東大正高校新聞部シリーズ

場違い

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第3.5部 激情のイドラ

激情のイドラ -Have you got everything you need?- 出題編

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 劇が終わり、ぞろぞろと観客たちが講堂をあとにする。
 私たちも他の部員と合流しなくては。そう思って隣の空乃に声をかけると。

「感動した、感動したよ……!」
「うわっ、泣いてやんの」

 空乃はハンカチで口元を抑え、感極まって泣いていた。
 大袈裟だなぁ、そこまで泣くタイプの劇でもないだろうに……とは、さすがに言わないでおく。感じ方は人それぞれ、というやつだろう。
 なんとはなしに時間を確認して、そろそろお昼に丁度いい時間かな、なんて思いながら、私は欠伸をした。蜂蜜ヨーグルトとコーラのおかげか、空腹感はゼロに等しいけれど。
 上演終了後1分を待たずしてケロッと泣き止んだ空乃と連れ立って、とりあえず、先輩たちの方へ。柿坂先輩はニコニコした顔で、メモに劇の内容を細々と書き作りながら、誰に対してともなく言った。

「なかなか面白かったね」
「そう? ウチの演劇部、いつもはこんなもんじゃないでしょ」

 持ち込んでいたらしい酢昆布を1つくわえて、渡良瀬先輩は、得意げに人差し指を立てる。

「演劇部のシナリオライターは、去年から続投で大宅おおやさんっていう3年生なのよ。外国を舞台にした、異国情緒溢れる切ないラヴ・ストーリーが得意で、特に去年のクリスマス公演の『絶望伯爵のかくしごと』なんて最高だったよ」
「めっちゃ詳しいッスね!」
「イベントごとには全部出るようなヤツだからな」
「ムカつく言い方ー。否定しないけどさ。……とにかく、いつも演劇部の劇を見てる私としては、今回のはちょっとモヤっとするシナリオだったかなーって」

「異国情緒溢れる……って。そういえば、今回の舞台って、日本なんですよね?」

 忍が言うと、リアクションは2分化した。
 「そりゃそうでしょ」って感じにキョトンとしているのは、私と柿坂先輩。
 「そうなのかな?」って感じに腕を組んで考え込みだしたのは、渡良瀬先輩と空乃。
 まず、柿坂先輩が口を開いた。

「日本で合ってると思うよ。安直な考え方だけど、登場人物の名前はぜんぶ日本のものだったしね」
「でも、背景の文字とかは全部英語でしたよ。文字以外にも、町の外観とか家の造りとか、外国っぽかった気がしますけど」
「私は、それは演出だと思ってたけど。火事の時の、薔薇を使った火の表現といい……なんていうかこう、絵本みたいな、ちょっとメルヘンな世界観を演出することで、実際のシナリオとのミスマッチを狙ったというか……」
「たしかに、メルヘンな世界観で内容が不倫劇……って、けっこう強い印象を残せるかもしれないわね」
「パンフレットには、背景はゼンブ美術部の三毛さんが描いてるってあったッスけど。案外、発注ミスしちゃって、作り直せなかっただけじゃないんスか?」
「えー。そんな普通の意見言わないでよ、面白くないなぁ!」

 劇についての評論会議が少し白熱してきたところで、渡良瀬先輩がぽつりと、淡い推測をもらした。

「けど、いちファンとしては……ここまでずっとやってきた外国モノの流れを、特に理由もなく、急に中断させるとも思えないのよね。この劇の内容なら、舞台を外国に改変したところで、特に無理はなさそうだし……」
「何か理由があって、舞台を日本にしたって?」
「そうかもしれないし、もしかしたらそもそも、『舞台がどこなのかをボカす』ことこそ狙いかもね」
「おおう、一気にミステリめいてきましたね! ね!」
「やめろ空乃、こっち見んな」
「まぁテキトーに言ってみただけだけどねー。そんなことが目的なら、舞台のナゾは絶対オチに絡めてくるはずだし」

 議論が早くも落ち着いてきたところで、柿坂先輩が何かに気付いたように目を見開いて、私の後ろに向けて手を振る。
 振り返ってみると、上半身はラフなTシャツで下半身はスーツのままという、普段着と衣装とが中途半端な状態の男子生徒がいた。
 さっきまでステージに立っていた、鶯谷火照。もとい、演劇部部長の神賀さんだ。
 上品だがどこか人懐っこい笑みで、柿坂先輩に手を振り返しながらこちらへ歩いてくると、芝居じみたお辞儀をひとつ。

