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第二話 ギルド本部編
2ー24 カイとジル
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ジルは、差し出された手をマジマジと見つめていた。
自分の怖がりがバレているとは露ほども思わず、怪訝さと不可解さがない交ぜになった表情で、手の意味を考えている。
「怖いので、手を繋いでもらえませんか?」
そんなジルに、エスコートを申し出るかのようにカイは告白した。
「怖い……?」
「苦手なんです」
躊躇いない言葉がよほど意外だったのか、ジルは差し出された手とカイの顔を交互に見比べる。
しばらくの逡巡の後、おずおずと細い手が重ねられた。
「……実は私も、あまり得意ではない」
「私と一緒ですね」
ジルの本音をさらりと受け止め、カイは優しく微笑んだ。
葉擦れの音が鳴る度、木々の影が揺らぐ度、繋ぐ手にギュッと力が入った。
カイは、ジルの不安を少しでも和らげようと、細く柔らかい手をしっかりと握る。
資料棟は暗くシンと静まり返り、わずかな月明かりと、手元のランプだけが弱々しく辺りを照らした。まるで肝試しをしているかのようだ。
「建設的な話に付き合ってもらえますか?」
カイは右手にランプを、左手にジルの手を掴み、及び腰のジルに合わせてゆっくりと廊下を歩いていく。
「ジル殿は、幽霊に遭遇したことは?」
ジルはとんでもない、とブンブンと首を振った。幼子のような仕草が妙に可愛い。
「あるわけないだろう!」
「そうですか。私も会ったことがなくて。周りにも実際に見た、という人間はいないんですよね。たぶん会うこと自体、極めて稀なんじゃないでしょうか?」
「それは、そうかも……」
冷静な分析に、ジルも幾分安堵を覚える。
「では、まず相手はどんな姿なのでしょう?」
「どんな? そ、そうだな……足がない……?」
ジルが、由緒正しい幽霊の姿を思い浮かべた。
「あと、体が透けていて、白い着物で」
「ふむふむ。足が短くて存在感が薄いと」
「あとは……うらめしや」
「それだけしか言わないんですか? なんて語彙力のない」
カイが顔を顰めてダメ出しをすれば、ジルは堪らず笑い出した。
「カイ殿、さっきから、それは悪口だぞ」
「おや、そうですか? おかしいですねぇ。私は事実を端的に表現しただけですが」
真面目な顔をして不謹慎なカイが、ジルにはおかしくて仕方ないらしい。クスクスと笑う。
「では次に、極めて稀ですが、万一遭遇した場合の対処方法を考えましょう」
ひとつずつ部屋を覗きながら、お目当ての資料が保管されている部屋を探した。なにぶん暗くてわかりづらく、昼間のようにはいかない。
「私は平和主義者なので、できれば話し合いで解決したいのですが、そもそも彼らの目的は? そこいらにプカプカ浮いてるだけですか?」
そんなクラゲみたいな感じではないだろう。
「この世に未練や怨みを残してるんだ。それを晴らそうとするんじゃないだろうか?」
どんな質問にも真摯に対応するのは誠実なジルらしいが、カイはカイで彼らしい反応を返した。
「誰がどう怨めしいのかはっきり言ってくれないと、対応できないじゃないですか。単なるクレーマーですか?」
「幽霊はクレーマーか?」
どうにもカイは、いちいち感覚がズレている。おかげでジルはずっと笑わされてばかりだ。
「ん? なら、私達は無関係だから、なんの害もないのでは?」
「違うぞ、カイ殿。彼らは誰彼なしに襲っくるから厄介なんだ」
「ふむ。戦闘もやむなしとなれば、私の剣とジル殿の魔法で問題ないのでは?」
「物理攻撃は無効だろう。相手は壁もすり抜けるんだぞ!」
ジルは至って本気である。幽霊を信じる信じないは人それぞれだが、信じているから怖いのだ。
「それは……厄介ですね。交渉は不可能、戦闘は圧倒的不利か……」
細い垂れ目でわずかの間思案し、カイは提案する。
