上 下
48 / 116
第二話 ギルド本部編

2ー7 魔主

しおりを挟む
 魔主とは、魔族の王である。
 皇八島の八つの島には、それぞれの島に玉座を置く八人の魔主がいた。そして、目の前の少年こそがこのユフ島の王なのだと、セツは言う。

 綺麗な緑色の髪と瞳に、人間離れした美しさの少年だった。幼さと臈長けた美貌が相反せず、絶妙なバランスを保って融け合っている。
 ロワメールには、見えない王冠が少年の頭上で輝いているようにさえ見えた。

「そう緊張せずともよい。そなたに手は出さぬ、銀の子供よ」

 ゆったりとした白いシャツにはシワひとつなく、膝小僧が見える焦茶色の半ズボンは折り目が正しい。
 花緑青は色味こそ人間とは違うが、黙っていれば美少年そのものだ。翁のような口調は見た目にそぐわぬこと甚だしいが、妙に堂に入っている。

「ロワメール、すまん。なにから説明したらいいか」
 セツが困ったように頭を掻いた。
「とりあえずお茶を淹れるから、手伝ってくれるか?」
「うん……」

 セツはロワメールを連れて、台所に向かった。夏とはいえ涼しい室内なので、湯を沸かし、温かいお茶を淹れる。その間、ロワメールは黙ってセツの手伝いをしていた。
 湯の沸く音、立ち昇る湯気、お茶の香り、それらがロワメールに落ち着きを取り戻させる。
 少年の頃から肝の座った子だったが、成長し、より磨きがかかったようだった。



 お茶を淹れ、開口一番に文句を言ったのは花緑青だった。
「わしにはぬるめのお茶をと、いつも言うておるのに」
 フーフーとお茶に息を吹きかける魔主は、どうやら猫舌のようだ。
「茶葉によって美味い温度があると、俺もいつも言っている」
「この茶道楽め」
 セツと花緑青の距離感は近く、ロワメールにはそこに魔族と人の溝は感じられなかった。

「えーと、さっきも言った通り、こいつは花緑青。この島の魔主だ」
 セツはいつもの定位置ではなく、ロワメールの横に座っている。花緑青はセツの斜向かい、角の一人掛けソファに腰を落ち着けていた。

「花は大昔から、マスターのそばをうろちょろしててな」
「言い方な」
「都合がいいから、歴代のマスターが監視している」
「セツよ。もう少し言葉を選べ。繊細なわしの心が傷付くじゃろう」
「……見張っている」
「同じじゃ! それが長年の友に対する言い草か?」
 あーはいはい、とセツはうるさそうに聞き流す。

「友人……?」
 人間と魔族が?
 その言葉が不可解すぎて、ロワメールは理解に苦しんだ。

 魔族は、人間の敵である。魔獣は黒く禍々しい姿で人を襲い、魔者の被害は更に甚大だった。
 これまで多くの人々が魔族の犠牲にあい、ロワメールの母も魔獣に殺された。
 人の命を紙屑ほどにしか思っていない種族と、友情など成り立つはずがない。
(口先だけの友好に意味はない。でも)
 信じるに値せずと判断するには、セツと花緑青の間に流れる空気感は気心の知れた旧知の仲だった。

「これ、セツ。そのような態度を取れば、この子供が信用しないではないか」
 十歳ほどにしか見えない相手に子供子供と連呼されるが、花緑青は見た目通りの年齢ではないはずである。
 どれだけ軽口を叩こうが、備わった貫禄は王者のそれだ。

「子供の頃にそなたが、『花とは戦いたくない』と可愛いことを言うたのではないか。これが友情でなければなんだ?」
「あー、ロワメール、すまん。こいつは無視していいから」
 セツに暴言を吐かれ、膨れた花緑青が更に子供時代を暴露する。
「オジが死んだ時、セツを慰めたのはわしじゃぞ? 『花は死なないよな』と泣き崩れるそなたを、わしが優しく抱きしめ……」
「ああ、もう! 昔の話を持ち出すな! ついでに捏造するな!」
「……それ、いつもぼくがセツに言ってるやつ」
 軽妙な軽口に流され、ついロワメールが指摘してしまった。捏造部分ではなく、昔の話云々である。 
「そうだったな、すまん。これからは注意する」
 セツとしては、己の発言を省みざるをえなかった。言い逃れできず素直に反省する。

 そんなセツをニヤニヤ笑って眺めている花緑青は、ロワメールの持つ魔族のイメージとかけ離れ過ぎていた。
(これが魔族? これが、魔主?)
 花緑青は血の匂いとはほど遠く、凶悪さもなければ、人間への敵意もない。
 この魔主が特殊なのか。ロワメールの知識が偏見にすぎるのか。

「ロワメール、聞きたいことがあるならなんでも聞け。まあ、質問だらけだろうが」
 まるで心を読んだかのように、セツが促す。
「わしは寛大故、なんでも答えてやろう」
「当たり前だ。花が姿を現したんだから、責任取れ」

 それは、降って湧いた幸運だった。
(なにを聞く? なにを聞くのが正解だ?)
 魔族の王に質問する権利は、得たいと望んで得られるものではない。おそらくこんな機会を与えられた人間は、マスターを除けばロワメールが初めてだろう。
 この国の王子として、この機会を無駄にはできなかった。
(聞かなければならないことは、なんだ?)

 数々の疑問が頭に浮かび、押し出すようにその質問が口をついて出る。
「セツを傷付けたりしない?」

「ほお……それを一番最初に聞くか」
 花緑青は、クスリと小さく笑った。
 二色の瞳には、挑むような強さがある。先程まで魔主におびえていた子供が、返答如何では容赦しないと言わんばかりだ。
 花緑青は、楽しげに緑の瞳を煌めかせる。ロワメールの右目より、幾分明るく渋い緑だった。

「安心せよ。セツはわしのとっときの玩具なれば、壊すような真似はせぬよ」
「おもちゃ?」
 予想外の答えに、ロワメールは一瞬目が点になる。
 途端に、セツの眉間にムッとシワが寄った。
「毎度人を玩具扱いしやがって。次、それ言ったら出入り禁止だって言ったよな?」
 ハッとした花緑青だったが、しれっと言い訳する。
「そなたには言うておらん。この子供に言ったのだ」
「つまらん屁理屈を……!」
「このような童の言うことに、いちいち目くじらを立てるでない。器の小さい男と思われるぞ」
「誰が童だ、誰が」
 やいやいと言い合っているセツは楽しそうで。

(こんなセツ、初めて見た)
 ロワメールは新鮮だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。

三月べに
恋愛
 事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。  離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。 「やったぁー!!!」  儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。  元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。  耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。  迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。 (なろうにも、投稿)

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...