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第二話 ギルド本部編
2ー7 魔主
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魔主とは、魔族の王である。
皇八島の八つの島には、それぞれの島に玉座を置く八人の魔主がいた。そして、目の前の少年こそがこのユフ島の王なのだと、セツは言う。
綺麗な緑色の髪と瞳に、人間離れした美しさの少年だった。幼さと臈長けた美貌が相反せず、絶妙なバランスを保って融け合っている。
ロワメールには、見えない王冠が少年の頭上で輝いているようにさえ見えた。
「そう緊張せずともよい。そなたに手は出さぬ、銀の子供よ」
ゆったりとした白いシャツにはシワひとつなく、膝小僧が見える焦茶色の半ズボンは折り目が正しい。
花緑青は色味こそ人間とは違うが、黙っていれば美少年そのものだ。翁のような口調は見た目にそぐわぬこと甚だしいが、妙に堂に入っている。
「ロワメール、すまん。なにから説明したらいいか」
セツが困ったように頭を掻いた。
「とりあえずお茶を淹れるから、手伝ってくれるか?」
「うん……」
セツはロワメールを連れて、台所に向かった。夏とはいえ涼しい室内なので、湯を沸かし、温かいお茶を淹れる。その間、ロワメールは黙ってセツの手伝いをしていた。
湯の沸く音、立ち昇る湯気、お茶の香り、それらがロワメールに落ち着きを取り戻させる。
少年の頃から肝の座った子だったが、成長し、より磨きがかかったようだった。
お茶を淹れ、開口一番に文句を言ったのは花緑青だった。
「わしにはぬるめのお茶をと、いつも言うておるのに」
フーフーとお茶に息を吹きかける魔主は、どうやら猫舌のようだ。
「茶葉によって美味い温度があると、俺もいつも言っている」
「この茶道楽め」
セツと花緑青の距離感は近く、ロワメールにはそこに魔族と人の溝は感じられなかった。
「えーと、さっきも言った通り、こいつは花緑青。この島の魔主だ」
セツはいつもの定位置ではなく、ロワメールの横に座っている。花緑青はセツの斜向かい、角の一人掛けソファに腰を落ち着けていた。
「花は大昔から、マスターのそばをうろちょろしててな」
「言い方な」
「都合がいいから、歴代のマスターが監視している」
「セツよ。もう少し言葉を選べ。繊細なわしの心が傷付くじゃろう」
「……見張っている」
「同じじゃ! それが長年の友に対する言い草か?」
あーはいはい、とセツはうるさそうに聞き流す。
「友人……?」
人間と魔族が?
その言葉が不可解すぎて、ロワメールは理解に苦しんだ。
魔族は、人間の敵である。魔獣は黒く禍々しい姿で人を襲い、魔者の被害は更に甚大だった。
これまで多くの人々が魔族の犠牲にあい、ロワメールの母も魔獣に殺された。
人の命を紙屑ほどにしか思っていない種族と、友情など成り立つはずがない。
(口先だけの友好に意味はない。でも)
信じるに値せずと判断するには、セツと花緑青の間に流れる空気感は気心の知れた旧知の仲だった。
「これ、セツ。そのような態度を取れば、この子供が信用しないではないか」
十歳ほどにしか見えない相手に子供子供と連呼されるが、花緑青は見た目通りの年齢ではないはずである。
どれだけ軽口を叩こうが、備わった貫禄は王者のそれだ。
「子供の頃にそなたが、『花とは戦いたくない』と可愛いことを言うたのではないか。これが友情でなければなんだ?」
「あー、ロワメール、すまん。こいつは無視していいから」
セツに暴言を吐かれ、膨れた花緑青が更に子供時代を暴露する。
「オジが死んだ時、セツを慰めたのはわしじゃぞ? 『花は死なないよな』と泣き崩れるそなたを、わしが優しく抱きしめ……」
「ああ、もう! 昔の話を持ち出すな! ついでに捏造するな!」
「……それ、いつもぼくがセツに言ってるやつ」
軽妙な軽口に流され、ついロワメールが指摘してしまった。捏造部分ではなく、昔の話云々である。
「そうだったな、すまん。これからは注意する」
セツとしては、己の発言を省みざるをえなかった。言い逃れできず素直に反省する。
そんなセツをニヤニヤ笑って眺めている花緑青は、ロワメールの持つ魔族のイメージとかけ離れ過ぎていた。
(これが魔族? これが、魔主?)
