上 下
38 / 147
第一話 野望編

37 魔法使いを守る者

しおりを挟む
「ロワメール」
 やや目つきの悪いアイスブルーの瞳には、銀の髪の青年が映っていた。美しい銀の魚ではなく、ロワメールは自分の名が呼ばれたのだと知る。

「俺は良いと思うぞ。法の下に魔法使いを裁くっていう、お前の考え」
 それは、予想もしなかった賛同だった。
 目を瞠るロワメールに、セツが訝る。
「なんだ? 俺が反対すると思ったか?」
「いえ、その……」
 多少なりと難色は示されると思っていた。
「ギルドの特権を奪うことに……」
「特権か……。少なくとも俺は、そんな風に考えたことはないな。単に、法が整備される前から続く掟なだけだし」
 セツは考えながら、言葉を紡ぐ。
「お前も特権だと思ってるのか?」
「少なくとも中央貴族のほとんどは、そう思っています」
「貴族らしい考え方だな」
 そう言って、セツは軽く笑い流した。

 だが、魔法使いギルドにのみ許された司法の独立は、紛れもない特権だ。
 ロワメールは、その特権を奪おうとしている。これまで治外法権とも言えたギルドを、法の管理下に置こうというのだ。
 法案の成否がかかった今回の事案、マスターの協力を得て上々に終わる。これを始まりに、今後は皇八島の法律で罪を犯した魔法使いを裁いていく。

 もう、セツの手は汚させない。
 セツに、辛い思いをさせたりするものか。

「大事なのは裏切り者が正しく裁かれることであって、その方法じゃない。時代にあったやり方をすればいいと、俺は思うぞ?」
 夕焼けに染まる海を眺めながら、セツは淡々と語る。

「裏切り者には死を。この厳しい掟が、何故あると思う?」
「魔法使いが、一般人にはない特別な力を持っているから?」
「そうだ。これは、魔法使いを守るための掟だ」

 だからこそ、絶対なのだ。
 異端の力を持つ少数の人々、それが魔法使いだ。もし魔法使いが危険だと判断されれば、迫害を受けたかもしれない。それを信頼と尊敬とを集める存在にしたのは、これまでの全ての魔法使いの行動の結果である。
 それをたった一人の魔法使いの凶行で、壊すわけにはいかない。

「魔法使い殺し、な。これを言い出したのは、先々代のマスターだ」
「魔法使いではなく、マスターが?」
「ああ。俺の師匠の師匠だな。なんでも豪快な女性だったらしくてなぁ」
 頭を掻きながら、遥か昔に聞いた師匠の話を思い出す。
「ギルドを裏切れば、最強の魔法使いが殺しに行くぞって脅しを込めて、魔法使い殺しを名乗ったらしい」

 私に殺されたくなければ、罪を犯すな。
 それは、確かな抑止力だった。
 それでも、掟を破る者はいる。中には家族を人質に取られ、無理矢理悪事に加担させられた者もいた。

「まあ……楽しい仕事ではない……」

 ポツリと零された一言は、たぶんロワメールが初めて聞いた、セツの本音だ。

「けど、俺はな、裏切り者を殺すことが俺の仕事だとは思ってない。魔法使いを守ることが、俺の役目だと思ってる。詭弁だがな」
 セツは、少し照れ臭そうに笑った。
 それはきっと、何百年とかけて、セツが導き出した答えなのだろう。

「でもお前は、俺が魔法使い殺しと呼ばれるのが嫌だったんだな」
 配慮が足りなかったと、セツが恥じる。
「今までお前を子供扱いして、ちゃんと話してなかった。すまなかった」
「ぼくは……っ!」
 ロワメールは言葉に詰まった。
 アイスブルーの目が、優しくロワメールを見つめている。
「セツ、ぼくは……」
「うん」

 セツは、ロワメールのワガママも身勝手さも、全部受け入れてくれる。ロワメールはどうやったって、セツの足元にも及ばない。追いつけない。
 早く大人になって、セツの力になりたいのに。支えられるようになりたいのに。
 ぼくは全然まだまだで。

「ぼくは嫌な権力者になって、セツの気持ちも確認しないで、ギルドも敵に回して。挙句にセツの仲間の魔法使いだって大嫌いで。ホントはそんなこと、セツにバラすつもりもなかったのに。セツはずっと、魔法使いのために生きているのに」
 自分で言っていて落ち込む。
 セツは優しいから、許してくれるけど。

「そりゃあ嫌われて当然だよね……」
 力なく、泣き笑いのような表情を作るロワメールに、セツはギョッとした。
「ちょっ……と、待て」
 額を押さえ、なにやら唸る。
 どうもロワメールの言っていることと、セツの記憶が噛み合わない。
「嫌われてってなんだ?」
「だってぼくは、セツが嫌いな権力を振り回す人間で、セツが守る魔法使いだって全否定して。だからあんなに怒って」
 セツの着物を掴み、ロワメールは俯く。その姿は、親に嫌われたとおびえる子供そのものだ。

 セツはとりあえず、盛大な勘違いをしているらしい青年の誤解を解くことにした。
「怒るさ、当たり前だろう? 危ないことはするなとあれほど言ったのに、お前ときたら俺の制止も聞かずに飛び出して。言ったよな、俺の言うことちゃんと聞けって」
「え……? それで怒って……」
「……ひょっとして、それで部屋に引き籠もってたのか?」
 ここ数日、仕事を言い訳にロワメールは部屋から一切出てこなかった。セツに嫌われたと思って落ち込んでいたらしい。
「俺はてっきり……」
 怒りすぎたので、拗ねたんだと思っていた。
「だ、だって、セツ、あの後黙り込んで……」
「お前の言ったことを、俺なりに考えてたんだよ」
「な、なんだ……」
 セツの着物を掴んだまま、力が抜けてその場にしゃがみ込む。

 はあああああああ、と肺が空っぽになるほどの、特大の溜め息が溢れた。
(なんだ、そっかぁ……)
 ドッと押し寄せてきた安堵に、鼻の奥がツンと痛む。
「嫌われたんじゃなかったんだ……」
 安心すると、顔を上げられなくなってしまった。

 ふっと笑うと、セツがくしゃりと銀の髪を撫でる。
 その手が、いつも以上に優しかった。
「あの時は俺も怒りすぎたな。悪かった」

 頭を撫でられながら、ロワメールは小さく首を降る。
 セツは、いつまで経ってもロワメールを子供扱いする。
 けれど、ロワメールがその手を振りほどくこともまた、なかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...