「見に来てくれてありがとう、新聞部さん。知ってると思うけど、生徒会長と演劇部部長やってる、神賀だ」

 隣で「さっきまで知らなかった子がいますけどね」とか小声で呟く空乃の足を、ぐりぐり踏みつけておく。余計なこと言うな。
 一般生徒はほとんど講堂からはけてしまったし、わざわざ他の部屋に移動する必要もないだろう。という神賀さんの提案により、我々新聞部による演劇部への取材は、たった今ここで行われることになった。
 裏方の人たちや他の役者たちへの取材は、劇が始まる前に柿坂先輩が終えていた。神賀さんへの取材も基本的には先輩2人だけで行うと、事前に打ち合わせしていた。
 私たち後輩4人は、邪魔にならないように後ろに控えて話を聞くことにする。

「まぁとりあえず、お疲れ様。今回も面白かったよ」
「ありがとう。てか、新聞部で忙しいだろうに、悪いなカッキー」
「気にすんなよ」
「ちょっと、私は!?」
「秋華は……まぁ、いっつもヒマしてそーだし」
「へー、そういうこと言うんですねー。特集記事にスキャンダル載せてやるわ」
「あはは、冗談だって。ま、いつも見に来てくれてありがとな」

 気さくで笑顔の眩しい、控えめに言って完璧なスターだ。そりゃ人気あるよな、って感じだった。
 取材は、まず、『監督としての神賀さん』に対して行われた。

「そういえば、監督って具体的にどんな仕事をしてるの?」
「まぁ、大小さまざまだなー。シナリオライターから上がってきたシナリオをチェックしてから脚本家に渡したり、細々こまごましたことで言うと……今日、この講堂を借りる手続きをしたり」
「一番偉そうな役職名なのに、けっこう雑用っぽいことまでやらされてるんだっけ?」
「衣装のほつれを縫い合わせたりな。表向きの監督の仕事は、もっぱら『進行指示』ってことになってるんだけど……もうほとんど、忙しいところに手を貸してるって感じだよ」

 ここで、下邨がおもむろに手を挙げた。

「1年の下邨っていいます! 俺も質問いいッスか」
「元気いーね。どうぞ」
「カノジョいるんスか?」
「ちょっと!?」

 突然の失礼すぎる質問を慌てて止めようとする忍に対して、先輩方は和やかなムードを崩さなかった。あっはっは、と神賀さんは大きく笑って、

「3年ではけっこう周知の事実なんだけどな。言ってもいいけどお前ら、記事にはすんなよ?」
「善処するッス!」

 忍が下邨の足を急角度で踏みつける。

「いっで!」
「約束します」
「あははは。ま、今さら書かれて困ることもないけど。作田澪さくた みおってヤツさ。名前に見覚えは?」
「はいはい!」

 空乃が元気よく名乗り出る。

「パンフレットに書いてました、鶯谷愛保役の方ですよね?」
「ピンポーン。ま、劇の中でも外でも夫婦ってことさ」
「ヒュー!」
「あーあ、すぐ惚気やがって。記事にしてくれって言ってるようなモンじゃないか」
「へへっ。いっつも汚れ役ばっかの彼女だけど、よろしくな」
「あー……そういえば、この頃澪ちゃん、悪役が多いね。今回も『泥棒猫には関係ない』ってタイトルだから、てっきり澪ちゃんがすごい悪役なのかと予想しながら見てたんだけど」
「……ま、演技上手いしなアイツ。しょうがないさ。悪役が大根なのは、主役が大根なのより致命的なんだぜ」

 神賀さんは、ちょっと複雑そうに言った。自分の彼女に嫌われ役をさせ続けることに、やはり少し後ろめたいものを感じているのだろうか。
 だが柿坂先輩は、「しょうがないって?」と、首を傾げた。

