背徳者  暴君と呼ばれた皇帝

月島 成生

文字の大きさ
上 下
60 / 78
第九章

確定

しおりを挟む
 ナタリスは、見るからに挙動不審だった。
 謁見の間に現れた時から、あらぬ所に視線を泳がせている。額から落ちる汗は頬を伝い、それを慌てて拭っていた。
 ――絵に描いたような、怪しさだった。

「ナタリス殿」
「は、はいっ」

 名を呼ぶだけで、びくりと身を竦ませる。
 怒りと呆れが混ざった感情が、どうしても語調を強くし、態度を冷たくさせる。
 軽く細めた目でナタリスを睨みつけた。

「聞けば、あなたとスカエヴィヌス殿は長時間の密談を交わしていたという。一体、何の話をしていたのか」
「は、いや、それは――その、私的なことですので、陛下のお耳に入れる程の事では――」
「私が聞きたいと言っている。教えてほしい。――それとも」

 一旦区切り、にっこりと笑って見せる。

「私には言えない話か?」

 笑み向けるのは、ナタリスに恐怖心を植え付けるため。
 功を奏したようで、ひっ、と彼は情けない悲鳴を小さく上げる。

「滅相もございません! ただ、その、私の息子と、彼のご息女との結婚話を」
「彼の娘は、確かまだ十歳程だったように思うが」
「早めに婚約だけでも、と」
「そうか」

 慌てふためいて答えるナタリスに、頷いて見せるも、しかし、と人差し指を口元に当て首を傾げる。

「おかしいな。スカエヴィヌス殿は、今度の私の誕生日を祝う贈り物の相談だと言っていたが。あなたが言いよどんだのはそのためかと思ったが、違ったのかな」
「そうです、その通りです! 私とスカエヴィヌス殿は、誰よりも陛下を敬愛しているのですから」

 ルキウスの言葉に追従する形で上げられた声は、緊張と恐怖のあまりか裏返っていた。作られた笑顔も、引きつっている。

 この様子で、どうして信じることができようか。

 無性に腹立たしかった。
 ナタリスが小心者だったおかげで命拾いをした形になるのに、怒りは自分を騙し通したスカエヴィヌス相手よりも、強い。

 どうせなら、スカエヴィヌス程の演技をして見せろ。騙しきる知恵も度量もないくせに、暗殺計画など立てるな。

 思う程に、顔には笑みが浮かんでいた。
 勿論、怒りはある。だがそれ以上に、元老院――言わば身内から反逆者が出た悲しみの表現でもあった。

「ナタリス殿」

 静かに、呼びかける。

「落ち着いて、もっとゆっくり話せる場所へ移動しよう。相手は――申し訳ないが、私ではないけれど」

 目配せに応えて、控えていた兵士達が一斉にナタリスを捕らえた。
 落ち着いて話せる場所――それが取調室だとわからぬ程に、察しは悪くないらしい。元から悪かったナタリスの顔面は、一気に蒼白と化した。

「へ、陛下、私は――!」
「お連れしろ」

 焦燥を貼り付けて声を上げかけたナタリスを、遮って命じる。
 両脇を固められ、逃れられないことを悟ったらしい。未練がましくルキウスを振り返ったのは一度だけ、以降はただ、肩を落としてされるがままに退室していった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

処理中です...