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第九章
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ナタリスは、見るからに挙動不審だった。
謁見の間に現れた時から、あらぬ所に視線を泳がせている。額から落ちる汗は頬を伝い、それを慌てて拭っていた。
――絵に描いたような、怪しさだった。
「ナタリス殿」
「は、はいっ」
名を呼ぶだけで、びくりと身を竦ませる。
怒りと呆れが混ざった感情が、どうしても語調を強くし、態度を冷たくさせる。
軽く細めた目でナタリスを睨みつけた。
「聞けば、あなたとスカエヴィヌス殿は長時間の密談を交わしていたという。一体、何の話をしていたのか」
「は、いや、それは――その、私的なことですので、陛下のお耳に入れる程の事では――」
「私が聞きたいと言っている。教えてほしい。――それとも」
一旦区切り、にっこりと笑って見せる。
「私には言えない話か?」
笑み向けるのは、ナタリスに恐怖心を植え付けるため。
功を奏したようで、ひっ、と彼は情けない悲鳴を小さく上げる。
「滅相もございません! ただ、その、私の息子と、彼のご息女との結婚話を」
「彼の娘は、確かまだ十歳程だったように思うが」
「早めに婚約だけでも、と」
「そうか」
慌てふためいて答えるナタリスに、頷いて見せるも、しかし、と人差し指を口元に当て首を傾げる。
「おかしいな。スカエヴィヌス殿は、今度の私の誕生日を祝う贈り物の相談だと言っていたが。あなたが言いよどんだのはそのためかと思ったが、違ったのかな」
「そうです、その通りです! 私とスカエヴィヌス殿は、誰よりも陛下を敬愛しているのですから」
ルキウスの言葉に追従する形で上げられた声は、緊張と恐怖のあまりか裏返っていた。作られた笑顔も、引きつっている。
この様子で、どうして信じることができようか。
無性に腹立たしかった。
ナタリスが小心者だったおかげで命拾いをした形になるのに、怒りは自分を騙し通したスカエヴィヌス相手よりも、強い。
どうせなら、スカエヴィヌス程の演技をして見せろ。騙しきる知恵も度量もないくせに、暗殺計画など立てるな。
思う程に、顔には笑みが浮かんでいた。
勿論、怒りはある。だがそれ以上に、元老院――言わば身内から反逆者が出た悲しみの表現でもあった。
「ナタリス殿」
静かに、呼びかける。
「落ち着いて、もっとゆっくり話せる場所へ移動しよう。相手は――申し訳ないが、私ではないけれど」
目配せに応えて、控えていた兵士達が一斉にナタリスを捕らえた。
落ち着いて話せる場所――それが取調室だとわからぬ程に、察しは悪くないらしい。元から悪かったナタリスの顔面は、一気に蒼白と化した。
「へ、陛下、私は――!」
「お連れしろ」
焦燥を貼り付けて声を上げかけたナタリスを、遮って命じる。
両脇を固められ、逃れられないことを悟ったらしい。未練がましくルキウスを振り返ったのは一度だけ、以降はただ、肩を落としてされるがままに退室していった。
謁見の間に現れた時から、あらぬ所に視線を泳がせている。額から落ちる汗は頬を伝い、それを慌てて拭っていた。
――絵に描いたような、怪しさだった。
「ナタリス殿」
「は、はいっ」
名を呼ぶだけで、びくりと身を竦ませる。
怒りと呆れが混ざった感情が、どうしても語調を強くし、態度を冷たくさせる。
軽く細めた目でナタリスを睨みつけた。
「聞けば、あなたとスカエヴィヌス殿は長時間の密談を交わしていたという。一体、何の話をしていたのか」
「は、いや、それは――その、私的なことですので、陛下のお耳に入れる程の事では――」
「私が聞きたいと言っている。教えてほしい。――それとも」
一旦区切り、にっこりと笑って見せる。
「私には言えない話か?」
笑み向けるのは、ナタリスに恐怖心を植え付けるため。
功を奏したようで、ひっ、と彼は情けない悲鳴を小さく上げる。
「滅相もございません! ただ、その、私の息子と、彼のご息女との結婚話を」
「彼の娘は、確かまだ十歳程だったように思うが」
「早めに婚約だけでも、と」
「そうか」
慌てふためいて答えるナタリスに、頷いて見せるも、しかし、と人差し指を口元に当て首を傾げる。
「おかしいな。スカエヴィヌス殿は、今度の私の誕生日を祝う贈り物の相談だと言っていたが。あなたが言いよどんだのはそのためかと思ったが、違ったのかな」
「そうです、その通りです! 私とスカエヴィヌス殿は、誰よりも陛下を敬愛しているのですから」
ルキウスの言葉に追従する形で上げられた声は、緊張と恐怖のあまりか裏返っていた。作られた笑顔も、引きつっている。
この様子で、どうして信じることができようか。
無性に腹立たしかった。
ナタリスが小心者だったおかげで命拾いをした形になるのに、怒りは自分を騙し通したスカエヴィヌス相手よりも、強い。
どうせなら、スカエヴィヌス程の演技をして見せろ。騙しきる知恵も度量もないくせに、暗殺計画など立てるな。
思う程に、顔には笑みが浮かんでいた。
勿論、怒りはある。だがそれ以上に、元老院――言わば身内から反逆者が出た悲しみの表現でもあった。
「ナタリス殿」
静かに、呼びかける。
「落ち着いて、もっとゆっくり話せる場所へ移動しよう。相手は――申し訳ないが、私ではないけれど」
目配せに応えて、控えていた兵士達が一斉にナタリスを捕らえた。
落ち着いて話せる場所――それが取調室だとわからぬ程に、察しは悪くないらしい。元から悪かったナタリスの顔面は、一気に蒼白と化した。
「へ、陛下、私は――!」
「お連れしろ」
焦燥を貼り付けて声を上げかけたナタリスを、遮って命じる。
両脇を固められ、逃れられないことを悟ったらしい。未練がましくルキウスを振り返ったのは一度だけ、以降はただ、肩を落としてされるがままに退室していった。
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