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第二話 ギルド本部編

2ー16 ジュールとロワメール

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 王子様を見ていて、わかったことがある。

 それは、あの明るい笑顔は絶対に魔法使いには向けられない、ということだった。
 ギルドで見せる横顔は凛として高貴で、必要に迫られた時に見せる微笑みはとても綺麗だったけれど。マスターへの笑顔を見た後では、どこか空虚だ。
 そしてなにより、王子様は自分から魔法使いと関わろうとはしない。
 街では誰にでも、あれほど気さくに笑いかけるのに。

(そういう、ことか……)

 初めて会った時、レオに向けられたあの眼差しこそが、全てを物語っていたのだ。

「魔法使いが、お嫌いですか?」

 水筒をあおる王子様に、ジュールは問いかけた。
 泉のほとりにある岩に腰かけたまま、ロワメールは目を上げる。すでに一頻り汗をかいた後で、小休止中だ。
 亜麻色の髪に明るい水色の瞳の、一見美少女にしか見えない小柄な魔法使いは、少し気弱な笑みを浮かべて王子様の答えを待つ。

「……嫌いだよ」
 ロワメールは真意を測るようにジュールを見つめ、わずかな躊躇いの後、口を開いた。

「理由をお聞きしても?」
 予想通りの答えだったが、面と向かって肯定され、ジュールは少し悲しい気持ちになった。
 本当は、適当に誤魔化されると思っていたので、正直に言ってくれただけうんと良いのだけれど。

 ロワメールは小さく息と共に苛立ちを吐き出すと、逆に聞き返した。
「……君なら、自分の家族を人殺しと呼ぶ奴らを好きになれるのか?」
「………!」
 その言葉と双眸に秘められた憎しみが、ジュールに深い衝撃を与えた。

 どれだけ冷静を装おうと、色違いの瞳には抑えきれない怒りが宿っている。
『魔法使い殺し』ーー自分達にとっては、マスターの二つ名。畏怖の象徴。
 けれど、魔法使い以外にとってはーー。

(自分達の無神経な言動が、殿下を傷付けていたんだ……!)
 そんな、当然のことに思い至らなかった自分が恥ずかしく、指摘されなければ気付かなかった自分の鈍さが腹立たしい。
 ロワメールはマスターが魔法使い殺しと呼ばれる度に、ずっと心を痛めていたのだ。

「申し訳ございませんっ!!」
 ジュールは勢いよく頭を下げた。
 謝ったからと言って、許されるとは思わない。
 けれど、謝る以外にどうしたらいいのかもわからなかった。

「どうして、君が謝る?」
 ロワメールはかわらず、冷淡に尋ねた。
「どうしてって……」
「君は一度も、セツを『魔法使い殺し』とは呼んでいないだろう?」
 瞳には冷ややかな怒りを湛えたまま、それでもロワメールは公正だった。それは王子としての資質か。ロワメールの矜持か。
 ジュールはセツのことを、ずっと『マスター』と呼んでいた。そして最初から、最強の魔法使いとして恭しく接している。
 だからこそ、つっけんどんでも、ジュールとは言葉を交わしているのだ。

「ぼくも聞きたいことがある」
 罪悪感と自責の念にかられながらも、ジュールはその声に顔を上げた。
 青と緑の瞳が、ジュールを見つめている。
「何故、セツの弟子になりたいと?」

 淡々とした口調からは、ロワメールの感情は読み取れない。
 それでもその質問が、王子にとって大きな意味を持つだろうことは、ジュールにも理解できた。
 なんと答えるのが正解か、わからないけれど。
「……マスターを、カッコいいと思ったんです」
 ジュールは、素直に自分の気持ちを語った。
「マスターだからじゃなくて、セツサマがカッコいいと思ったんです。魔法使いとしても、大人としても」

 自分の気持ちをうまく表現できず、ジュールは少しもどかしげだ。
 マスターに対する憧れを。
 マスターに感じた衝動を。
 ロワメールにきちんと伝えることが難しい。
 簡単に言葉にできるほど、マスターへの感情は浅くも小さくもなかった。長い年月温めてきた憧れは、深く大きく、ジュールの中に根付いている。
 そして目の当たりにした、想像を遥かに上回る強さ。その強さに揺さぶられた心を、なんと言い表せばいいのか。

 それでも、ロワメールにはジュールの言いたいことは伝わっていた。
(……その気持ちを、ぼくも知っている)
 それは、ロワメールがセツに抱いている感情に、似ている気がする。

 セツが、最強の魔法使いだからじゃない。
(セツだから)
 他の誰でもなく、セツだからこそ。

「ずっと、マスターに興味がありました。どんな人なんだろうって。憧れていたんです」
 魔法使いの家系で生まれたジュールは、自然とマスターの話を聞いて育った。
 何百年と生きる、最強の魔法使い。
 全ての属性の、全ての魔法を無詠唱で行う、たった一人のマスター。

「あの日、初めてマスターにお会いして、その魔法をこの目で見て……なんてカッコいいんだろうって」
 あの時の興奮と感動を、きっとジュールは生涯忘れない。
 思い描いていたマスターよりも、もっとずっと、ひたすらにカッコよくて。
 魔法使いとしては言わずもがな。その強さ、センス、なにもかもが最高だった。

 ジュールにとって、これまで目標としてぼんやりと見上げていたのは兄と姉だったが、セツを見て、明確な目指すべき姿を見たと思ったのだ。
 この人の下で学びたい。そう強く思った。
 その上、不躾に弟子志願をしたジュールにも、弟子を取らない理由をきちんと説明してくれた。
 それが、ジュール達を思ってのことだとわかった時、マスターが、ただ強いだけの人ではないと知った。

「ああなりたいって、セツサマのようになりたいって、心の底から思ったんです」
 ジュールは少し照れ臭そうに、でもはっきりと言い切った。

「ふーん」
 ロワメールは、つまらなそうに返事をしただけである。
 ジュールは自分の返答が及第点に達しなかったかと焦るが、色違いの瞳に不快感は浮かんではいなかった。

(セツがカッコいいのなんて、ぼくが一番知ってるし)
 子供っぽい対抗心が、ロワメールの中にムクムクと頭をもたげる。
 けれど、魔法使いだから、という理由でジュールを嫌えなくなったのも、また事実である。
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