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第六十二話 穏やかなほど怖いものもある
しおりを挟む正直な話をすれば、意外な展開だった。
アレクサンドルが向ける敵意にも似た視線に、オレスティアの顔にはやや怯みが見える。それでも目をそらさず、まっすぐにアレクサンドルを見つめる様子を、とりあえずは見守ることにした。
「――バカなことを」
睨み合い、険悪なまま下りた沈黙を破ったのは、アレクサンドルだった。
「どこの馬の骨ともわからない者を邸で雇うなどあり得ない。ここにはあなた方にできるような仕事なんて――」
「ここにはないかもしれません。けれど辺境の地へと向かう道中では話は別でしょう」
「――どういう意味ですか」
辺境の地という単語に、アレクサンドルの眉が反応する。問いかける声も低くなっていた。
「オレスティアさんが辺境伯の元に嫁ぐとき、その道中の護衛として雇ってほしい、そういう話です」
「――!」
アレクサンドルがまともに顔色を変える。「まさか」と「やはり」が交錯しているのだろう。バッとオレステスの方を振り向いた顔には、焦りや驚きが如実に浮いていた。
出会って間もない人間、それも素性もはっきりしない者達に話したのか。
アレクサンドルが戸惑う理由も理解できるし、むしろ至極まっとうなものだと思うから、彼の反応に驚きはない。
なので、すました顔で頷いて見せた。
「私がお話ししました。そして、お願いしたのです」
オレスティアとオレステスが離れるのは好ましくない。この環境での解決案としては、これがもっとも現実的だろうと三人で話していた。
もっとも、交渉役はルシアに任せる手はずだった。なので自発的にオレスティアが発言を始めたのが意外に思われたのだ。
「私が嫁ぐのは決定事項です。泣こうが喚こうが、覆ることはないでしょう」
侯爵夫妻が許すはずがない。
言外に語りながら、静かな口調を心掛けて続ける。
「けれど、私は話に聞く辺境伯が怖い。――記憶を失う前の私も、怖がっていたのでしょう?」
「――」
「どうせお父様たちは、嫁ぐ私に使用人などつけては下さらないでしょうし」
「――」
「なのでルシアさんは侍女、オレステスさんは護衛騎士の形でついてきて頂きたい。これが私の希望です」
「ですが姉さん――姉さんは全幅の信頼を置いているようですが、その、なんていうか……」
「ただの冒険者風情には任せられない、ですか?」
ちらりとオレスティアを見る目が物言いたげだった。アレクサンドルの心情を目線で読み取ったか、オレスティアが言葉を紡ぐ。
――こうやって客観的に見てみると、「オレステス」の顔で沈着冷静に物事を語るというのも、怒鳴ったり凄んで見せたりするよりも圧が強い気がする。
もし元に戻れたなら、おれもやってみようと、なんとなく思ってみた。
「あら、このオレステスさんだってそれなりの恰好をすればそれなりにも見えると思いますけど?」
「それは――」
さすがに「ならず者はダメか」の問いかけに、本人を目の前には頷きにくいだろう。救いの手を差し伸べる意味もあるが、ちゃっかり自分を上げる調子で言ってみる。
「まぁたしかに、ただの冒険者らしからぬ気品みたいなものは感じますが」
中身が侯爵令嬢だからな。決して口にはできない真実を、ひっそり考える。
「――姉さんの気持ちはわかりました。お二人に信頼を寄せていることも、理解したつもりです。なのでもう、任せられないとは言いません。ですが他にも問題があります」
「侯爵夫妻の説得ですか?」
オレステスが問いかけると、アレクサンドルが渋面のまま頷く。
それはその通りだろう。アレクサンドルのように「オレスティア」の言い分を信じ、その意見に寄り添う姿勢を見せてくれる方が稀だ。
普通、どこの誰ともわからない人間に可愛い娘を任せようとは思えないだろう。
まして貴族のご令嬢なら――
そこまで考えて、はたと気づく。
侯爵夫妻は普通の親ではない。娘であるオレスティアに、愛情など欠片も抱いていないはずだ。
ならばオレステスが考えたような理由で護衛を断るとは思わない。
だとすると――
「侯爵夫妻が護衛を雇う金銭を出すはずがない、ですか?」
穏やかな口調、そして口の端に浮かべられたオレスティアの微笑がやけに意味深長で怖かった。
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