放課後ロルプライズ!

場違い

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1章 リアルとデジタルを繋ぐ鍵

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 デジタルとは数字だ。

 いくつもの途方も知れない数字の集まりが、色、位置、感情、動作、表情、様々なものを表すために無数の点と点で交差し、星空のように煌めいている。
 だから、今俺がデジタルの世界にいると分かっているなら、見えているもの全てがただの数字の塊だとも分かるはずなのだ。感動などしたところで無意味、それはノートに乱雑に数字を書いて埋めたものを眺めているのと同じなのだと。
 だが。

「…………すげぇ」
「綺麗……」
「うおぉぉ……」

 数字で出来た大地・アバウンドの平原に立ち、数字で出来た真っ赤な夕日を見上げていると……俺たちの心には、とても数字には表せない感動が芽生えた。
 現実離れした大きさのその夕日は、だけどもどこか懐かしい。
 現実世界でこんなデカイ夕日が見れるわけはないのだが……何故かそう感じた。

「さてと」

 巨人討伐に疲れて空を見上げていた俺たちは、ジェイペグのその声でやっと我に帰るほどに夕日に心を奪われていたようだ。

「チュートリアルはもう終わり……というか、君たちは特別だからメチャメチャ時間かかったけど。とりあえず、今から現実世界に戻してあげるよ」
「えー? もう帰れるのかよー?」
「ソード○ートオンライン展開じゃなかったのね。安心したわー……はーあ……」
「なんでそんな残念そうなんじゃお主ら……帰れなくなったら困るじゃろうに」

 だって……。
 理由は説明できないし、実際この世界から出られなくなったら嫌がるんだろうけどさ……。
 一度『ああいうの』読んだら、大変さとか危険さとかは全く気にもせず、「俺もこんな風に異世界で旅してぇ!」って思わね?
 溺死しかけたり命がけで敵と殺しあったり修行したりするのはイヤだけど、だけども、それでも、ル○ィみたいな冒険はしてみたい。そんな矛盾した願望を抱かね?

「というか何より……楽しかったからさ。現実世界では絶対にできないようなスケールで戦ったりするの」
「そう言ってくれると何よりだ……。お前らには、あの鍵を渡したままにしておくとしよう」
「……! ナウド、それって……」
「ああ。トゥエルブスターオンラインが起動できる環境ならいつでも、それを使えばこちらの世界に来ることができる」
「好きに遊んでくれればええからの」

 人間三人、顔を見合わせて喜びを分かち合う。
 いつでもどこでも、ネット環境さえあれば、非日常の異世界体験ができるというわけだ。
 この正体不明の鍵に対して懐疑的な気持ちが完全にないとは言えないけど、それでも、またここに戻って非日常ができると聞いて、芯から心が躍った。
 いまだに中二病をこじらせている俺にとって、これ以上の喜びはない。

「ああ、参考までに言っておくと、今日は早く寝た方がいいよ」
「え? なんでだよ? デジタル世界だから肉体的な疲れは残らないんだろう?」
「デジタル世界は、『脳の五感とゲームを鍵のプログラムでハッキングすることで』認識できてるんだ」
「意味は全く理解できないけどとりあえずなにそれこわい」
「……えっと。分かりやすく言うなら、プレ○テVR一式とテレビを丸々脳みそに埋め込んで、脳内だけでゲームをやってる、みたいな状態かな」
「なんだその怖すぎる状態!?」

 恐ろしすぎた。
 ……そういえば、現実世界での俺たちの肉体はどうなってるんだろうか……。
 まさか植物状態……!? と、三人の顔が青ざめるのを見てとったのか、ジェイペグが慌てて付け足す。

「も、もちろん、現実世界での君たちは今、ただネカフェで寝ているだけだよ?」
「よ、よかった……」
「…………まあ」
「ん? なんだ?」
「い、いや。なんでもないよ」

 何か言いかけてやめたジェイペグだが、こうも思わせぶりに取りやめられると、何を言おうとしたのかものすごく気になる。

「なんだよ、言うなら言えよ」

 非常に言いにくそうなジェイペグに、俺たちは僅かながら嫌な予感を抱く。
 歯切れの悪いジェイペグに替わって、キーピーがため息を吐きながら話す。

「……お主たちがこの世界に来てから、約5時間が経過してるわけじゃが」
『あ』
「『ねかふぇ』とか何とか言ったか知らんが……。時間制で金がかかるんなら、早く戻った方がええと思うぞえ」
「戻せ!早く戻して下さいお願いしますっ!」
「今月買いたい服あるのぉぉぉぉ!!」
「ゲームが!明後日発売のテイ○ズがああああああ!!」

 自らの欲が延長料金の増額という罠によって打ち壊されることに悶絶し、わなわなと震え出す俺たち。
 だって! だってシリーズ最高傑作って前評判なんだぜ!? 買わねぇ手はないだろ! ケ○ロRPGまで初回特典を網羅した俺に、当日金が足りなくて買えませんでしたは許されない!
 そりゃあ、前のはヒロイン詐欺とかでヒドかったらしいけど……おっと、この話はやめておきましょうか。
 とにかく、延長料金なんかで無駄金使ってる場合じゃねぇんだよ!