花緑青は血の匂いとはほど遠く、凶悪さもなければ、人間への敵意もない。
この魔主が特殊なのか。ロワメールの知識が偏見にすぎるのか。
「ロワメール、聞きたいことがあるならなんでも聞け。まあ、質問だらけだろうが」
まるで心を読んだかのように、セツが促す。
「わしは寛大故、なんでも答えてやろう」
「当たり前だ。花が姿を現したんだから、責任取れ」
それは、降って湧いた幸運だった。
(なにを聞く? なにを聞くのが正解だ?)
魔族の王に質問する権利は、得たいと望んで得られるものではない。おそらくこんな機会を与えられた人間は、マスターを除けばロワメールが初めてだろう。
この国の王子として、この機会を無駄にはできなかった。
(聞かなければならないことは、なんだ?)
数々の疑問が頭に浮かび、押し出すようにその質問が口をついて出る。
「セツを傷付けたりしない?」
「ほお……それを一番最初に聞くか」
花緑青は、クスリと小さく笑った。
二色の瞳には、挑むような強さがある。先程まで魔主におびえていた子供が、返答如何では容赦しないと言わんばかりだ。
花緑青は、楽しげに緑の瞳を煌めかせる。ロワメールの右目より、幾分明るく渋い緑だった。
「安心せよ。セツはわしのとっときの玩具なれば、壊すような真似はせぬよ」
「おもちゃ?」
予想外の答えに、ロワメールは一瞬目が点になる。
途端に、セツの眉間にムッとシワが寄った。
「毎度人を玩具扱いしやがって。次、それ言ったら出入り禁止だって言ったよな?」
ハッとした花緑青だったが、しれっと言い訳する。
「そなたには言うておらん。この子供に言ったのだ」
「つまらん屁理屈を……!」
「このような童の言うことに、いちいち目くじらを立てるでない。器の小さい男と思われるぞ」
「誰が童だ、誰が」
やいやいと言い合っているセツは楽しそうで。
(こんなセツ、初めて見た)
ロワメールは新鮮だった。
皇八島の八つの島には、それぞれの島に玉座を置く八人の魔主がいた。そして、目の前の少年こそがこのユフ島の王なのだと、セツは言う。
綺麗な緑色の髪と瞳に、人間離れした美しさの少年だった。幼さと臈長けた美貌が相反せず、絶妙なバランスを保って融け合っている。
ロワメールには、見えない王冠が少年の頭上で輝いているようにさえ見えた。
「そう緊張せずともよい。そなたに手は出さぬ、銀の子供よ」
ゆったりとした白いシャツにはシワひとつなく、膝小僧が見える焦茶色の半ズボンは折り目が正しい。
花緑青は色味こそ人間とは違うが、黙っていれば美少年そのものだ。翁のような口調は見た目にそぐわぬこと甚だしいが、妙に堂に入っている。
「ロワメール、すまん。なにから説明したらいいか」
セツが困ったように頭を掻いた。
「とりあえずお茶を淹れるから、手伝ってくれるか?」
「うん……」
セツはロワメールを連れて、台所に向かった。夏とはいえ涼しい室内なので、湯を沸かし、温かいお茶を淹れる。その間、ロワメールは黙ってセツの手伝いをしていた。
湯の沸く音、立ち昇る湯気、お茶の香り、それらがロワメールに落ち着きを取り戻させる。
少年の頃から肝の座った子だったが、成長し、より磨きがかかったようだった。
お茶を淹れ、開口一番に文句を言ったのは花緑青だった。
「わしにはぬるめのお茶をと、いつも言うておるのに」
フーフーとお茶に息を吹きかける魔主は、どうやら猫舌のようだ。
「茶葉によって美味い温度があると、俺もいつも言っている」
「この茶道楽め」
セツと花緑青の距離感は近く、ロワメールにはそこに魔族と人の溝は感じられなかった。
「えーと、さっきも言った通り、こいつは花緑青。この島の魔主だ」
セツはいつもの定位置ではなく、ロワメールの横に座っている。花緑青はセツの斜向かい、角の一人掛けソファに腰を落ち着けていた。
「花は大昔から、マスターのそばをうろちょろしててな」
「言い方な」
「都合がいいから、歴代のマスターが監視している」
「セツよ。もう少し言葉を選べ。繊細なわしの心が傷付くじゃろう」
「……見張っている」
「同じじゃ! それが長年の友に対する言い草か?」
あーはいはい、とセツはうるさそうに聞き流す。
「友人……?」
人間と魔族が?