「配役考えてるの、監督じゃないのか」
「ああ。決定権は俺にあるけど、まぁほとんど、配役とか含めた初期案はシナリオライターが考えてるよ。その方が台詞回しとかイメージしやすいんだと」
「台詞回し……って、それこそ、脚本家の方の仕事じゃない? シナリオライターと脚本家は分けてるんでしょ?」
「うん。うちの場合、台本作りの流れは、シナリオライターが小説書いて、監督である俺がチェックして、脚本家がそれにマッチする演出を考える……って感じで。演出家って役を作ってないから、実質、脚本家が演出家なんだよな」
「へぇー」
「今日は講堂の方に出てくれなかったんだけど、大宅……ああ、シナリオライターの名前な。大宅は今日も、集中したいからっつって、3年の教室で菓子広げて次のシナリオ練ってるはずだぜ」
「仕事人ね」
「でも……作田さんが部長の彼女って知ってて、何回も悪役に配置してるんですか?」
「……いや、うん。どうだろうな」

 曖昧に笑って、神賀さんは頭を掻いた。
 微妙な空気を察知してか、渡良瀬先輩は質問の方針を変えた。

「でもやっぱさ、生徒会長と部長の兼任、絶対忙しいでしょ?」
「そりゃアレよ。やりがいだけが全てだよ」
「ああ。両方、好きでやってる感じするもんな」
「ちょっと前に利き腕をやっちゃったから、書類仕事がツラいけど。それ以外は、それこそ好きでやってることだからな。苦に思うことは全くない」
「あー、言ってたな。ダンベル落として右手の甲骨折したんだっけ?」
「普段筋トレとかしないのに、その日に限ってー。とか言ってたよねー」
「ホント、慣れないことするもんじゃねーよな。今は衣装の手袋で隠してるけど、まだ手首まで包帯グルグル巻きだぜ」

 そういえば。
 舞台中は気付かなかったが、神賀さんの手はごつめの革手袋に包まれている。スーツの雰囲気とマッチしているから、あんまり不自然に感じなかった。
 また下邨が出しゃばってくる。

「ダンベルなんか使わなくても、もっといい筋トレあるッスよ」
「腕立てとかか? そういうのじゃなくてさー、なんかこう、ダンベル持ってるとスイッチ入るじゃん?」
「分かりますッス! なんか、『俺、今からマッチョになるんだぜ』みたいな!」
「そーそー。やっぱ、道具使うと一気に本格感出て、ウオーってテンション上がんだよね」
「はいはい、一応取材なんだから、ボキャブラリー皆無の脳みそ筋肉な会話しない」

 その後も雑談を交えながら取材は続き、神賀さんがぶっちゃけた内容の宣伝文句を言ったところで、20分ほど経ったくらいで、このあと生徒会の方の用事があるんだと言って神賀さんは帰って行った。
 客席の長椅子を机代わりに、たった今取材した内容を手帳にまとめる柿坂先輩。
 午後からの自主練に出るという下邨、風紀委員の仕事を今のうちにやっておきたいという忍、部室の忘れ物を取ったらそのまま帰るという渡良瀬先輩。もともと取材が終われば解散という予定だったが、なんとなく流れ解散っぽくなってしまった。

「咲は?」
「特に用事はないけど、お腹空いたな」
「あれ、まだお昼食べてなかったのか」

 柿坂先輩はおもむろに財布を取り出すと、1000円ずつ、私と空乃に手渡してきた。当然辞退しようとする。

「え、いやいや悪いですよ、遠慮します」
「いいって。急に呼び出したこっちが悪いんだし、2人とも帰りに何か食べたら?」
「お言葉に甘えまーす」
「ちょ、空乃」
「それでいいんだよ、ほら小池さんも。たまには先輩面させてくれ」
「……それじゃあ、ありがたく頂いておきます」

 私はそのお札にヘンな折り目をつけて、財布に入れた。この千円札は一生使わない。家宝にする。代々語り継ぐ。毎晩抱いて寝る。
 柿坂先輩に何度もお礼を言いつつ、私たちは先輩と別れ、講堂から出た。
 空乃が講堂脇に設置された紙パック自販機でジュースを買うのを待つ。

「先輩たち、シナリオの違和感には触れなかったな」
「……うーん。そんなに違和感あったかな?」
「そう言われれば、私が気にしすぎなのかもしれないけれど。最近、なんだか謎解きとかする機会が多すぎるからな」
「あはは、名探偵の職業病ってやつね」
「名探偵呼ばわりはムカつくけど、まぁ、そうだろうな、気にしすぎか」
「そんなことはないと思うぞパッツン女」

