上 下
80 / 116
第二話 ギルド本部編

2ー39 湖上の黒城8 三階 ボクにしかできないこと

しおりを挟む
 無事に魔獣を倒したロワメールとジュールは、部屋をいくつか進んだ先で、テーブルに置かれた檻を見つけた。

「王子様!?」
 檻に閉じ込められた三級魔法使いダニエルが、驚愕の声を上げる。いくら司との話し合いでギルドにいるとはいえ、救助隊に王子様が加わっているなんて誰が想像できようか。
「すぐに檻を壊します。待っていてくださいね」
 ジュールは、腰を抜かしている男に同情した。貴族にとってすら王族は雲上人、平民にとっては現人神そのものだ。

「この檻も、魔法で作られているみたいですね」
 ジュールは太い檻を手で触りながら、感触を確かめた。金属のような見た目をしているが、金属特有の冷たさはない。
 檻には鍵どころか扉すらなく、力尽くで破壊するしかなさそうだった。

「すみません。私では破れなくて」
 ダニエルが、恥ずかしそうに謝罪する。
 粗野な檻だが、これは魔者が作ったものだ。三級魔法使いの手に負える代物ではなかった。

「ぼくの刀で斬れるかな?」
 ジュールの隣で檻を確認しながら、ロワメールが呟く。
「試してみますか? 無理ならボクがなんとかしますから」
「……うわー、上から」
「そ、そんなつもりじゃなくてですね!? これは魔法使いの領分っていうか! 魔力絡みだし、それならボクが頑張るべきだと思って!」
 焦って言い訳するジュールの耳に、クスリ、と笑い声が聞こえた。
 見れば、ロワメールがクスクスと笑っている。
 揶揄われたらしい。

「さあ、ご立派な一級魔法使いも檻の中の貴方も、ちょっと離れてて」
 ロワメールは刀の柄を握り、腰を落とした。
 数度呼吸を整え、目にも止まらぬ早業で、一閃。魔剣の刃は魔力の檻を斬り裂いた。そのまま刃を返し、人ひとり通れる隙間を作る。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 ジュールの手を借りながらダニエルが檻から解放されると、ゴゴゴッと低い唸りが辺りに響いた。
「ひえっ!?」
 恐怖に座り込むダニエルを守り、ロワメールとジュールが臨戦態勢を取った。
 しかしテーブルが床に沈み込んだ他は、なにも起こらない。

「……ああ、なるほど。そういうことか」
 しばしの沈黙の後、警戒を解き、ロワメールが思慮深く言葉を選んだ。
「今まで壁だった所に急に部屋ができたのは、たぶんこれだよ。ぼく達と一緒にここに飛ばされた魔法使いが、三級の人達を助けたんだ」

「でも、どうしてわざわざ攫った三級の人達を救出させるんでしょう?」
 ロワメールの推測に納得しながら、ジュールが疑問を挟む。
「それは……なんでだろう?」 
 魔者の行動は、あまりに不可解だった。狙いが三級を助けに来た一級だとしたら、何故このタイミングで攻撃してこないのか?

 罠と言えるのは迷路のような城内と、魔獣の襲撃だけだ。
 魔者の城として、全体的になるいのである。
 魔者の目的が全く掴めなかった。
 これだけの城を作っておいて、なにがしたいのか。
 消耗させることが目的と言うより、裏になにか大きな企みがありそうな気がしてならない。
 ロワメールとジュールは顔を見合わせ、溜め息を吐いた。

「考えても、答えはでないね。今はそれより、他の人との合流を優先しよう」
 ロワメールに促され、ジュールはへたり込んだままのダニエルに手を貸して立ち上がらせた。可哀想に、三級魔法使いはよほど恐ろしかったのだろう。ビクビクとおびえて周囲を見回している。

「今のところ魔獣はいないみたいだから、心配いりませんよ」
 ジュールはダニエルを安心させようとしたのだが、効果はなかった。何故なら、ダニエルがおびえているのは魔族ではなかったからだ。

「……魔法使い殺しは、王子様と一緒ではないんですか?」

 先程までの穏やかな雰囲気が、ヒヤリと底冷えするものにかわる。
 ロワメールはふいと顔を背け、もはやダニエルには見向きもしなかった。
 こんな場面ですらセツを魔法使い殺しと恐れる魔法使いに、ロワメールは怒りを通り越して失望すら覚える。
 あの模擬戦以降、目に見えて魔法使いの態度はかわったが、全体を通してみればほんの一部の人間にすぎず、一朝一夕にギルドの体質がかわるわけもない。

「ダニエルさん。ロワメール王子殿下の名付け親であるマスターを、その呼称で呼ぶのは失礼ですよ」
 ジュールが貴族として、王族への礼儀を伝えていた。
 ロワメールがふと気付く。
 さっき『秋雲』で会った魔法使いは、誰もセツを魔法使い殺しとは呼ばなかった。
(もしかして、ジュールが?)

 微笑みながらも、ジュールはダニエルに強く訂正を求めている。ロワメール個人の感情の問題ではなく、王族の名付け親であると強調し、注意を促していた。
「それにマスターは、捕われた人達を助けに来ているんです」
 一級の立場と貴族の身分を最大限に活かし、やんわりと非難する。
「たいへん失礼致しました!」
 ジュールに指摘され、ダニエルは深く腰を折って謝罪した。

(殿下はきっと、こんな思いをずっとされてきたんだ……)
 ジュールは胸に、チクチクとした痛みを覚える。

 本部に滞在する一級魔法使いの面々には伝えたが、新人であるジュールが、面識のない二級三級魔法使いにまで、マスターを魔法使い殺しと呼ばないで欲しい、とはさすがに言えなかった。
 一級魔法使いがセツをマスターと呼ぶようになれば、おのずとその呼び名が浸透すると考えたが、それには時間がかかりそうだった。

(魔法使いであり貴族であるボクの立場は、ひょっとしたら殿下にとって、すごく有益なんじゃないだろうか……)
 魔法使いでありながら、伯爵家次男の肩書きがあれば、どちらの立場からでも、あるいは両方の肩書きがあるからこそ、殿下のお力になれる場面があるのではないか。

(ボクにしか、できないことがある……?)

 貴族の身分を持った魔法使いは、ジュール一人ではない。兄姉をはじめ、風司もそうだ。他にも多くいる。
 それでも。
 その可能性に、ジュールの胸はドキドキと高鳴り続けた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。

三月べに
恋愛
 事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。  離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。 「やったぁー!!!」  儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。  元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。  耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。  迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。 (なろうにも、投稿)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

処理中です...