その言葉が不可解すぎて、ロワメールは理解に苦しんだ。
魔族は、人間の敵である。魔獣は黒く禍々しい姿で人を襲い、魔者の被害は更に甚大だった。
これまで多くの人々が魔族の犠牲にあい、ロワメールの母も魔獣に殺された。
人の命を紙屑ほどにしか思っていない種族と、友情など成り立つはずがない。
(口先だけの友好に意味はない。でも)
信じるに値せずと判断するには、セツと花緑青の間に流れる空気感は気心の知れた旧知の仲だった。
「これ、セツ。そのような態度を取れば、この子供が信用しないではないか」
十歳ほどにしか見えない相手に子供子供と連呼されるが、花緑青は見た目通りの年齢ではないはずである。
どれだけ軽口を叩こうが、備わった貫禄は王者のそれだ。
「子供の頃にそなたが、『花とは戦いたくない』と可愛いことを言うたのではないか。これが友情でなければなんだ?」
「あー、ロワメール、すまん。こいつは無視していいから」
セツに暴言を吐かれ、膨れた花緑青が更に子供時代を暴露する。
「オジが死んだ時、セツを慰めたのはわしじゃぞ? 『花は死なないよな』と泣き崩れるそなたを、わしが優しく抱きしめ……」
「ああ、もう! 昔の話を持ち出すな! ついでに捏造するな!」
「……それ、いつもぼくがセツに言ってるやつ」
軽妙な軽口に流され、ついロワメールが指摘してしまった。捏造部分ではなく、昔の話云々である。
「そうだったな、すまん。これからは注意する」
セツとしては、己の発言を省みざるをえなかった。言い逃れできず素直に反省する。
そんなセツをニヤニヤ笑って眺めている花緑青は、ロワメールの持つ魔族のイメージとかけ離れ過ぎていた。
(これが魔族? これが、魔主?)
花緑青は血の匂いとはほど遠く、凶悪さもなければ、人間への敵意もない。
この魔主が特殊なのか。ロワメールの知識が偏見にすぎるのか。
「ロワメール、聞きたいことがあるならなんでも聞け。まあ、質問だらけだろうが」
まるで心を読んだかのように、セツが促す。
「わしは寛大故、なんでも答えてやろう」
「当たり前だ。花が姿を現したんだから、責任取れ」
それは、降って湧いた幸運だった。
(なにを聞く? なにを聞くのが正解だ?)
魔族の王に質問する権利は、得たいと望んで得られるものではない。おそらくこんな機会を与えられた人間は、マスターを除けばロワメールが初めてだろう。
この国の王子として、この機会を無駄にはできなかった。
(聞かなければならないことは、なんだ?)
数々の疑問が頭に浮かび、押し出すようにその質問が口をついて出る。
「セツを傷付けたりしない?」
「ほお……それを一番最初に聞くか」
花緑青は、クスリと小さく笑った。
二色の瞳には、挑むような強さがある。先程まで魔主におびえていた子供が、返答如何では容赦しないと言わんばかりだ。
花緑青は、楽しげに緑の瞳を煌めかせる。ロワメールの右目より、幾分明るく渋い緑だった。
「安心せよ。セツはわしのとっときの玩具なれば、壊すような真似はせぬよ」
「おもちゃ?」
予想外の答えに、ロワメールは一瞬目が点になる。
途端に、セツの眉間にムッとシワが寄った。
「毎度人を玩具扱いしやがって。次、それ言ったら出入り禁止だって言ったよな?」
ハッとした花緑青だったが、しれっと言い訳する。
「そなたには言うておらん。この子供に言ったのだ」
「つまらん屁理屈を……!」
「このような童の言うことに、いちいち目くじらを立てるでない。器の小さい男と思われるぞ」
「誰が童だ、誰が」
やいやいと言い合っているセツは楽しそうで。
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