたいに憎まれ口を返してくれない。笑ってくれない。
 ついさっきまで、いつもとかわらず悪態を吐いていたのに。
 どうして、シモンは目を開けてくれないの?
 抱き上げた体から、力を失った腕がダラリと垂れる。

「オドレイさん!」
 ランスが上空から急降下し、すぐさま防御魔法を発動させた。魔者の攻撃が止んだわけではない。
 こんな所で固まっていては、蜂の巣にされるだけだ。

「オドレイさん! 気をしっかり持って! 後退を!」
 その間も光球は容赦なく降り注ぎ、他の者は二人に近付けない。
「オドレイさん!」
 ランスが必死に呼びかけても、放心したオドレイには届かない。

「まずいな……」
 フレデリクが口の中で呻いた。
 戦場で戦意を失えば、死に直結する。
 このままシモンの死が確認されれば、オドレイまで失いかねない。そうなれば、戦力が大幅にダウンする。

 オドレイはシモンを抱きしめたまま、茫然と座り込んでいた。
「……ちゃんと、好きだって言えばよかった」
 ポロリと零れた呟きは、小さく細く、吐息のように震えて後悔が滲む。

 こんなことになるなら、ちゃんと伝えればよかった。
 言う機会は、いくらでもあったのに。
 ずっと、ずっと一緒だったのに。
 明日も明後日も、一年後も十年後も、ずっと一緒にいるものだと信じて疑わなかった。
 シモンのいない未来なんて、考えもしなくて。
 くだらない意地を張って、たった一言を伝え損ねた。
 涙が、静かに頬を伝う。

「……いまの、もっかい言って」

 その涙を、不器用な指が拭った。
 ひび割れた眼鏡の奥で、シモンの瞼がうっすらと開く。
「シモン……?」

「ぃったー、意識飛んでたわ……」
 額を押さえようと、シモンが右腕を持ち上げると激痛が走った。腕だけではない。意識が戻った途端、容赦ない痛みが全身を襲った。
「いっ……!」
 シモンは奥歯を噛みしめ、悲鳴を堪える。
 これ以上カッコ悪いところを、好きな女に見せてたまるか。

 けれどその決意は、瞬きの後には脆くも崩れ去ったのである。
「えーー」

 オドレイが泣いていた。
 人目も憚らず、声を上げて、あのオドレイがポロポロと涙を流しているのだ。
「オドレイ!?」
 シモンはギョッとした。傷の痛みも忘れて慌てふためく。
「な、ど、え、オ、オドレイ???」
 ふえええっと泣き続けるオドレイに、シモンはオロオロするしかできなかった。

 戦場のど真ん中には似つかわしくない光景だったが、一同はホッと胸を撫で下ろす。
 フレデリクは大きく安堵した。
(シモンに万が一のことがあったら、女の子達が保たなかっただろう)
 オドレイはもちろん、新人達は戦闘で仲間を失う経験をしていないはずだ。
 そうなっていたら、こちらは総崩れを起こしてしまう。

「フレデリクさん、このままじゃ……」
 同じ危惧をリュカも抱いたのだろう。低く耳打ちする声に、危機感がこもっている。
「わかってる」
 マスターがこの場にいない以上、責任はフレデリクにある。しかも渋るマスターを無理矢理説き伏せて、この有り様だ。もし一人でも欠ければ、顔向けできない。
 フレデリクは覚悟を決めた。



 オドレイはシモンに抱きしめられ、驚きのあまり涙が止まっていた。

「後でいくらでも文句は聞くから、今は泣き止め」
「………」
「心配かけてごめん」

 シモンはそれだけ言うと体を離し、すぐにランスの横に並んだ。
「ランス、悪い。世話かけた」
「大丈夫です。それよりシモンさんこそ、戦えるんですか?」
 彼らをずっと守ってくれていた後輩に礼を告げると、再び防御魔法を張る。シモンが意識を失っていた間も魔者の攻撃は続き、彼らが抜けた穴は、他の仲間達が埋めてくれていた。
「戦えなくても戦うさ」
 仲間に負担をかけた分、挽回せねば。

 まだ頭がフラフラする。体中がズキズキと悲鳴を上げている。右腕は使い物にならず、左手だけで魔法を支える。けれど、それがどうした。
 戦いもせず、むざむざ殺されるつもりはない。こちとら
魔法使いだ。

「オドレイ! 立て!」
「……っさい! バカシモン!」

 ゴシゴシと袖で涙を拭いて、オドレイは立ち上がりざま、魔法をぶっ放した。
 炎の刃が魔者の攻撃を蹴散らし、粉砕し、魔者の頬を斬り裂いた。
 黒い髪が、宙に舞う。
 魔者に届いた二撃目、だった。

「おのれ、女! よくも、我が君と同じ黒髪を……!」
「あら、ごめんあそばせ。それは、ちょっとしたご挨拶のつもりでしてよ?」
 魔者相手に一歩も引かず、オドレイは凄む。

「あたしのシモンを傷付けてくれたお礼は、たっぷりとさせていただくわ」
「こえー女」
 シモンがカラカラと笑った。

「それでこそ、おれのオドレイ」
 ひっそりと付け加えられた一言は戦闘音に掻き消され、隣に立つランスにしか聞こえなかった。
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