背徳者  暴君と呼ばれた皇帝

月島 成生

文字の大きさ
上 下
40 / 78
第七章

慈愛

しおりを挟む
 オクタヴィアは、カンパニアからも追われることとなった。
 パンダタリア島――シシリア海にあり、コルシカ、サルディニア、シシリアの三島に囲まれた小島。
 そして、流刑囚の送られる場所だった。

 ――ああ、ルキウスにとって、私は本当に罪人なのね。

 思い知らされた気分だった。
 けれど、同時にルキウスらしい、とも思う。
 パンダタリア島は確かに流刑地ではあるけれど、風土に関してはローマよりもはるかにいい。また、カンパニアには劣るが、この地にも別荘を建てて与えてくれた。
 オクタヴィアに裏切られたと思っていてなお、こうやって気遣ってくれる優しさが伝わってくる。

 日々大きくなるお腹に手を当て、オクタヴィアは目を閉じる。
 パンダタリア島へ送られた日にも、ルキウスは姿を見せなかった。ただ、やって来たガイウスによって、様子を知ることができた。
 冷たい無表情を崩すことなく、幾多の困難にも政治手腕を発揮し切り抜けた、と。

 良かった。
 オクタヴィアはほぅ、と息を吐く。
 自分のせいでルキウスが窮地に陥っているのではないかと、心配していた。ガイウスは悔しげに切り抜けたことを語っていたが、オクタヴィアは嬉しかったのだ。
 ルキウスの、重荷にならずにすんだことが。

 ふと、窓の外へ視線を向ける。
 海の青と、空の青。その間に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいる。

 この綺麗な景色を、できるならばルキウスと一緒に見たかった。
 否、それよりも疲れているだろうルキウスに見せて、癒してあげたい。
 叶わぬ望みと知りながら、願わずにはいられなかった。

 子どもができなければ、きっとルキウスの傍にいられたのだろう。自分の感情を押し殺してでも、約束を守ろうとしてくれていたはずだ。
 けれど今、二人は離れ離れになっている。

 すべては腹に宿る、この子どものせい。

 妊娠を望んだわけではない。むしろ悲嘆し、絶望したことを覚えている。
 堕胎すら、考えた。ルキウスに知られる前に、処分してしまおうと。

 けれど、できなかった。信仰によって禁じられている、それだけが理由ではなかった。
 子どもには、何の罪もない。小さな生命は何も知らず、ただ生まれてくるだけなのだから。

 また、オクタヴィアには考えがあった。ルキウスの秘密を知る、自分にしかできない、大切なことが。
 トン、と下腹部が振動する。
 胎児の、自己主張だった。そこに小さな生命が育まれている、確かな証。
 ただ、今の動きはどことなしに弱かった気もする。オクタヴィアの悲しみが伝わったのか、それとも母を慰めようとしてくれたのか。
 愛しさに、胸が詰まる。

 大丈夫よ。
 安心して、生まれておいで。私は、あなたを憎んでなどいない。
 そっと腹を撫でながら、心の中で優しく語りかける。

 ――そう、たとえ忌まわしき過去の、結晶だったとしても。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

吼えよ! 権六

林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。

処理中です...