「わ、分かった分かった。メニュー開いて『ゲームを終わる』をえら……」

 パン! キュイッ! シュイン!

『早っ!?』

 光速で手を叩いて光速でゲームを終わるを選び光速で現実世界に帰る俺たちに、今日一番の大声で驚く獣たちであった。



 翌日。

 結局昨日は、何度コールしても内線に出ない俺たちを心配した心優しい店員さんが、部屋の中でぐったり寝ている俺たちを見て半狂乱で救急車を呼ぼうとした所でギリギリ目が覚め、ちょっとした騒ぎを起こしかけた。
 延長料金はかからなかったが、目が覚めたにもかかわらず俺たちに救急車を呼ぼうとする心配性な店員さんを説得するのにはとてつもない労力を要した。
 ジェイペグが言っていたような脳の疲労も相まって、今朝は眠かった。
 だが、肉体的な疲労に比べて脳の疲労は目に見えにくいので、ウザいクラスメートが絡んでくる。それがまた、自分が疲れているぶんめっちゃウザく感じる。

「へー、怜斗も始めたんだな、トゥエスタ」
「トゥエスタ? ……悪いが俺はお前と違ってンデゥルガコロバッカル族の言葉は理解できないぞ」
「日本語だけど、ジャパニーズなんだけど、僕部族じゃないんだけど」
「『ジャパニーズなんだけど』はいらなかったな。減点74点」
「高くね!? なんでそこだけそんな配点ぱないの!? 何点満点!?」
「10点だが」
「赤点どころかマイナス確定じゃねーか!? 通知票に『-3』とか書かれるだろそれ!」
「おお、今のツッコミは個人的によかったな。加点さんびゃくななまんおくちょう点」
「アホの子か!」

 ホント、常にテンション高いなこいつ。

 ホームルーム前のひとときを俺は少し長めの休み時間だと捉えているが、こいつにとっては地球終了十分前か何かなのだろうか。半狂乱で世界の終わりを笑っていないと狂ってしまうのだろうか。
 朝っぱらから落ち着きがないこのボンクラの名は、匙浪進果さじなみ しんか。俺を含む友達は皆、サジと呼んでいる。
 サジは自分のツッコミに惚れ惚れしていた様子だったが、やがて思い出したように携帯をいじり、俺の鼻先に画面を押しつけた。
 近い近い。あとなんかくさい。

「臭くねーわ鼻にファ〇リーズ原液ブチ撒けたろか。これ、俺のID。是非ともフレンド登録してくれ!」
「ID……?」
「ああ。ゲーム内で、最初の街で役所かなんかに行けば、友達検索が使えた筈だ。そこでこれを入力すれば俺とフレンドになれる」
「いや、あのさ……」
「こう見えても僕はそのスジでは有名なプレイヤーでな? 『金の匙《ゴールドスプーン》』の異名を持つ男ってのは僕のことよォ!」
「おい、聞け」

 あと金の匙って。北海道の農業高校にでも帰って下さい。そこで一生クッソ美味そうなピザとか焼いててください。

「俺はまだ初めの街にすらたどり着いてないんだが……」
「はぁ? んなわけねーだろ。ゲームが始まるのは街からだぜ?」

 し、しまった。
 俺たちは鍵を使ってゲームを始めたから、他のプレイヤーとは色々違うってジェイペグが言ってたな……。

「え、あ、ああ。すまんすまん。どうぶ○の森のせいで、街のこと村って言っちまうんだよ」

 我ながらワケ分からん言い訳である。

「あー、あるよなそういうの」

 そしてそんなワケ分からん言い訳を信じてくれるコイツが馬鹿でよかった。
 俺は冷や汗をこっそり拭いつつ、サジのIDをメモした。

「えっと…どの村の役所でもできるんだよな?友達検索とやらは」
「当たり前だろ」
「ちなみにお前の星座は? 俺は双子座だ」
「さそり座だ。何故か知らんが、パートナーはタコだがな」
「蠍座がタコねぇ……。あ、そういえば、双子座のパートナーがライオンだったんだが、獅子座のパートナーは何なんだ?まさか、かぶったりはしないんだろ?」

 昨日現実世界に戻ってからずっと考えていた疑問をぶつけた。
 天秤座がネコなのはまだ分かる。猫座がないからだ。
 だが、獅子座というライオンを意味する星座があるのに、双子座のパートナーをライオンにしてしまうのは問題じゃないか?

