しいて男は

フランク太宰

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しいて男は

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 薄暗くウィスキーだかブランデーだかのビンが黒光りする大阪のバーのカウンタで男が二人、言葉少なに会話している。二人はレスターヤングの素晴らしいけれど古すぎる演奏を聴きながら、
言葉少なにたわいない話をしている。
 このバーのマスターは帝都が趣味らしく古い銀座の写真が壁に飾ってある。浪花っ子の客たちはこの写真を見るたびに昔の道頓堀付近だと思い、亭主に訊ねる。マスターは「さー」と答えるだけだが。もし客が問い詰めると、「帝都のどこか」と答える。
この一連の儀式はこの店の慣わしに成っている。
 店の名前?
いくらなんでもその質問は“ちと”あこぎ”じゃないかい。
 さて、例のカウンターに座る二人の男たちについての話だ。
 右側の男が言った。彼はお気に入りの外国製のブラウンの中折れハットを被ったままだ。冠婚葬祭でもかぶっている 。いわゆる流行りの“モボ”だ。
で、彼は言う「女に金を貸したよ」と。
 左側の席には甚平のようなボロボロの着物に袴姿で髪がボサボサの 、一見すると
これまた流行りのマルクスにはまっている様にも見える男が座っている。
 で、彼が言う「幾ら?」
「たくさん」右の男が答えた。
(以下右左は読者諸君判断してください。宜しく。)
「馬鹿なことするぜ、まったく」
「お前にバカ呼ばわりされたかないよ」
「女ってあの女給だろ?」
 「ああそうよ」
「で、またなんで?」
「妹さんが精神を病んだとかなんとか」
 「若年性痴呆か何かか?」
 「さー」
 「さーってお前、聞かなかったのか?」
 「ヤボだろ」
 「ヤボったて。で、まー紳士様は入院費か療養費やったわけだ」
 右側の男はしばらく、その問には答えず右手にもった氷入りのブランデーの滲んだ茶色を見ていた。
 左側の男は黒ビールを飲んでいた。
「彼女いなくなったんだ。ママに確認したら、男と逃げたとか」
左側の男はこれ以上なにかを聞く気にも話す気にもならなかったが(男は男をよく知っている)、それも“いけねぇ”と思って、ビールを一気に飲み干して、
 「バカバカバカバカバカばっか、大卒みんなバカばっか」と抑揚をつけて左側の男が言った。そして「今日は奢るぜ」と言った。
「そんな無駄なことをするもんじゃない。“大卒バカでも社用は金持ち”」とやはり抑揚をつけて右側の男が言った。
そして椅子から立ち上がった。
「マスターおあいそ!」
 「おいおい、もう帰るのか?江戸っ子どうし飲みあかそうじゃないか。
 本当、お前はロンレーだよ。いや、違うな、ロ..ロレ....」
「なー俺はいつだって明るい未来を望んでいるよ。孤独なんて望んじゃいねぇ ....」
彼は壁に吊るしてある帝都を見つめながら言った。。
「間違ったことをしたとは、まったく思わないよ、本当にね」
そして胸に手をかざし、左に座っている男を見ながら「心から」と言った。
「マスターこの左にいらっしゃる、日本一の弁士様の分も私、誠に光栄ながら支払わさせていただきます」
 左側の男は何も言わなかったし、マスターも何も言わなかった。
ただ、グラスのブランデーの色が刻一刻と薄くなっていくだけ。
 代金をカウンターに置き、釣りは貰わず、帽子を被り直し、ドアから振り返りもせず出ていった。
 残った男はあいつの心情を思い  、マルクス主義的にどうなのかとか考えたが、とりあえず彼の金で何を飲もうかと考えた。それで
 「マスター、ホッピーとかある?」
 マスターは申し訳なさそうにもなく
 「ございません。当店、大阪式ですので」と言った。

 

  出て行った男は駐車場にいた。
目の前には個人用小型飛行船(別名 中度飛行車)があった。
 この乗り物に飲酒運転禁止法は車の走る車道と遥か上空を飛行する飛行機の間を飛ぶ為に適用外に今のところなっていた。
 飛行船を見ながら、未だ、“思う人”胸にある男にはその左右に尖ったフォルムが何故か男性性器に見えた。
 男は妄想した。遥か上空を飛行する飛行機を飛び越えて宇宙まで行き漆黒の闇ををさ迷いたいと、そしてどこかの惑星にたどり着き、そこで出会った美しい宇宙人と共に裸で肩を寄り添いながら、騒がしく自転をし続ける地球を惑星から眺めることを。
 きっと地球では男たちが悩ましく生きていることだろうよ
 



 


 
 

 
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