「うん。これは、逃げるが勝ちですね。ジル殿、もし遭遇したら戦略的撤退です。一目散に逃げる。これが一番現実的だ」
カイはふざけているかと思いきや、至極真面目に対策を考えていたようだった。
しかしジルは、もはや幽霊どころではなかった。カイの独創的な見解に、笑いすぎて目に涙まで滲んでいる。
(私でお役に立ててよかった)
おびえの消えた涼しい目元に、カイは満足した。
必要な資料を持って、ジルは困っていた。その手には三冊の冊子がある。重い、と言うにはいささか無理のある厚さだった。
(たぶん荷物持ちの名目でついて来てもらったのに、量の少なさに困ってるんでしょうねぇ)
おばけが怖いからついて来てもらったとは、司として言えないのだろう。
(それならそれで、適当に資料をかさ増しして誤魔化せばいいのに)
不器用な女性だ。
カイはヒョイと、資料の束をジルの手から抜き取った。
「ジル殿の手は、魔法を使う為にあるんです。重い物なんて、持つ必要ないですよ」
カイはランプをジルに手渡すと、軽い資料を片手で抱え、左手はまたジルの手を握った。
繋がれた手を見て、ジルがしみじみと呟く。
「カイ殿も、ずいぶん怖がりなんだな」
カイは、穴が開きそうなほどジルを凝視した。
司としては、あれほど仕事ができるのに。
魔法使いとしても、飛び抜けて優秀なのに。
(この落差はなんだ?)
お化けを本気で怖がり、あんなに一生懸命怖くないフリをしていたかと思えば、丸わかりの嘘を疑いなく信じて。
「……くっ」
カイは突然、笑いの発作に襲われた。
「くくくくくっ」
ジルの手をしっかり握ったまま、笑い続ける。
(これは反則だ)
いつまでも笑い止まないカイに、ジルはオロオロと戸惑った。
「カ、カイ殿?」
自分はなにかおかしなことを言っただろうかと、しきりに首を捻っている。
ひとしきり愉快そうに笑うと、カイはジルを見つめた。明るい水色の瞳が、不思議そうに見つめ返した。
「ええ。怖がりなんです。ですから、また夜にご一緒した際は、手を繋いでくださいね?」
平然と大嘘をつき、カイはニッコリと笑いかける。
そしてジルを家に送り届けるまで、繋いだ手を離さなかったのである。
自分の怖がりがバレているとは露ほども思わず、怪訝さと不可解さがない交ぜになった表情で、手の意味を考えている。
「怖いので、手を繋いでもらえませんか?」
そんなジルに、エスコートを申し出るかのようにカイは告白した。
「怖い……?」
「苦手なんです」
躊躇いない言葉がよほど意外だったのか、ジルは差し出された手とカイの顔を交互に見比べる。
しばらくの逡巡の後、おずおずと細い手が重ねられた。
「……実は私も、あまり得意ではない」
「私と一緒ですね」
ジルの本音をさらりと受け止め、カイは優しく微笑んだ。
葉擦れの音が鳴る度、木々の影が揺らぐ度、繋ぐ手にギュッと力が入った。
カイは、ジルの不安を少しでも和らげようと、細く柔らかい手をしっかりと握る。
資料棟は暗くシンと静まり返り、わずかな月明かりと、手元のランプだけが弱々しく辺りを照らした。まるで肝試しをしているかのようだ。
「建設的な話に付き合ってもらえますか?」
カイは右手にランプを、左手にジルの手を掴み、及び腰のジルに合わせてゆっくりと廊下を歩いていく。
「ジル殿は、幽霊に遭遇したことは?」
ジルはとんでもない、とブンブンと首を振った。幼子のような仕草が妙に可愛い。
「あるわけないだろう!」
「そうですか。私も会ったことがなくて。周りにも実際に見た、という人間はいないんですよね。たぶん会うこと自体、極めて稀なんじゃないでしょうか?」
「それは、そうかも……」
冷静な分析に、ジルも幾分安堵を覚える。
「では、まず相手はどんな姿なのでしょう?」
「どんな? そ、そうだな……足がない……?」
ジルが、由緒正しい幽霊の姿を思い浮かべた。
「あと、体が透けていて、白い着物で」
「ふむふむ。足が短くて存在感が薄いと」
「あとは……うらめしや」
「それだけしか言わないんですか? なんて語彙力のない」
