上 下
82 / 147
第二話 ギルド本部編

2ー41 湖上の黒城10 玉座の間 一級魔法使い

しおりを挟む
「レオぉ! よく見とけ! これが宿題の答えだ!」
 リュカの叫びざま、魔法が発動した。三方向から同時に橋が伸びて魔者の身動きを封じると、リュカは電光石火で攻撃に転身した。一本の橋に飛び乗るとその上を走り、一気に魔者との距離を詰める。

 黒城最上階、玉座の間。そこが、戦闘の舞台だった。
 吹き抜けの広い部屋は、下層階のような伽藍堂ではない。絢爛豪華な部屋には、毛足の長い絨毯やきらびやかなシャンデリアまであった。部屋の最奥には空の玉座が鎮座し、魔者はまるでその玉座を守るように宙に浮いて魔法使いの前に立ちはだかっていた。

「よくも可愛い後輩、いたぶってくれたなぁ!」
 振りかぶったリュカの右手に、再び魔力が集まる。硬い岩石に覆われ拳が、魔者に殴りかかった。
 当たったーーと思われた拳はしかし、易々と掌で受け止められてしまう。腕ごと封じたはずだが、すでに縛めは解かれていた。

「ぬるいな」
 小馬鹿にして見下す魔者に、リュカはニッと笑う。
「残念。本命はこっちだよ」
 左拳から、橋と同じ要領で土塊が伸び、完全に虚を突いて魔者の頬を抉った。

 白磁のごとき肌に傷がつけられ、魔者は咄嗟に掴んだ右拳を放り投げた。
「貴様、雑魚の分際でよくも……っ」

 忌々しげに舌打ちする。そんな様すら、ゾッとするほど美しかった。
 見る者の思考を痺れされ、溶かし、魅了するーーそれが魔者の美しさだった。
 力の強い魔者ほど、その姿は美しいとされている。ならば、この魔者はどれほどの力を秘めているのか。
 ぬばたまのごとく艶めく長髪は夜の闇より黒く、淡い灰色の瞳は見つめれば吸い込まれそうな錯覚に陥る。その身を包む華麗な黒い服は、魔者の美しさを一層引き立てた。

「その雑魚にやられた気分はどうだ?」
 受け身を取ってすぐさま立ち上がり、リュカはニヤッと不敵に笑った。

「退屈しのぎに遊んでやっていれば、調子に乗りおって」
 魔者は、頬を擦りながら怨嗟の声を上げる。リュカに傷付けられた右頬から、細く白い粒子が立ち上っていた。

「この機を逃すな! 撃て!」
 魔者のわずかな動揺も見逃さず、フレデリクが指示を飛ばす。
 すかさずシモンとオドレイが魔法を放ち、風魔法で上空から回り込んだランスが魔者の背後をつく。リーズとディアも負けじと続いた。

 魔法使いは扇形に陣を取り、魔者を取り囲んでいた。
 数の利を活かし魔法使いは攻めまくり、魔者からの反撃もフレデリクが完璧に防いでいる。しかし、それは魔者も同じであった。圧倒的な魔力量で多彩な攻撃を繰り出し、こちらの攻撃は見事に跳ね返す。魔者の防御は固く、誰もが攻めあぐねていた。
 そんな中、リュカが一撃を入れたのである。

「リュカさん、スゲェ」
 壁にもたれて荒い息を繰り返しながら、レオが感嘆の声を漏らした。脂汗を流しながら、時折痛みに顔を歪める。胸を押さえているのは、肋骨が折れたからか。

「だろ? 恐れ入ったか、ヒヨッコ」
 息を整えに後衛に下がり、滴る汗を手の甲で拭いながら、リュカがニヤリと唇を上げた。

「でも、なンで? さっきは自分で考えろって」
「ん? ああ、あのくらいなら教えてやるけど、レオがあんまり腑抜けてたし、すぐに聞きすぎだったから」
 アハハと罪のない笑顔で答えられ、レオはガックシと項垂れた。その瞬間に激しい痛みが走り、うぎゃあと呻く。
「レオ、痛むだろうが、歯ぁ食いしばって耐えろ!」
 遊撃手のように近接戦をこなすリュカも、体中傷だらけだった。戦場を動き回り、滝のような汗をかいている。

「あれはリュカだからできることだから、真似しないように」
 レオのそばに立つフレデリクが、釘を刺すのも忘れない。
 リュカは魔法使いにはめずらしい近接戦闘型で、戦闘スタイルは格闘に近い。炎司アナイスと同じく素の戦闘力が高く、そこに魔法で攻撃力を上乗せしているので、戦闘力だけならギルドでもトップクラスだった。
 だがそれは、並外れた身体能力と格闘技術あってのものである。一般的な魔法使いが真似しようと思ってできるものではなかった。

 かくいうフレデリクも、前衛、中衛、後衛と三重の防御魔法という荒業を発動しながら、陣頭指揮を取っている。

「さすがに、真似できるとは思ってませんよ」
 痛みに耐えながら、レオは力なく笑った。
 こんなザマで、どの口がそんな大言を吐けるのか。

「ーーレオ」
 顔を歪めるレオを、リュカがチラリと一瞥する。
「オレらの戦い方、目に焼き付けとけ」
 重傷のレオを慰めもしない。かと言って、責めも嘲りもしなかった。
 リュカは一言だけ言い残し、再び前線に戻っていった。



