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-Prologue-
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永く、長い、沈黙があった。
それが、五感の麻痺によるものだと瞬時に悟ると、先程まで自分を取り巻いていた状況が、感覚を取り戻すにつれてひとつひとつ蘇ってくる。
村を焼く紅蓮の揺らめき。木造家屋のパチパチと燃える音。黒煙の焦げ臭さ。口内に残る鉄の味。真っ赤な鮮血に染まる両親の姿。
──根深く植え付けられた恐怖。
どうしてこんなことになったのだろう?土の上で目覚めた少女は記憶を辿ろうとする。
そうだ。“魔女”の仕業だ。
この世の常識が何ひとつ通らないあの魔女は、私が住む村を焼き、皆を殺し、私の両親までもを手に掛けようとしたんだ。
そんな恐ろしい魔女から私はお母さんとお父さんを助けようとして──けれどそこで記憶の回想が止まってしまう。そこから先の記憶は、等分されたケーキやチーズのように抜き取られてしまっているようだった。
「魔女が村を襲った」という事実だけは克明に覚えているのに、その魔女の姿がハッキリと思い出せない。すると、聞き知った声が降ってきた。
「ラヴィっ!大丈夫か?気を失っていたようだが・・・」
「お父、さん・・・」
いまだ放心している少女のもとに、父が決死の形相で駆け出してきたらしい。その腕は強く娘を抱き留める。
今の父にとって少女は、吹けばたやすく飛んでいきそうな綿毛にでも見えているのかも知れない。
「ラヴィちゃんっ!嗚呼・・・ホントに、なんともないのね?」
「う。痛いよお母さん・・・」
次いで、母が真っ赤に目を腫らして抱きついてきた。
愛の強さ故か母の腕は女のそれとは思えぬほど力強く、小鹿のような体躯の少女は少しばかり苦しくなった。
だが父と同様母も無事であったことがわかると、心の方は次第に安らいでいった。
やがて少女はこの状況にそぐわぬ気楽さでひとり得心し、不安げな両親に微笑んでみせた。
大人でも想像を絶するような恐怖を味わい、十二才という脆く幼い心が壊れた訳では無かった。
こうして父と母が生きているということは、私は二人を助けることに成功したんだ。そんな安堵感からくるささやかな幸福ゆえに溢れ出た笑みだった。
結局、あの魔女は何処に行ってしまったんだろう。
そして抜け落ちた記憶の中で、魔女は私に何をしたというのだろう。
両親の様子から察するにただならぬ事をされそうになったのは間違いないが、今のところ特に身体に外傷や異変は無い。
いくつかの可能性を推測したところで結論は出てこず、ただ頭が痛み、熱を増すだけだった。
唯一確かなのは、私たちがあの惨劇を乗り越えて奇跡的に生きているということ。
なればこそ「この命を大切に生きなくちゃ」とラヴィは誓う。
過程はどうでもいい。私達は助かったんだ。
村も燃えてしまったけれど、私たち親子は現にこうして生きているのだから。
“この命を大切に生きなくちゃ”
そんな祈りにも似た想い。
「あの魔女のしたことなんて、また落ち着いてから考えればいいんだよ」
しみ入るような父の言葉で、熱しきった脳がすーっと冷えていく。
今は家族が皆無事であったことをただ喜ぶべきかもしれない。
愛おしく狂おしいそんな抱擁に包まれる中で、少女は再び眠るように気を失ったのだった。
それが、五感の麻痺によるものだと瞬時に悟ると、先程まで自分を取り巻いていた状況が、感覚を取り戻すにつれてひとつひとつ蘇ってくる。
村を焼く紅蓮の揺らめき。木造家屋のパチパチと燃える音。黒煙の焦げ臭さ。口内に残る鉄の味。真っ赤な鮮血に染まる両親の姿。
──根深く植え付けられた恐怖。
どうしてこんなことになったのだろう?土の上で目覚めた少女は記憶を辿ろうとする。
そうだ。“魔女”の仕業だ。
この世の常識が何ひとつ通らないあの魔女は、私が住む村を焼き、皆を殺し、私の両親までもを手に掛けようとしたんだ。
そんな恐ろしい魔女から私はお母さんとお父さんを助けようとして──けれどそこで記憶の回想が止まってしまう。そこから先の記憶は、等分されたケーキやチーズのように抜き取られてしまっているようだった。
「魔女が村を襲った」という事実だけは克明に覚えているのに、その魔女の姿がハッキリと思い出せない。すると、聞き知った声が降ってきた。
「ラヴィっ!大丈夫か?気を失っていたようだが・・・」
「お父、さん・・・」
いまだ放心している少女のもとに、父が決死の形相で駆け出してきたらしい。その腕は強く娘を抱き留める。
今の父にとって少女は、吹けばたやすく飛んでいきそうな綿毛にでも見えているのかも知れない。
「ラヴィちゃんっ!嗚呼・・・ホントに、なんともないのね?」
「う。痛いよお母さん・・・」
次いで、母が真っ赤に目を腫らして抱きついてきた。
愛の強さ故か母の腕は女のそれとは思えぬほど力強く、小鹿のような体躯の少女は少しばかり苦しくなった。
だが父と同様母も無事であったことがわかると、心の方は次第に安らいでいった。
やがて少女はこの状況にそぐわぬ気楽さでひとり得心し、不安げな両親に微笑んでみせた。
大人でも想像を絶するような恐怖を味わい、十二才という脆く幼い心が壊れた訳では無かった。
こうして父と母が生きているということは、私は二人を助けることに成功したんだ。そんな安堵感からくるささやかな幸福ゆえに溢れ出た笑みだった。
結局、あの魔女は何処に行ってしまったんだろう。
そして抜け落ちた記憶の中で、魔女は私に何をしたというのだろう。
両親の様子から察するにただならぬ事をされそうになったのは間違いないが、今のところ特に身体に外傷や異変は無い。
いくつかの可能性を推測したところで結論は出てこず、ただ頭が痛み、熱を増すだけだった。
唯一確かなのは、私たちがあの惨劇を乗り越えて奇跡的に生きているということ。
なればこそ「この命を大切に生きなくちゃ」とラヴィは誓う。
過程はどうでもいい。私達は助かったんだ。
村も燃えてしまったけれど、私たち親子は現にこうして生きているのだから。
“この命を大切に生きなくちゃ”
そんな祈りにも似た想い。
「あの魔女のしたことなんて、また落ち着いてから考えればいいんだよ」
しみ入るような父の言葉で、熱しきった脳がすーっと冷えていく。
今は家族が皆無事であったことをただ喜ぶべきかもしれない。
愛おしく狂おしいそんな抱擁に包まれる中で、少女は再び眠るように気を失ったのだった。
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