カイが顔を顰めてダメ出しをすれば、ジルは堪らず笑い出した。
「カイ殿、さっきから、それは悪口だぞ」
「おや、そうですか? おかしいですねぇ。私は事実を端的に表現しただけですが」
真面目な顔をして不謹慎なカイが、ジルにはおかしくて仕方ないらしい。クスクスと笑う。
「では次に、極めて稀ですが、万一遭遇した場合の対処方法を考えましょう」
ひとつずつ部屋を覗きながら、お目当ての資料が保管されている部屋を探した。なにぶん暗くてわかりづらく、昼間のようにはいかない。
「私は平和主義者なので、できれば話し合いで解決したいのですが、そもそも彼らの目的は? そこいらにプカプカ浮いてるだけですか?」
そんなクラゲみたいな感じではないだろう。
「この世に未練や怨みを残してるんだ。それを晴らそうとするんじゃないだろうか?」
どんな質問にも真摯に対応するのは誠実なジルらしいが、カイはカイで彼らしい反応を返した。
「誰がどう怨めしいのかはっきり言ってくれないと、対応できないじゃないですか。単なるクレーマーですか?」
「幽霊はクレーマーか?」
どうにもカイは、いちいち感覚がズレている。おかげでジルはずっと笑わされてばかりだ。
「ん? なら、私達は無関係だから、なんの害もないのでは?」
「違うぞ、カイ殿。彼らは誰彼なしに襲っくるから厄介なんだ」
「ふむ。戦闘もやむなしとなれば、私の剣とジル殿の魔法で問題ないのでは?」
「物理攻撃は無効だろう。相手は壁もすり抜けるんだぞ!」
ジルは至って本気である。幽霊を信じる信じないは人それぞれだが、信じているから怖いのだ。
「それは……厄介ですね。交渉は不可能、戦闘は圧倒的不利か……」
細い垂れ目でわずかの間思案し、カイは提案する。
「うん。これは、逃げるが勝ちですね。ジル殿、もし遭遇したら戦略的撤退です。一目散に逃げる。これが一番現実的だ」
カイはふざけているかと思いきや、至極真面目に対策を考えていたようだった。
しかしジルは、もはや幽霊どころではなかった。カイの独創的な見解に、笑いすぎて目に涙まで滲んでいる。
(私でお役に立ててよかった)
おびえの消えた涼しい目元に、カイは満足した。
必要な資料を持って、ジルは困っていた。その手には三冊の冊子がある。重い、と言うにはいささか無理のある厚さだった。
(たぶん荷物持ちの名目でついて来てもらったのに、量の少なさに困ってるんでしょうねぇ)
おばけが怖いからついて来てもらったとは、司として言えないのだろう。
(それならそれで、適当に資料をかさ増しして誤魔化せばいいのに)
不器用な女性だ。
カイはヒョイと、資料の束をジルの手から抜き取った。
「ジル殿の手は、魔法を使う為にあるんです。重い物なんて、持つ必要ないですよ」
カイはランプをジルに手渡すと、軽い資料を片手で抱え、左手はまたジルの手を握った。
繋がれた手を見て、ジルがしみじみと呟く。
「カイ殿も、ずいぶん怖がりなんだな」
カイは、穴が開きそうなほどジルを凝視した。
司としては、あれほど仕事ができるのに。
魔法使いとしても、飛び抜けて優秀なのに。
(この落差はなんだ?)
お化けを本気で怖がり、あんなに一生懸命怖くないフリをしていたかと思えば、丸わかりの嘘を疑いなく信じて。
「……くっ」
カイは突然、笑いの発作に襲われた。
「くくくくくっ」
ジルの手をしっかり握ったまま、笑い続ける。
(これは反則だ)
いつまでも笑い止まないカイに、ジルはオロオロと戸惑った。
「カ、カイ殿?」
自分はなにかおかしなことを言っただろうかと、しきりに首を捻っている。
ひとしきり愉快そうに笑うと、カイはジルを見つめた。明るい水色の瞳が、不思議そうに見つめ返した。
「ええ。怖がりなんです。ですから、また夜にご一緒した際は、手を繋いでくださいね?」
平然と大嘘をつき、カイはニッコリと笑いかける。
そしてジルを家に送り届けるまで、繋いだ手を離さなかったのである。
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