 うひっ、と素っ頓狂な声が出た。
 講堂から、突如として曽布川さんが出てきたのだ。隣には、なんだかニコニコした可愛らしい女子生徒も連れている。

「話は30分ほど前から聞かせてもらったぁ」
「は? 30分?」

 何を言ってんだ、この陰湿野郎。

「私たちがここを出て、せいぜい2分かそこらなんですけど?」
「いやいや、俺は全部聞いたさ。神賀先輩が怪我してたとは知らなかったなぁ」
「……えっ、なんで」
「まさかコイツ!」

 私は、セーラー服の全体をパンパンと叩いて探した。
 ……あった。私の首裏、セーラーの襟の隙間に、何やら小型の機械が。
 私がそれをまじまじと観察していると、曽布川さんは慣れた手つきでそれをひったくって、自分のポケットになおした。

「便利なモンだよなぁ。無線のこんないいモンが、1万出せば買える時代だ」
「……最低」
「お前もひとつどうだ? 大好きな柿坂先輩の、あーんな声やこーんな声が聞けちゃうかもしれんぞ」
「死ね!」
「人に対して『死ね』なんて軽々しく使ってはいけないと、小学生のうちに習わなかったのか? それともパッツン合衆国ではそんなことも教えていないのか?」
「いやあんたは人じゃないし」
「言うねぇ。エイプリル女、これでコーヒー買ってこい」

 財布から小銭を出して、隣に立つ女の子にパシリを命じながら、私たちの非難を聞き流す曽布川さん。女の子がニコニコ笑顔のままトテトテ走って行くのを見送り、私たちの方に顔を戻す。
 私の後ろに隠れる空乃に、侮蔑的な目を向けた。

「しかしまぁなんだ。根が陰気で、嘘つきで、しかもこの程度の違和感にも気付けないとは、本当にどうしようもないよな」
「…………」
「おい。次に空乃を悪く言ったらどうなるかって、言わなかったか」
「さあな。そこまでは盗聴してねーや。パンツ見せてくれるんだっけ?」

 ビンタした。
 ……と思った。実際は、私の平手は、曽布川さんの平手によって止められていた。
 目を大きく見開く私に、曽布川さんはニヤニヤと卑しく笑う。

「ハイタッチ、いぇーい」
「………………」

 ろくに動けない口だけの人だと思っていたのに、こうもあっさり受け止められるとは思っていなかった。なんか、負けた気分になる。
 曽布川さんは、払いのけるように腕を振って、そのままの手で後ろからコーヒーを取った。いつの間にか、『エイプリル女』と呼ばれていた女の子が戻ってきていた。
 ストローをパックに差し込みながら、溜め息を吐いて話を戻した。

「パッツン女もパッツン女だ。あの劇に対して感じた違和感は紛れもなくホンモノのはずなのに、それを気のせいとか。ある意味そっちのチビ女より無能かもな」
「……あんたが何を知ってるんだよ」
「俺が盗聴で聞いた内容から、全部推測出来るってことだ。あの劇には確かに違和感があるし、その違和感の理由もある」

 曽布川さんは、嘘つきなどころか、彼自身がフィクションな存在なのではないだろうか。
 盗聴や脅迫を日常的に行うくせに、まだ教師たちを相手に猫を被っている。まるで多重人格の如く、真面目で誠実な人間を演じている。
 まるで、なんていうか……そう。漫画の悪役のようだ。
 私はそんなことを考えていて、曽布川さんの話なんて全く頭に入ってこなかった。

 空乃は私の後ろに隠れるのをやめて、曽布川さんに向けて一歩踏み出すと、恐る恐る尋ねた。

「なんで曽布川さんが……そんなこと気にするんですか?」
「は?」
「……他人のことなんかどうでもよさそうな、自己中の極みの、捻じ曲がった性格してるのに……なんで演劇の違和感なんか気にしてるのか……って」
「……さっきまでパッツン女の後ろに隠れてたクセに、よくそんな喧嘩売ったようなこと言えるなぁお前」

