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ACT.7
2.従順な――
しおりを挟む終わった。
他教科も、けっして得意じゃないけど、最大の敵、数学をやっつけた。
――や、正確には打ち倒すまではできなくて、なんとかドローに持ちこんだ、くらいな感じだけど。
でも、今までの中では絶対いい方だと思う。
思う、けど、まぁ……疲れた。
帰りのホームルームも終わって、でもなんとなく立ち上がる気力もなくて。
「帰らないのか?」
ぐったり机に突っ伏していたら、上から声が降ってきた。
すっかり聴き慣れた、低い声。顔を上げるまでもなく誰だかわかったけど、いつまでも突っ伏していても仕方ない。
「帰るー」
体を起こしながらの返事は、我ながら間延びしたものだった。
テストがある、イコール、とりあえず学校は通常仕様に戻った、ということだ。
となれば、特進クラスは放課後の授業がある。だから瑠実とはまたしばらく、一緒に帰られなくなった。
と、いうことは――
「や、自分の荷物くらい自分で持つ」
案の定あたしを送ってくれるつもりなのだろう。葛城は、机の横にかけたあたしのバッグに手を伸ばす。
押しとどめられてまで無理に持つ気はないらしい。おとなしく手を引っこめる葛城の態度が、ちょっとおかしかった。
まるで、従順なわんこみたい。
軽く笑っちゃったものだから、「なんだ?」と言いたげに首を傾げる姿がまた、なんとなく犬っぽかった。
「ううん、なんでも。――あ、そうだ。今日、お店に行っていい?」
美味しいローズマリーティーの淹れ方を、勇人さんに訊きたい。……聞いても、あたしがちゃんとできるかは謎だけど。
――他にも、訊きたいことがある。葛城はなんのかんのごまかして教えてくれない、「約束」のこと。
勇人さんも割とのらりくらり系だし、目の前に葛城がいて話してくれるとは限らないけど。
花森さんのことも――経緯を話して、勇人さんがどう思うか聞いてみたい。
「許可のいる話じゃないだろう?」
ほんのり気分が引き締まるあたしとは対照的に、葛城は首を傾げた、ちょっと可愛い仕草のまま応じる。
「そうなんだけどさ。葛城のことだからまた、送ってくれるつもりだろうなって。お店に寄ったらその分、帰りも遅くなっちゃうから」
「気にしなくていい。おれが勝手にやってることだから」
あ。やっぱり送ってくれる気だ。
立ち上がりながら、苦笑する。
「ホント、心配性だよね。そりゃあ瑠実なら、変なの寄ってこないか心配にもなるだろうけど」
瑠実は可愛いだけじゃなくて大人っぽいから、よく男の人に声をかけられる。一緒に街を歩いてて、あからさまに瑠実狙いのナンパにあったことは、数え切れなかった。
けど、あたし一人のときにはまるっきりない。あるのは悲しいかな、痴漢くらいだった。
それも大抵自分で対処できるから、葛城があんなに心配してくれるのが申し訳ない。
「――椎名さんも?」
あんまり変わらない表情ながら、葛城の少し見開かれた目が、驚きを物語っている。
「2人一緒のときしか知らないから気づかなかったけど――倉橋だけじゃないのか」
ぽつんと洩れたのは、独り言めいた呟きだった。
――って、街で声かけられたりするあれ、あたしのせいだって思ってたってこと?
びっくりしてるってことは、葛城の目には瑠実よりもあたしの方が可愛く映ってたり、とか……?
いや、ないわ。だとしたら葛城の美的感覚、ズレまくってる。
嬉しいとか照れるよりも先に呆れちゃうあたしに、色恋沙汰はやっぱり縁遠いんだろうなぁ。
しなくてもいいはずの自覚に、苦笑を隠すことができなかった。
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