上 下
11 / 147
第一話 野望編

10 王家の血

しおりを挟む
「信じられないと思いますけど……。この青い目は、どうやら普通とは違うみたいで」
 ロワメールは左目を押さえながら、自分自身ですら懐疑的な様子だった。

 だが、話を聞いたセツの返答は違う。
「いや、その目の反応、おそらく魔法だ」
「魔法?」

「ああ。その髪が、なにか変な感じで調べてみたんだが……」
 腕を組み、難しい顔で唸っている。

「え、ちょっと待って。髪? 目じゃなくて?」
 次から次へと明かされる事実に、ロワメールが目を白黒させた。

「髪だ。なにかあるんだが、それがなんなのかよくわからんでな」
 十八年前にはわからなかったが、ロワメールの話も合わせれば、見えてくるものもある。
「まあ、それで調べたら、その目には魔法の痕跡があったんだ」
 それも大昔にかけられた魔法のようで、詳しくは掠れて読み取れない。

「そんな魔法があるんですか?」
「失われた太古の魔法かもな」
 現在の魔法に、そんな魔法は存在しない。セツも知らぬ遥か昔、『海の眼』が始祖王から伝わるなら、その時代の魔法だ。
「しかもそれが現代まで受け継がれているなら、魔法をかけたのは間違いなくマスターだ」

 あまりに壮大な話だった。
 始祖王ジンが即位したのはラギ王歴元年と、『皇八島書紀』には記されている。つまり1624年前だ。
  もし始祖王からの魔法ならば、1600年以上の長きに渡り、連綿と子孫に受け継がれてきたことになる。

「そんなことが可能なんですか……?」
「その魔法がどういった魔法術式で成り立っているのかわからんが、マスターが全魔力を注ぎ込んだ、一世一代の魔法、かもな」
 雲を掴むような途方もない話だった。

 ロワメールは、左目にそっと触れる。
「なんで、そんな魔法を……」
 そこまでして魔法をかける意味が、この目にあるのか。

「俺には、家族の印に思えるよ」
 それは、まるで目印のようだった。
 明確に血の繋がりを示す手段がない世の中で、例え離れ離れになっても、いつか再び出会えた時に家族であることを証明できるように。
 家族の絆を表す、ただそれだけの魔法に思えた。

「そう思えば、その髪もそうなのかもしれないな」
 ロワメールは、首の後ろで結われた銀の髪を手に取った。

「その髪には、極微量の魔力を感じるんだ」
「え!? ……痛っ」
 その一言にロワメールはガタリと立ち上がり、天井で頭をぶつける。頭を押さえながらも、我慢できずに勢い込んで身を乗り出した。

「ぼく、魔法使いになれるんですか!?」
「いや。お前に魔力はない」
 言下に否定され、ロワメールはシュンと悄気げた。

 魔力とは、魔法を使う源だ。生まれながらに魔力を持つ者だけが、魔法使いとなれる。

「なんで……? この髪に魔力があるなら、魔法使いになって、セツとずっと一緒にいられるのに……」
「その、俺の言い方が悪かった。だから、そんなに落ち込むな、な?」
 あまりの落胆ぶりに、セツの方が動揺する。

「セツ、だって今、ぼくに魔力があるって……」
「違う。お前にじゃない。その髪にだ」
 恨みがましい視線のロワメールに、セツが説明した。
「正確には、その髪にも魔力はないんだ。ないんだが……」
 言いあぐね、口元を手で覆う。

「魔力は感じる、けど、魔力はないって言うか。魔力の匂いとでも言えばいいか……」
 セツは言葉を探したが、上手く伝えられない。
 幻のように、掴もうとしても掴めない。銀の髪に感じるのは、そんな魔力だ。

 魔法使いではないロワメールには、残念ながら、セツの感じていることがピンとこない。しかし代わりに、気になることがあった。
「でも、それならどうして、これまでどの魔法使いもそのことを指摘しなかったんだろう?」
 王族の外遊の護衛や結界を張る為、魔法使いは定期的に王宮にやって来る。
 接点はいくらでもあったはずだが、そのことに言及した魔法使いはこれまでいない。
 その不可解さにロワメールが首を捻ると、セツはあっさり告げた。
「俺じゃないとわからんよ」
「マスターじゃないと、ってことですか?」
「そうだな。マスターの感知能力がなければ無理だろうな」
 それほどわずかな違和感しかないのか。その上『海の眼』に関しては、調べなければ魔法の痕跡も感じ取れない。

「ま、王家の始祖が本当に月神で、魔法でもかけたのかもな。長い年月で魔力が薄れたと考えれば、しっくりくる」
「そんな夢物語……」
 どこまで本気なのか。建国神話はあくまで神話だが、セツは満更でもなさそうだ。

「……そう言えば、お前の他にも銀の髪の子どもに会ったことがある。あの子どもは、ロワメールの親戚だったか」
「直系王族ですよ?」
 過去の記憶を遡って、セツはそんなことを言い出す。
 長い年月を生きているセツなら、その人生のどこかで、王族と出会っていても不思議はなかった。

「……ロワメール」
 笑顔を絶やさぬ青年に、セツが問いかける。
「辛くはないか?」

 突然王子と言われ、騎士になるはずだった少年は、たった十三歳で一人王宮に引き取られた。
 王子として育つべきところを、騎士の長男として育てられた。
 そのどちらが、より青年の運命を狂わせたのか――。
 セツの所為ではない。
 わかっていても、その心を案じてしまう。

 けれどロワメールは、笑って取り合わなかった。
「大丈夫です。国王陛下も王太子殿下も良くしてくださいますし、王子宮のみんなも良い人ばかりで」
 王子宮は、広い王宮内の王子の宮、ロワメールの住まいである。そこにはカイの他にも、第二王子の側近がいる。

「そう、か」
 セツが、心配を飲み込むのがわかった。
 ロワメールが大丈夫と言い切れば、セツはそれ以上なにも言えない。

 ロワメールは手を伸ばし、名付け親の手をギュッと握った。
「セツ。本当に大丈夫」
 アイスブルーの目を覗き込み、にっこりと笑う。
「ぼくには、やりたいことがある。それは、王子でなければできないことだから、ぼくは王子として生きる」

 覚悟を決めた色違いの瞳には、強い意志が宿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界八険伝

AW
ファンタジー
これは単なる異世界転移小説ではない!感涙を求める人へ贈るファンタジーだ! 突然、異世界召喚された僕は、12歳銀髪碧眼の美少女勇者に。13歳のお姫様、14歳の美少女メイド、11歳のエルフっ娘……可愛い仲間たち【挿絵あり】と一緒に世界を救う旅に出る!笑いあり、感動ありの王道冒険物語をどうぞお楽しみあれ!

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

転生したら、なんか頼られるんですが

猫月 晴
ファンタジー
旧題:転生したら、なんか頼られるんですが。俺は楽しんでいただけですよ? ブラック企業に勤めていた会社員の江崎塁。彼は、帰宅途中交通事故に遭って死亡したことを、謎の白髪の少女に告げられた。 矢継ぎ早に自身が転生することを告げられ、訳の分からないまま気を失う。 次に目を覚ましたのは、知らないはずなのに、どこか見覚えのある高級そうな部屋だった。 なんと江崎塁は、エルティードという名の幼児に転生したのだった。 魔法の使える世界で楽しく、時にはトラブルに巻き込まりして過ごす中、いつしかエルティードは頼られるようになっていく。 ※書籍の続きは聖女編からとなっております。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...