 呆れて笑いながら、曽布川さんは、邪魔そうに髪をかき上げて答える。

「強いて言うなら……同類の臭いを感じるからかな。今回のに」
「犯人?」

 話は、『劇について感じる違和感』についてだったはずだ。
 その話に、『犯人』というものがあるのだとすれば、それは……。

「シナリオを書き換えた人がいる。……そういうことですか?」
「……ま、確かにシナリオを書き換えたヤツはいるだろうが、そいつが誰なのかはあんまり関係ない。むしろ、シナリオを書き換えたおかげで、犯人の目論見は未然に終わったというべきか」
「目論見が……未然に……?」
「この劇のシナリオには、誰かの悪意があるってことですか?」
「そういうことになるだろうね、小池さん、黒部さん」

 ギョっとして振り向く。
 柿坂先輩が、何かのルーズリーフをヒラヒラさせながら、講堂から出てきた。どうでもいいけれど、曽布川さんにせよ先輩にせよ、心臓に悪い登場の仕方は控えてほしい。
 柿坂先輩は、カバンから質素なデザインのクリアファイルを取り出すと、手に持っていたルーズリーフを挟んで、私に渡してきた。

「これは……?」
「ちょっとしたお届け物だよ。曽布川くんの言う『犯人』に渡してほしい」

 にわかに汗をかく。
 いつから柿坂先輩は話を聞いてたんだ? もしかして、私が曽布川さんにビンタしようとしたところも見られてた……? おのれクズ川、柿坂先輩からの印象が悪くなったらただじゃおかないからな!

 ともあれ……『犯人』が誰なのかを知るために、ルーズリーフの文面が気になるところだが、お届け物というのであれば、私が中身を見るわけにはいかないだろう。
 というか、こんなものを私に渡すということは、柿坂先輩にはもう犯人が分かっているのだろうか?

「曽布川くん、犯人のところに行くつもりなら2人をよろしく頼めるかな」
「……俺みたいなヤツに大事な後輩を任せていいんですか」
「そこまで悪いヤツじゃないと思ってるよ、君のことは。弓原くんの件も、同情の余地がある気がするしな」
「あんたみたいな『陽』側の人間に同情されたくありませんね。それは見下されているのとイコールですよぉ」
「まぁ……グダグダと俺の後輩をイジめてないで、さっさと次へ進めってことだよ」
「いやぁ。驚くほど凄味がないですね」
「ははは、よく言われるよ」

 ……私も、柿坂先輩の隣に追い付かないと。
 曽布川さんと柿坂先輩が何か話しているのを聞き流しつつ、劇の上演に合わせて切っていたスマホの電源をオンにしてから、メモ帳アプリを開き、今までの情報を脳内で繋げ合わせる。
 自問自答を重ね、イメージを膨らませる。

 私が劇中、違和感を感じた箇所はどこだっただろうか……?
 この劇の背景には、どんな特徴があった……?
 渡良瀬先輩はうちの演劇部について、どんなことを言っていただろうか……?
 台本を作ったのは、監督と脚本家とシナリオライターだった。では、どのような流れで作られていったのだったか……? そしてそれぞれの役割は……?
 そもそもこの劇のタイトルだ……内容と比べて、なんだかおかしくないか……?

 私はスマホをポケットにしまう。
 断片が見えてきた。目を瞑って、最後のまとめに入る。
 動機などは全く分からないけれど、これで……。私はクリアファイルをしっかりと持ち直して、曽布川さんに向き直った。

「……分かったって顔だな」
「はい。動機はまだまだ分からないんですけど……」
「そりゃそうだ。この動機は……お前や柿坂さんには、一生分かりはしない。俺とチビ女には分かるかもしれないがな」
「空乃に……?」
「…………」

 沈黙する空乃の肩に手を置く。
 柿坂先輩は、「じゃあ、後はよろしく」と、私たちに対してか曽布川さんに対してか分からないセリフを残して、再び講堂の奥へと去って行った。
 曽布川さんが背中を見せる。顔だけ振り返って、

「さ、行こうか。『犯人』のところにぃ」

 いつものように、語尾を気怠く伸ばして、そう言った。


_____________________________________
 ここより先は、解決編となっております。
 『激情のイドラ -Have you got everything you need?- 前編』~本エピソード までの間に、結論を出すために必要な手がかりは散りばめてあります。
 【劇の『違和感』はどのようにして生じたのか?】
 【『犯人』とは誰のことを指しているのか?】
 これらを自分で推理したいという方は、ここで一旦ストップして、結論を出してから、この先の解決編を読まれることを推奨します。
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