「獅子座のパートナーは恐竜だよ」
「恐竜……って、そりゃまた強そうな……。鶏とえらい差だな?」
「鶏のサポートコンボは一発一発の威力はあまりないが、敵としては全弾かわすのはほぼ無理だからな。恐竜はその点、一発ですごいダメージを与えられるが、かわしやすいし一弾ポッキリだ」
「ふうん」

 そんなこんなでトゥエスタの話に花を咲かせた俺たちは、一時限目の提出プリントを写すタイミングを見事に失ったのだった。
 進級してまだ二週目なのに、早くも夏休み一週間前くらいの怠惰な気分だった。



 カツカツカツ。

 黒板に、お世辞にも生徒に教えるものとしてふさわしいものだとは言えない殴り書きの字で、数式が羅列される。
 あれは分数のつもりか? どう見てもハングル的な別言語にしか見えん。
 ……やれやれ、ダルいのはいつものことだが、今日は特にやる気が起きない。昨日のネトゲのせいか、さっき飲んだ熱いお茶のせいか。
 ま、そんなことは気にしないしないで。先生は板書に夢中だし、さて、ちょっくら一眠りさせてもらうか……。

「ではこの問題を……、今まさに寝ようとしている門衛クンに解いてもらいましょうかねェ」

 ハハッ、わろす。

 どんだけ間が悪いんだ俺……。
 早く前に来てチョークを受け取れと顎で合図する数学教師にウンザリしつつ、まことにダルい足取りで立ち上がる。
 クスクスと笑う女子もひやかす男子も、ウザいことこの上ない。
 この数学教師はイヤミなので有名だ。
 毎授業の最後の方に、アメリカや外国の大学のすごい難しい問題を出題するだけ出題して、解説はその問題が載っている本の解説文を早口で読み上げるだけという、教師どころか人間として失格な野郎である。
 ……と、一通り頭の中で文句を言い終え、黒板に向かって歩きながら、しっかりと数式を視認し、頭の中で解体と組み立てを行う。

「私の授業中に寝てたということは、このアメリカの上級大学レベルの数式も余裕で解けるんでしょうな?いやぁ楽しみ楽……」
「解けましたよ」
「はっ!?」

 間抜けな声がイヤミな数学教師の口から飛び出す。
 生徒たちにもどよめきが起きていた。
 ウソだろ? 寝てたんだよなアイツ。デタラメ書いただけじゃね? そういえば途中式が異常に少ないわね。体育で水泳やるのまだかな。
 ……ちょっと待て、誰だ最後の奴。人が大学レベルの数式を計算してる時にエロ妄想してんじゃねーぞ。たしかに俺もめちゃくちゃ楽しみだけど。今からスタイル良さそうな女子に狙い目つけてるけど。
 とにかくそのどよめきは、本で答えを確認した教師の次の台詞によって、さらに大きいものとなる。

「……せ、正解だ」

 ざわざわざわざわ。
 麻雀もパチンコもEカードも鉄骨渡りもしていないのに、そんな擬音が教室中に巻き起こる。
 さすが成績学年トップというか……。いやいやいや、こんなんならアイツ毎回百点取れるだろ!?知らないわよ、今までは手抜いてたんじゃないの?うっわ、先生よりイヤミじゃね、ソレ……。だが露出が多ければイイってもんじゃない、体操服もそれはそれでそそる……。
 だから最後の奴誰だよ!? 意見自体には全面的に同意だけど! たぶん100年先までお前とは旨い酒を飲み交わせそうだけど!!
 俺がそうツッコもうとしたちょうどその時、三時限目終了のチャイムが鳴った。

「チャイム鳴りましたよ、早く授業終わらないんですか?」
「くっ……きょ、今日の授業はここまで! 先生は十秒以内に職員室のコーヒーを飲まないと死んでしまう病気なので、あとは礼でもなんでも勝手にやってくれたまえ! さらば!」
「子供か!」

 居心地が悪いのは分かるが、十秒以内にコーヒー飲まないと死ぬ病気て。いくらなんでもそれはないだろう。
 結局その授業は、誰もいない教卓に向かって各自で黙礼して終わった。
 やれやれ災難だったな、などと考えていた俺は、この時まだ知らなかった。
 次の休み時間にこそ、本当の災難が起こるのだ、とは。

 ……と、レイトはレイトは次章へ引っ張ってみたり。
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