 レオが負傷して以降、戦闘は膠着状態だった。
 そこに、リュカが一撃を入れた。
(戦況が大きく動く……)

 フレデリクが後衛から戦場を見回す。
 シモンとオドレイは前線を維持していた。リーズとディアは、魔者におびえながらも果敢に戦っている。なにより復讐に駆られて猪突猛進するかと危惧していたランスが、指揮を乱さず冷静さを失っていないのは大きい。
 風と水の魔法を駆使し、二色持ちの強さをまざまざと見せつけていた。

 気掛かりなのは、その甘さだ。
 レオがやられた時、ランスはレオを助けることを優先した。攻撃の絶好の機会だったにも関わらず、だ。
(リュカが気に入りそうだ)
 内心で苦笑する。
 ランスは心の底から魔族を憎んでいるだろうに、それよりも仲間を守ることを選んだ。
 リュカは今後、きっとそんな青年を気に掛け、面倒を見るだろう。

(あの甘さを封じさせ、攻撃に注力させれば、戦力として申し分ない)
 それに、ランスだけではない。
 フレデリクは、戦場を縦横無尽に駆け回るリュカに視線を転じた。

 リュカは、戦闘の主砲とて十二分に働いてくれている。
 魔力の削り合いのような戦いの中で、リュカが投じた一石で、変化が生じるだろう。
 魔者に傷を付けた。
 それにより、戦局が大きく動くはずだ。

(だが、勝機はある)
 魔者が動くなら、こちらも駒を進めるのみ。
 フレデリクはリュカを後衛に下がらせ、自身は中衛に進んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

双子の姉は『勇者』ですが、弟の僕は『聖女』です。

ミアキス
ファンタジー
僕の名前はエレオノール。双子の姉はレオノーラ。 7歳の〖職業鑑定〗の日。 姉は『勇者』に、男の僕は何故か『聖女』になっていた。 何で男の僕が『聖女』っ!! 教会の神官様も驚いて倒れちゃったのに!! 姉さんは「よっし!勇者だー!!」って、大はしゃぎ。 聖剣エメルディアを手に、今日も叫びながら魔物退治に出かけてく。 「商売繁盛、ササもってこーい!!」って、叫びながら……。 姉は異世界転生したらしい。 僕は姉いわく、神様の配慮で、姉の記憶を必要な時に共有できるようにされてるらしい。 そんなことより、僕の職業変えてくださいっ!! 残念創造神の被害を被った少年の物語が始まる……。

転生先は水神様の眷属様!?

お花見茶
ファンタジー
高校二年生の夏、私――弥生は子供をかばってトラックにはねられる。気がつくと、目の前には超絶イケメンが!!面食いの私にはたまりません!!その超絶イケメンは私がこれから行く世界の水の神様らしい。 ……眷属?貴方の?そんなのYESに決まってるでしょう!!え?この子達育てるの?私が?私にしか頼めない?もう、そんなに褒めたって何も出てきませんよぉ〜♪もちろんです、きちんと育ててみせましょう!!チョロいとか言うなや。 ……ところでこの子達誰ですか?え、子供!?私の!? °·✽·°·✽·°·✽·°·✽·°·✽·° ◈不定期投稿です ◈感想送ってくれると嬉しいです ◈誤字脱字あったら教えてください

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

英雄の孫は見習い女神と共に~そしてチートは受け継がれる~

GARUD
ファンタジー
 半世紀ほど前、ブリガント帝国は未曾有の危機に陥った。  その危機を救ったのは一人の傭兵。  その傭兵は見たこともない数々の道具を使用して帝国の危機を見事に救い、その褒美として帝国の姫君を嫁に迎えた。  その傭兵は、その後も数々の功績を打ち立て、数人の女性を娶り、帝国に一時の平和を齎したのだが──  そんな彼も既に還暦し、力も全盛期と比べ、衰えた。  そして、それを待っていたかのように……再び帝国に、この世界に魔の手が迫る!  そんな時、颯爽と立ち上がった少年が居た!彼こそは、その伝説の傭兵の孫だった!  突如現れた漆黒の翼を生やした自称女神と共に、祖父から受け継がれしチートを駆使して世界に迫る魔の手を打ち払う!  異色の異世界無双が今始まる!  この作品は完結済の[俺のチートは課金ショップ?~異世界を課金アイテムで無双する~]のスピンオフとなります。当たり前ですが前作を読んでいなくても特に問題なく楽しめる作品に仕上げて行きます

弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜

秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。 そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。 クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。 こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。 そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。 そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。 レベルは低いままだったが、あげればいい。 そう思っていたのに……。 一向に上がらない!? それどころか、見た目はどう見ても女の子? 果たして、この世界で生きていけるのだろうか?

レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル 異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった 孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。 5レベルになったら世界が変わりました

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...